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3話 養子

 故郷を失い、両親を失ってから3年が経過した。あれから俺は助けられた女性の軍人、カトリン・ベルンハイマーの養子として育てられた。

 今の俺の名はオロチ・ベルンハイマー。もとより高貴な出自でもなかったため、名字が存在しなかった俺にとってその姓を名乗ることにはさして抵抗はなかった。

 最初は主に両親や知人を失った悲しみに苛まれていたが、それも時が経つごとに立ち直りつつあった。代わりにとある目標を持つことによって。


「オロチー! 何をしている? 今日は君の軍への入隊試験の日だろう? 一緒に行くぞ」


 階下からカトリンさんの声が聞こえる。俺はそれにはいと返事をすると、机の上に置かれていた黒い手袋を身につける。

 身につけた途端、手袋の表面に描かれた金の刺繡が光を帯びる。『魔手』と呼ばれるものでこれを身につければ魔法の威力が増幅されるのだ。

 まあ、本来の使い方は魔法陣を描く補助的な役割を担うらしいがな。俺は元から魔法陣を描くことはないため、もっぱら魔法の威力増強へ作用するように魔手へ刻まれた魔法陣を書き換えている。


 鏡を覗くとカトリンさんに買ってもらった正装に身を包んだ俺が映し出される。

 うん、これなら試験官の心象も損ねないだろう。何ならプラス評価すら貰えるだろう。


「お待たせ、カトリンさん」

「はいはい。それじゃ向かうよ」


 カトリンさんと並んで街を歩く。故郷とは違い、道は舗装され周囲には建物が立ち並ぶ、いわゆる都会という奴だ。

 レオンハルト帝国最大の都市、レオンハルト帝都。それが俺の今の住処であった。

 

「おいおい見ろよ。氷姫だ」

「うわ、ホントだ~。今日も綺麗だな~」

「てか隣の男の子、もしかして子供?」

「んな馬鹿な。結婚してなかったはずだ」

「じゃあ愛人?」


 うざったいほどの視線が俺たち二人に向かってくる。“氷姫”というのはカトリンさんの事だ。

 この人は帝国内でもかなり有名人だからな。何せ帝国最強の魔法使い、「魔導王」の称号をまだ28歳という若さだというのに授かっているのだ。

 そして極めつけは軍でもトップクラスの美貌を持っているとあればそれはもう民衆からの注目の的になるというのだ。

 本人は慣れているらしく、何事もないように歩いているがまだ慣れていない俺からすればこれだけの好奇な視線に晒されるのはうざったいことこの上ない。

 少し言ってやろうか。


「やめなさい。オロチ」

「え、何で今から俺がのたうち回りながら大声で叫びだそうとしているのが分かったんだ?」

「いや、そこまでは思ってなかったけど。ていうかそんな気色の悪い行動とろうとしてたの? 危なかったわね。私が止めていなかったらあなたのこの町での尊厳はすべて消え去っていたわよ」


 冗談のつもりだったのだが、どうやら本当に引いたらしくカトリンさんは侮蔑を込めた視線でこちらを見てくる。

 

「まあ、私が言いたかったのはいちいち周りの視線なんて気にしなくていいってことよ。軍に入ればあなたも嫌と言うほど向けられるんだし今のうちに慣れておきなさい」

「……分かった」


 カトリンさんの言葉には一理あるな。確かに俺はこの先、軍で他を寄せ付けないほどの偉業を成し遂げていくつもりだ。

 そうなれば今のカトリンさん並みに注目されるのは必至。仕方ない、慣れるか。


「じゃあ私はこの辺で。流石に試験会場まで一緒に行くと目立っちゃうから。頑張ってきなよ」

「ああ、頑張ってくる」


 軍の施設の門でカトリンさんと別れると俺は一人で試験会場まで歩いていく。

 会場につくともう既にかなりの数の受験生たちの姿が見える。この中に有望そうな奴は……パッと見た感じ居なさそうだな。

 全員、魔力量があまりにも少なすぎる。まあこれが普通なんだろうが。


「少なくとも同期には俺に並べそうな奴は居そうにないな」


 そう呟くとふととある男の顔を思い出す。腹が立つくらいに純粋な奴だ。魔力がない癖にひたむきに努力し続けていたあいつ。

 最後の記憶では確かに俺よりも良い動きで軍人を追い詰めていた。いや、もうこの世に居ない奴の事を考えるのはよしておくか。


「へえ、君自信満々だね~。よっぽど腕の良い師匠にでも習ったのかな?」

「何だお前?」


 おちょくるように話しかけてきたのは黒色に青いメッシュが入った肩より上くらいの髪の少女だった。

 魔力量は……まあそこら辺の有象無象共よりは遥かに多いか。それよりも気になるのは魔力の質だ。

 一般的な魔力とは何かが違う。たまに居るんだよな。


()()()()の持ち主か」

「おーすごーい! よく分かったね」

「生まれつき眼が良いもんでな」


 特殊魔力。それは一般的な魔力とはまた違った力を持つ。

 通常の魔力はただの燃料として存在するだけだ。したがってどんな属性の魔法にも変換することが出来る。

 一方で特殊魔力はたった一つの属性の魔法にしか使えない。その代わりに普通の魔力じゃ再現不可能な魔法を生み出すことが出来る。

 そしてそのどれもが極めて強力なものな事が多い。

 かくいう俺もその特殊魔力の持ち主だ。先程から他人の魔力を盗み見ているのはその力が作用しているためだ。


「君は入隊後にも会いそうだから仲良くしておきたいな♪」

「仲良くなったってすぐに昇進するからお前とはほとんど顔を合わせることはないと思うぞ」

「むっ。僕だってすぐ昇進するもん」


 どうだかな。……って、んん? 僕?


「お前って性別は?」

「見たらわかるだろ、この豊満なボディを。女だよ」


 あー一人称が僕の女子か。初めて見たから少しびっくりしてしまった。

 やはり都会というのは初めての出来事が多い。このボディを人は豊満と呼ぶのか。どちらかというとスレンダーなイメージだった。


「そういえば入隊試験って何するんだろうね?」

「そんな事も知らずに来たのか?」

「うん。どうせ受かるだろうしね」


 自信満々だねって言ってきた奴の方が自信満々なんだがこれ如何に。

 まあそれはよしとしよう。


「まず第1種目は身体測定だ。ここで能力が規定以上を超えない者は振り落とされる。そして第2種目は実技試験。ここでは試験会場内に設置されている疑似空間にて疑似的に生み出された魔物と戦い、スコアを競う」

「ギジギジうるさいな。虫かよ」

「うるさいのはお前だ。話しを聞け。それで第2種目で上位20人までが合格。次の第3種目はただの魔力測定だ。第3種目で落とされることはほぼないから基本的には第2種目を通過した奴らが合格者みたいなもんだな」

「へえ、詳しいね」

「知り合いに軍関係者がいるもんでな」


 まあその軍関係者が魔導王だって話をするとややこしくなるからわざわざ言わないが。


「さてと、そろそろ始まりそうだな」


 受験生たちがぞろぞろと移動していく様を見て、俺と隣の少女も第1種目へと向かうのであった。

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