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五 共犯者


「これ以上、私と同じ目に遭うような人間が増えるのはごめんですから。だから、もう元凶そのものを片付けようと思いまして」


 エヴァンジェリンがさらりと告げた言葉に、しかしノアは驚かなかった。

 同性であるエヴァンジェリンから見ても愛らしい顔立ちには、やはりとでも言うような表情が浮かんでいる。

 その反応に、エヴァンジェリンは少しだけ安堵した。

 これなら、即座に戦闘開始ということにはならなさそうだ。

 現時点での実力がどの程度なのかは読み切れていないが、それでも彼女にはメレイア学園に特待生として迎え入れられるだけの力量があり、魔術の実技でもトップクラスの成績を有しているのだ。

 自分もそれなりの自負はあるものの、かといって到底侮れるような相手ではない。


(絶対に、互いの損害がすごいことになるもの)


 だがそれ以上に、エヴァンジェリンにはノアとは戦いたくない理由があった。


(何しろ、昔のことを知った上でここまでまともに話が通じるひとなんてまずいないし)


 身を持って経験した結果下した評価だが、前世でも今世でも、周りにいる雲上人は異世界の人間をただの都合のいい道具としてしか見做していなかった。

 たとえ生まれた世界が異なっていても、それが自分たちと同様に思考し、意思を持ち、言葉を発し、行動する生きた存在なのだとは微塵も思ってはいないのである。

 そしてだからこそ、好き勝手に搾取し、酷使し、踏みにじっても許されると無意識に考えているのだろう。

 ふざけるな、とどれだけ大きな声で叫んでも足りないが、そもそも彼らにそんな言葉は通じないということもエヴァンジェリンはとうの昔に悟っていた。

 ゆえに、ノアの真っ当な感性はエヴァンジェリンにとって心の底からありがたいものなのである。


(……、でも――)


 鋭い光を紫の瞳に浮かべ、エヴァンジェリンはノアに向き直った。


「それで? 私の答えを聞いた貴女はどうされますか?」


 ノアの方がどうかは知らないが、エヴァンジェリンとしては積極的に彼女と敵対する意思はない。

 意思はないが――、しかし、自分の妨害をするとなれば話は別だ。

 決めたのだ。もう二度と、かつての自分のような思いを味わう存在は現させないと。

 挑むようにそう訊いたエヴァンジェリンに対し、ノアの答えは意外なものだった。


「そうね。なら、さっさとやりましょうか」

「………………………………………………………え?」


 あまりにもあっさりとした言葉に、エヴァンジェリンの口が開いた。


(ええっと、え? 今、何て言った?)


 声を失っているエヴァンジェリンの前で、床の上に膝をついたノアが魔法陣の様子を確認しだしている。だが、ちょっと待って欲しい。


「え、え、あの、その! ちょっと本気!?」


 泡を食ってエヴァンジェリンが呼びかけると、不思議そうにノアの黒い目が見上げてきた。


「どうしたの? ああ、この魔法陣をぶっ壊すことには賛成だけど、さすがに宮ごと破壊する必要まではないでしょう? だからどうやれば効率的かなと思って見てたんだけど」


 でもこれだと、床を割るぐらいはやらないといけないかも。

 全く気負った様子もなくそんな提案をされ、思わずエヴァンジェリンの肩が落ちた。

 自分の覚悟や悩みを余所に、さくさくと話を進めていきそうなノアに、むしろこちらの方が置いて行かれそうだ。

 これではあれこれ考え込んでいる暇などなさそうだと、エヴァンジェリンは急いで言う。


「ちょっと待って。それなら、貴女は私のすることに反対するつもりはないのね?」


 ノアのこの態度を見る限り間違いはなさそうだが、さすがに彼女の意見を確認せずに進めていいことではないだろう。

 そんなエヴァンジェリンの内心を知ってか知らずか、ノアは軽く肩を竦めた。


「当然でしょう? こんなくだらないもの、終わらせるのにまたとない機会を、誰が逃すもんですか」


 言い切るノアに、エヴァンジェリンは体の力を抜く。


「くだらないって、……私も同じ感想だけど、でもいいの?」

「むしろこれはもう、ある方が有害だもの。そもそも前の私の作った方式を使えば、瘴気の浄化は一定以上の魔力を持った人間にも可能なことなのよ。勿論、異世界人がやるのに比べれば、効果にはとんでもない開きがあるわけだけど。でも、人海戦術で地道に片づければ、別にできない話じゃないもの。なのに、そこの馬鹿たちは自分の地位の足固めのために無関係な人間を異世界から拉致しようなんて考えたのよ。この先も同じことをやらかす輩が出ないとも限らないし……。なら、憂いは綺麗に断つべきよ」


 いっそ清々しいまでの断言に、エヴァンジェリンは笑わずにはいられなかった。

 これはもう、一から十まで共感しかない発言である。


「ほんとに、そうね」


 笑いの滲む声で言うと、ノアも唇の端を軽くつりあげてみせた。

 そして二人は紫と黒の瞳を見交わし、共犯者の笑みを浮かべる。


「なら、やりましょうか」


 ノアの軽い言葉を合図に、頷いたエヴァンジェリンも己の手をかざす。

 ここまで来たなら、善は急げである。

 邪魔者が目を覚ます前に、全てを終わらせるべきだった。


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