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一 シグルト

短編です。六話で終わります。


(これは、一体どういうことなんだ?)


 今ここで繰り広げられているこの茶番は、何なのだ。

 そんなことを思いながら、硬く冷たい石の床に倒れ込んでいた男は、辛うじて動く頭を持ち上げ目の前の光景を凝視した。

 見開かれたその青い瞳に映り込んでいるのは、淡い光の中で対峙する二人の少女の姿だ。

 床上に描かれた魔法陣から放たれる白光が、彼女たちの佇まいを幻想的に浮かび上がらせている。

 どちらもその場を一歩も動くことなく、ただ真っ直ぐに相手を――、己と向かい合う相手だけを見据えていた。

 それはまるで、眼中にあるのは互いの存在だけだといわんばかりに。

 いいや、実際にそうなのだろう。

 事実、彼女たちは近くで無様に地面に伏せている自分たちを、一瞥すらしようともしない。

 遅まきながらそう思い至り、シグルトは苛立ちをあらわに叫んだ。


「何をしてるんだ、おまえたちは! とっとと私たちを助けろ!」


 シグルトの怒鳴り声に、少女たちはようやく彼らのいる方向へと顔を向けた。

 二人が彼を振り向くと同時に、光を紡いだような金の髪と、闇を凝縮したかのごとき黒の髪がそれぞれ揺れる。

 先に口を開いたのは、艶やかな黒髪を肩につくほどの長さで揃えた小柄な少女だった。


「やかましいわね」


 髪と同じ漆黒の目に冷ややかな色を浮かべ、彼女はそう短く切り捨てる。

 その態度に、思わずシグルトの頭に血が上った。

 だが、彼が声を荒げようとするよりも一瞬早く、もう一人の少女が口を開く。


「お静かに。彼女のお相手は、私です」


 淡々としたその響きは、こちらを見る紫の双眸と同じく落ち着いたものだったが、その静けさは逆にシグルトの怒りに油を注ぐものでしかない。


「ふざけるな、エヴァンジェリン! たかが子爵令嬢の身で私の命令がきけないというのか!? 私の婚約者として取り立てられておきながらその態度は何なんだ!」


 かつてはこの国有数の公爵家であったセレント家は、今ではすっかり落ちぶれて子爵にまでその爵位を落としている。にも拘わらず、第一王子であるシグルトとの婚約が結ばれたのは、ひとえに現王の情けによるものなのだ。

 なのに、恩知らずにも婚約者である自分をこうして蔑ろにするなどとは、思い上がるにも程があろう。

 そう思い、シグルトが更にエヴァンジェリンを罵ろうとしたときだ。

 はあ、と深い溜息を吐き出し、黒髪の少女が呆れ返った様子で言う。


「本当に、見事なくらい何も変わっていないのね」


 簡潔すぎる言葉が示しているのが何なのかは、シグルトには全く理解できない。けれども、少なくともその台詞が自分を褒めそやすものではないということは伝わってはきた。

 子爵令嬢のエヴァンジェリンよりも遥かに身分の劣る、それどころかただの平民でしかない少女の分不相応な発言に、シグルトは怒りのあまり声をなくす。

 しかしそんな彼の激昂とは対照的に、ひどく静かな一言が響いた。


「……確かに、そうね」


 その重く、苦々しい声音にシグルトの意識がひかれる。

 倒れたままの不自然な体勢でどうにか顔を動かすと、視線の先では二人の少女が無言で眼差しを交わしていた。

 彼女たちの間に言葉はない。だというのに、妙に何かを分かり合っているかのようなその表情にシグルトはふと疑問を抱く。

 だが彼のその疑いは、言葉として声に出されることはなかった。


(……え?)


 唐突に、シグルトの視界がぐにゃりと歪んでいく。全身が鉛のように重くなり、周囲の物音が急速に遠ざかった。


(何、だ……? いやに眠く……)


 抗いがたい強制力で押し寄せて来る眠気に、どうしてと思う事すらできないまま、シグルトの意識はそのまま闇へと呑み込まれて行った。




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