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マクファーレン一家が帰って、フィルミナは
「お父様、お母様、ご心配おかけしてしまってごめんなさい。こんなに私のことを思ってくれてありがとう。」と言った。
ジェームスが
「当たり前だ。フィルミナは我が家の宝だからな。もうあのバカ王子のことは忘れなさい。お前にはもっといい男がいる。だが、もし好きな男ができなかったら、お前は一生この家にいてくれていいんだからな。エイデンもショーンもわかっているはずだ。」
ジェームスが部屋を出ていってから、リサが
「フィルミナ、あなたあのバカ王子のこと、好きだったのかしら?」と訊いた。
「お母様、バカ王子って。いいえ、私は小さい頃から貴族の娘は結婚に期待しちゃいけないと思ってきましたし、だからパトリック様でも文句言えないと思っていました。でも、好きというわけじゃなかったの。私はきっと一生恋も知らないままなんだろうな、って思ってたの。パトリック様がいるから、他の人を好きと思わないようにしようとも思ってたわ。」
「フィルミナ、そんなふうに思っていたのね。かわいそうに。ごめんなさい。でも、これからはどうかそんなふうに思わないで。ひとを好きになって、その気持ちを実らせて、幸せになってほしいわ。」
リサはそういうとフィルミナを抱きしめた。
「お母様、でも私、好きだなんて気持ちを持つのが怖いわ。それに私なんかを好きになってくれるひとがいると思えない。パトリック様にもつまらない奴だとか、意地が悪いとか言われてたし。」
「何言ってるの。あんなバカ王子に言われたことなんかうそばっかりよ。あなたはこれだけ姿も心もきれいな子ですもの、あなたのことを好きになる殿方はたくさんいるはずよ。自信を持ってあなたが好きだと思えばいいのよ。恋をするには勇気がいります。でもね、好きな人の子供を産み育てるのって、こんな幸せなことはないわよ。」
「お母様はお父様のことをどうやって好きになったの?」
「お父様とは幼馴染だったから、子供の頃から好きだったわ。初恋のひとがお父様よ。」
「いいなあ、素敵ね。」
「お父様は私のことも、あなたたちのことも、とても愛してくださってるわ。本当に素敵なひとよ。私は運がいいわ。」
「いいな、私もお母様みたいになりたいわ。」
リサはちょっとフィルミナの顔を見て、それから言った。
「あなたも実は好きな人いるんじゃない?今までそれを封じ込めていたなら、気持ちを解放するといいわよ。」
「お母様・・・」
「さあ、しばらくおやすみなさい。学園はお休みするから、お買い物でも行きましょう。あなた、ずっと忙しくしてたからそういうこともできずにいましたもの。きれいなものを買って、おいしいものを食べてきましょう。」
「はい、お母様、おやすみなさい。」
「おやすみなさい、愛しい子。」
ベッドに横になって、フィルミナはいろいろとこの3ヶ月に起きたことを考えた。
王子とは8歳の時に婚約したので、それ以後はただ王子だけを見るように、他の人は見ないように自らを律してきた。他のことはともかく、男性に対しては、だんだん感情を外に出さなくなってしまったように思う。王子を好きになろうと努力したのだが、どうも好きになれない。その理由はわかっていたが、わからないふりをしていた。3ヶ月前までは嫌いとまではいかなかったが、この3ヶ月はどんどん嫌いになっていってしまった。それでもきょうまではなんとか自分をだましながら切り抜けてきた。でも、きょう、それが崩れてしまった。言わなければよかった、泣かなければよかった。でも、止めることができなかった。
言ってしまったことにより、母を泣かせてしまった。父や兄に、あんな顔をさせてしまった。本当に申し訳ないと思う。ごめんなさい、ごめんなさい。心のなかで何度も繰り返す。
もし王子を好きになっていたら、こんなことにはならなかったのかもしれない。頑張って好きになろうとしたのに、どうしても好きになれなかった私の心がおそらく王子に伝わっていて、王子はそれで寂しくて、エリン嬢にのめりこんでいったのかもしれない。だとしたら、王子をこうしたのは私のせいだ。ごめんなさい、ごめんなさい。
陛下も王妃様もあんなに可愛がってくださっているのに、どんなにがっかりなさることだろう。私のせいでおふたりを悲しませてしまう。ごめんなさい、ごめんなさい
フィルミナは自分はなんて嫌な奴だろうと思う。私がみんなを不幸にしている。
王子にはどうかエリン嬢と幸せになっていただきたい。そして陛下と王妃様も、私のことは忘れて王子とエリン嬢と仲良く楽しくお暮らしいただきたい。
フィルミナは申し訳なくて、申し訳なくて、いたたまれなくなってしまった。
バルコニーに出て空を仰いで見る。まだ星が出ているが、ほんの少し明けてきたようだ。
天に向かって神様に呼びかけてみる。神様、私はこんなに悪い子です。どうしたら償えるでしょう。
答えは聞こえない。フィルミナは悲しくて、怖くて、寂しくて、いたたまれない。
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