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家に戻って、フィルミナはアランに言われたとおり自分の部屋に行った。
ゆっくり湯浴みをして、着替えると、気分が少し良くなった。今頃はアランが母と話をしているのだろう、母はそれを聞いて悲しむだろうと思うと胸が痛む。でも、もう言ってしまったのだもの、アラン兄様はいつだって悪いようにはしない、今までだってずっと守ってくれたんだから、アラン兄様に言われたとおりにしていればいいのだと思う。
「フィルミナ、ちょっといいかしら?」
母の声がする。
「はい」
母がドアを開けて入ってきて、すぐに私を抱きしめた。
「ごめんなさい、フィルミナ。あなたに苦労かけて。私達に心配かけまいとひとりで苦しんでいたなんて。私の目はなんと節穴なの。恥ずかしいわ。かわいいフィルミナ。もう我慢しないで。私達がついていますからね。」
母は涙を流しながらそう言った。
「おかあさま・・・」
私はそれしか言えず、ただただ泣いてしまった。
「おとうさまとエイデンはもうこちらに向かっているわ。早馬を飛ばして帰ってくるから夜明けまでには着くでしょう。」
「そんな、早馬だなんて。」
父と兄がそうまでして戻ってきてくれることが有り難く、また申し訳ない。
「あたりまえですよ。うちの大事な娘のことですもの。あのバカ王子に頬を叩かれたんですって?とんでもないわ。」
おかあさまがバカ王子って言った、それがなんだか嬉しくて、可笑しくて、思わず笑ってしまった。
「ふふふ、おかあさま、バカ王子って。」
「あたりまえですよ。バカをバカと言って何が悪いの?」
「おかあさまったら。」
アラン兄様はさっき私の話を聞いて、すごく怒ってくれた。
おかあさまも涙を流して怒ってる。
おとうさまとおにいさまは今頃早馬を飛ばしてる。
私って、こんなにも思われてて、なんて幸せなのかしら。
めそめそしてたらバチが当たるわ。
ドアがノックされて、侍女のエレンがお茶のワゴンを押してきた。
「お茶でございます。お好きなお菓子もございますよ。」
「エレン、ありがとう。」
「デレク様から聞きました。お嬢様、私ども全員お嬢様の味方ですのでね。なんでもおっしゃってくださいね。これ、トムじいからです。少しでもお慰めできたら、と申しておりました。」
そう言って小さな花束をくれた。
「まあ、トムじいから。フィルミナ、みんなあなたのこと愛してますよ。きれいな花束、よかったわね。」
「エレン、トムじいにあとであらためてお礼を言いますけど、とりあえず私がありがとうと言ってたと伝えてちょうだい。」
「そんな、もったいないです。でも、ちゃんと伝えます。」
それからしばらくリサとフィルミナはお茶とお菓子で他愛もないおしゃべりをした。
「さて、フィルミナ、貴女は今から少しお昼寝なさい。今夜遅くにおとうさまとエイデンが戻ってきたら、話をするので睡眠時間が足りなくなるわ。」
「はい、お母様。」
お母様はそういうとまた私を抱きしめて、額にキスをしてくれた。
ドアを出ていこうとするリサに向かってフィルミナは言った。
「お母様、ありがとう。」
リサが戻るとアランは「フィルミナは泣いていましたか?」と訊いた。
「そうね、でも泣き止んで、最後は笑顔になってたわ。アラン、聞き出してくださってありがとう。私はだめな母ね。ちっとも気づかなかったわ。ちょっと元気がないと思って訊いた時に、新しく学園に入って慣れないから疲れるのと言われて、その言葉通りに取ってしまったのよ。こんな自分が情けないわ。」
「母上様、フィルミナは優しい子で、とても気を使ったのです。御自分を責めないでください。フィルミナが悲しみますよ。」
「ありがとう。」
「私はこれからいったん家に戻ります。お父上とエイデンは夜中に戻られますね。もしよければ声をかけていただけますか?起きてますので。」
「はい、ありがとう。そうさせていただきます。フィルミナもあなたがいてくれると心強いでしょうから。」
アランが家に戻ると父のマクファーレン公爵が帰宅していて、たまたま領地にいたチャーリーもすでに領地を出て戻ってくるということだった。
母のマリアンヌは
「チャーリーが戻るまで少し時間がありますから、私はお隣に伺ってきますわね。リサがさぞかし落ち込んでいることでしょうから、お慰めしたいの。」と言って出かけた。
マリアンヌが隣家を尋ねると、すぐに案内されて、リサが出てくるなり涙声で
「マリアンヌ様、私、私、ほんとうにだめな母だわ。娘をこんなに苦しませて、母親失格だわ。」
マリアンヌはリサをそっと抱きしめて言った。
「リサ様、あなたはよくできたお母様よ。そうじゃなきゃあんなに愛らしいフィルミナに育たないわ。今回はフィルミナもあなたもまったく悪くありませんよ。悪いのは王子です。アランに聞きましたが、フィルミナは王子に頬を打たれたそうね。それも、フィルミナになにも非がないのに。王子にあるまじき、いいえ、男にあるまじき行為だわ。許せませんわ。」
「ジェームスとエイデンが今夜遅くに戻りますの。おそらくジェームスは爵位を返上すると言うかと思いますわ。私はそれもいいかなと思っていますのよ。」
「実は、うちも前々からそういうことは頭にありました。それもあって、アランは遠国に留学していましたしね。爵位があろうがなかろうが、私達はずっと親友ですわ。幼馴染からですもの、姉妹みたいなものですわよね。」
「マリアンヌ様、あなたがお隣にいてくださって、私、どれだけ心強いことかわかりませんわ。」
「リサ様、私もおなじですわよ。」
女同士、気のおけない親友同士、お茶を飲みながら、2人の母親は子育てやら、夫の愚痴やらをとりとめもなく話し続けるのだった。マリアンヌは知っていた。そういうとりとめのない話こそが、今のリサには必要な癒やしだということが。
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