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そんなある日、ひさしぶりに王都のタウンハウスの隣の公爵家の嫡男のアランが訪ねてきた。アランは数年遠国に留学していたのだが、そろそろ爵位継承の話し合いをしなければならないということで呼び戻されたということだ。数年ぶりに見たアランはすっかり大人になっていた。いつもおにいちゃんと慕い遊んでもらっていたフィルミナは、アランが大人になっていて、もう遊んでもらえないんだと寂しくなった。
「フィルミナ!久しぶりだな、大きくなったなあ。」
「アラン兄様、おかえりなさい。」
「元気でいたか?学園は楽しいか?友達はたくさんできたか?」
「ふふふ、アラン兄様、私はもう成人してますのよ。」
「おお、そうだな。これは大変失礼した。」
母のリサが口をはさんだ。
「この子が成人したなんて、驚きでしょう?」
「まったく、もうフィルミナちゃん、なんて言ったら怒られますね。」
「おかげさまで、陛下にも王妃様にもとてもかわいがっていただいてるようなの。」
「そりゃあフィルミナはどこに出しても恥ずかしくない、自慢のお嬢様ですからね。」
ここで笑って軽口でも叩こうと思うのだが、パトリックのことがあるのでフィルミナはどうしても素直に笑えない。アランはフィルミナをすこし心配そうに見ていた。
「ところでフィルミナ、最近馬には乗っているか?」
「いいえ、この頃は乗馬相手をしてくれるエイデン兄様が領地に帰っているので、残念ながら。」
「そうか。お母上様、久しぶりに馬に乗りたいのですが、これからすこしフィルミナをお借りしてもよろしいでしょうか。」
「あら、良かったわね、フィルミナ。ご一緒させていただきなさいな。」
「はい、アラン兄様、ありがとうございます。支度して参りますね。」
「ああ、では厩で会おう。」
乗馬服を着て厩に行くと、既にアランは待っていた。
「アラン兄様、お待たせしてごめんなさい。」
「いや、待ってないぞ。いま来たところだ。どこか行きたいところはあるか?」
「アラン兄様とよく行ってたお花畑のある湖がいいな。」
「おう、懐かしいな。じゃ、行こうか。」
乗馬をするのは本当に久しぶりで、フィルミナの心は踊った。このところ毎日パトリックとエリンから辛い言葉を投げつけられていたので、すっかり気持ちが落ちていたのだが、きょうはとっても気分がいい。
湖畔について、アランが心配そうにフィルミナを見て言った。
「フィルミナ、大丈夫か?」
「え?」
「いや、なんとなく、元気がないような気がしたんだ。」
ああそうか、アラン兄様は心配してくれて乗馬に誘ってくれたんだ。アラン兄様は昔からいつもこうやって思いやってくれてたな。ずっと会ってなかったから、こういう心がほっこりあったかくなるような思いを忘れていたわ。
「アラン兄様、ありがとう。」
本当は心配かけないようにもっと元気に答えたかったのだけれど、これだけ答えるのがやっとで、いけないとわかっているのに涙が出てきてしまう。フィルミナは慌てて顔を背けた。
「おい、フィルミナ、どうした?何があった?誰かがフィルミナを苦しめているのか?」
「アラン兄様、昔みたいに頭撫でて。」
「おお、こうか?これでいいか?」
アランは一生懸命頭を撫でてくれている。あったかいなあ、アラン兄様は優しいなあ。
フィルミナはにっこり笑って
「ありがとう。実はこのごろちょっと辛いことがあったの。でもアラン兄様に前みたいに頭を撫でてもらったら気が楽になったわ。」
「そうか。その、よかったら話してみてくれないか?」
アランはまっすぐにフィルミナの目を見た。
「あのね、パトリック様なんだけど。」
「ああ、婚約者だな。」
「うん。このごろ他に仲の良い子ができて、その子が私がその子に意地悪を言うとか、嫌がらせをするとか言って、パトリック様はそれを信じて私を怒るの。パトリック様は、私は冷たくて感情がなくて、可愛い気がないので一緒にいたいと思わないが、その子、エリン様というんだけど、エリン様は優しくて可愛くて、パトリック様のことを愛していて、一緒にいて心ときめく、だからパトリック様も愛していると仰るの。私は陛下と王妃様に取り入って婚約者の地位を固めているが、今はまだ無理だけど、近い将来私の腹黒い策略を暴いて陛下と王妃様の目を覚まさせるのだと仰るの。そして、私はそんなエリン様に嫉妬して、いろいろひどいことをしていると。」
「なんだとっ。」
「それがもう3ヶ月以上続いていて、しかもどんどんエスカレートしてくるので、この前パトリック様に婚約を解消したいなら私に構わずと言ったら、それが簡単にできないことをわかっていて被害者面してそう言っている陰険な女だと頬を叩かれてしまって、かなり落ち込んじゃって。」
「なっ」
アランは顔色を変えて硬く握った拳がぷるぷると震えている。
「でも、この婚約は王命だから、お父様とお母様に言っても困らせるだけだし、陛下も王妃様もこんなことは全くご存じなくてかわいがってくださってるから、何も言えないし。エイデンお兄様も今年はずっと領地にいるし。」
アランはフィルミナを抱きしめて、
「悪かった。そんなことになってるなんて、ちっとも知らなかった。くそっ、パトリックめ。王子だかなんだか知らないが、俺のフィルミナになんてことするんだ。ただじゃおかない。」
「アラン兄様・・・ありがとう。」
自分のためにこんなに怒ってくれる人がいる。フィルミナは嬉しくて、なんだか安心して、そうしたら気が緩んだのか、涙が止まらなくなってしまった。
「泣いていいぞ。いや、泣いたほうがいい。俺はちょっと頭を冷やして、それから作戦を練ることにする。まかせておけ。明日は学園を休め。休む理由は母上様に俺から話すから。フィルミナはなにも心配しなくていいからな。」
フィルミナはこくりと頷くだけだった。
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