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お立ち寄りいただきありがとうございます。
アランはなんと言ってよいか、言葉を失ってしまった。
フィルミナが隣りにいる。手を伸ばせば届くところにいる。
自分の気持ちを吐き出して、フィルミナを抱きしめたい。
でも・・・
今、フィルミナは婚約がなくなったばかりで、まだ心の整理がついていない。
そんなときに自分が求愛したら、おそらく何も考えずに応じてしまうだろう。
フィルミナはやっと自由を手に入れたばかりなのに、そこにつけこむなど、してはいけない。
アランは言葉が出てこない。
とすん、と肩に重みがかかった。
寝息が聞こえる。
フィルミナが肩に持たれて寝ている。
疲れたのだな。
きょうもすごく頑張ったのだもんな。
ゆっくりおやすみ、フィルミナ。
アランはそうっと注意深くフィルミナをベッドに寝かせて、自分の部屋に戻った。
・・・眠れない。
ずっと寂しかったとフィルミナは言った。
俺が帰らず悲しかったと。
俺と比べてしまってどうしても好きになれなかったと。
フィルミナ、俺がどんな気持ちでラセールに行ったか知ってるか?
俺がどうして帰れなかったか知ってるか?
親父にどうしてもと言われて帰ってフィルミナと会ったときに会わなければよかったとどんなに悔やんだか知ってるか?
7年も我慢してきたとフィルミナは言った。
これからはなんでも好きなことをして、めちゃくちゃ甘やかしてやろう。
たくさんの笑顔をみたい。
幸せだと言わせたい。
フィルミナ、俺の最愛。
俺のただひとりの女性。
コンコンとドアがノックされた。
「アラン兄様」
フィルミナだ。
急いでドアを開けたらフィルミナが泣きながら立っていた。
「どうした?」
フィルミナを部屋に入れて訊いたら、
「気がついたらひとりでベッドで寝てたの。またアラン兄様がいなくなっちゃったと思ったら、悲しくて、寂しくて。」
そう言って泣いていた。
「アラン兄様、もうどこにも行かないで。」と泣く。
アランはフィルミナを抱きしめて、頭を撫でて言った。
「もうどこにも行かない。ずっとそばにいるからな。いっぱい甘やかしてやる。だからもう泣くな。もう大丈夫だから、寂しい思いをさせないから、もう泣くな。」
「うん。」
「ほら、鼻かめ。」
フィルミナはチーンと鼻をかんで、
「アラン兄様、今夜一緒に寝ていい?」と訊いた。
断れない。
「ああ」
フィルミナをベッドに寝かせた。
アランは長椅子に横になったが、フィルミナが
「やだ。アラン兄様が長椅子で寝るなら、私床で寝る。」と言う。
仕方なく一緒にベッドに横になった。
間もなくフィルミナは寝息をたてた。
拷問だ。
翌朝。
フィルミナが目を覚ますと目の前にアランの顔がある。
アランに抱きしめられて寝ていたのだ。
急に赤面したが、とても幸せだ。
本当にアランが一緒にいるのだと、嬉しさを噛み締めてアランの顔を眺めていたら、アランが目を覚ました。
「アラン兄様、おはようございます。」フィルミナはにっこり笑った。
アランは一瞬何が起こったかわからずフィルミナの顔を見つめて、はっと我に返った。
大急ぎで抱きしめていたフィルミナを解放した。
「す、すまない。」
「いいえ、アラン兄様、私とっても幸せでした。こんなにぐっすり寝たの、何年ぶりかしら。」
腕を離したのに、フィルミナはまだベッドの中でアランと向き合っている。
「さあ、支度して朝食にいこう。その格好で廊下にでるとまずいから、俺が服を取ってくる。ちょっと待っていてくれ。」
「ありがとう。」
2日目はいよいよ王都から出る。
フィルミナはケラニー領とマクラーレン領と王都しか知らない。
きょう通るところは初めてのところだ。
予想通り、フィルミナはいろいろな新しい風景を見て楽しんでいる。
「アラン兄様、見て見てー。きれいねえ。なんのお花かしら。初めてみるお花。ああーきれい。お花のとってもいい香りがここまで来るわー。」
「少し降りてみるか。」
「えっ、いいの?ありがとう!」
フィルミナは花の中に入っていく。踏まないようにと気を使っているところが優しいフィルミナらしい。
「少し摘んでいくか?」
「いいの。せっかく咲いてるんですもの。このままできるだけ長生きしてほしいわ。」
しばらく行くと、たくさんの馬が放牧されていた。
「アラン兄様、馬がこんなにたくさん!」
フィルミナがたくさんの馬を目を輝かせて見ている。
「ねえ、アラン兄様はどの馬が好き?私はねえ・・・あそこの薄茶色の子がいいな。」
「俺はあの真っ白な馬だな。白馬は走りが良いと言うからな。」
「アラン兄様が乗ったら、まさに白馬に乗った王子様って感じねー。」
通りすがりに手をふる子供達がいたら、フィルミナは手を振り返している。
「こんにちはぁーっ。」子どもたちの元気な声。
「こんにちはー。」フィルミナも大きな声で挨拶を返している。
「アラン兄様、子供ってかわいいわよねえ。子どもたちが笑顔でいるような国に住みたいわ。」
「そうだな。子どもたちが笑顔でいるような国を作りたいな。」
「ほんとねえ。」
「あー、きょうも楽しかったー。おなかすいちゃったわ。」
「そうだな。なんだかいい匂いがするな。」
きょうの宿屋の食堂はとてもいい匂いがした。
煮込み料理がおいしくて、サラダの野菜も新鮮で、楽しい夕食となった。
食事が終わって部屋に入ると、フィルミナが
「アラン兄様、きょうのお菓子はまた違うものなのよ。お茶も入れますね。」とニコニコして言う。
「アラン兄様が3泊するって言ってたから、毎日違うお菓子が食べられるようにいっぱい買ったの。」
「それはいいな。きょうはどんなだろう。」
「ふふ、もうちょっと待ってねー。」
お茶とお菓子と共に、楽しい会話をしていたが、フィルミナが眠たそうになってきた。
「疲れたか?」
「それほどでも。んー、ちょっとだけね。」
「あしたは海が見えるぞ。」
「わあ、私、海って見たこと無いの。楽しみだなー。」
「アラン兄様、今夜はどちらの部屋で寝る?」
「え?どちらの部屋って?」
「きのうはアラン兄様のお部屋だったから、きょうは私のお部屋にしませんか?」
「また一緒に寝るのか?」
「だめ?」
「・・・・・・、・・・・・・わかった、ではきょうはここにするか。」
「えへへへー、私の部屋だと朝の着替えが楽だわー。」
今夜も拷問だ・・・
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