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紅茶をどうぞ


 佐伯一樹の別荘は周囲が雑木林で囲まれたコテージだった。

 丸太を並べたログハウスのような見た目の家は二階建ての大きな家で、別荘ではなく、ここが佐伯の生家なのかと見紛う程だった。


「弾正もいつかこういう別荘を買えば?」

「別荘なんて使わないだけで管理が面倒だろう」


 一番の理由はそれだが、別荘なんてものを持っていると望んでもいないのに事件が起こるような気がするのも理由の一つだ。これ以上、厄介事はいらない。

 別荘は事件の象徴の一つだ。


 そんな別荘の前の空いたスペースに車を停めると、別荘の入り口が勝手に開いた。


「お二人とも、ようこそ。長時間の運転、お疲れでしょう」


 別荘の扉を開けて、俺達のことを招き入れたのは、別荘の持ち主の佐伯一樹ではなく、俺達とここで落ち合う約束をした黄色猫、牧野遼生だった。


「美味しいお菓子の用意はしてあるんだろうね」


 助手席から降りた砂橋は身体を伸ばしながら、気だるげな視線を牧野に向けた。道中、熊岸刑事からの報告を頭に叩き込んでいたため、一刻も早く甘いものが欲しいのだろう。砂橋がいつも持ち歩いている菓子に関しては、もうすでに食べ切っている。


「もちろんですよ。長い話になるでしょうし、お茶もお菓子も用意してます」


 牧野はそう言って、俺達のことを手招いた。

 俺と砂橋は目配せをした。


 これからなにがあろうとも、気を抜いてはいけない。

 なにせ、俺達がこれから対峙するのは、五つの事件を裏で手引きして、その五つの事件に俺の小説を使った人間なのだ。なにを用意していてもおかしくはない。


「そんなに警戒しなくてもいいですよ」


 玄関で靴を脱いだ砂橋に倣って俺も靴を脱いでいると横からくすくすと牧野の笑い声がした。


「弾正はいつもこんな顔だよ」

「そうなんですか? もう少し表情は柔らかくした方がいいと思いますよ」

「君ぐらい表情が柔らかかったら、誰も君が犯罪者なんて初見じゃ分からないだろうね」


 俺の表情が緊張により強張っているのは言うまでもないが、人の表情の固さを持ちだして、すでに言い合いを開始している二人を見て、俺は肩の力を緩めた。

 どうやら、砂橋は絶好調らしい。

 それなら、俺は牧野が砂橋に危害を加えないように見ておくことに全力を注げばいい。あとは砂橋がやってくれるだろう。


「それにしても、この別荘、豪華だねぇ。いっそのこと、ここに住むことができるかも」

「佐伯一樹は引退してからはこの別荘で余生を過ごすつもりだったみたいですよ」


 流れるように牧野は佐伯一樹の名前を出した。

 現在も、この別荘の所有者は佐伯一樹であり、彼がこの別荘を売った記録はない。そして、牧野自身に佐伯との接点はない。それなのに、この別荘を我が物顔で披露している牧野。


 いったい、佐伯一樹はどこにいるのだろうか。


 俺と砂橋はコートを脱ぐことなく、通された居間のソファーに腰かけた。冬だというのに、暖房はつけていないのか、部屋の中の気温は低い。薪ストーブが壁際に取り付けられており、黒い箱から上へと伸びた換気用の筒が壁の向こうに吸い込まれるように設置されているというのに火はつれられていない。しっかりと薪は入っているのに。


「なんの茶葉か分かりませんけど、どうぞ」


 俺と砂橋の前に紅茶が置かれる。ミルクも砂糖も用意されている。相手が牧野でなければ、仲良くお茶の時間を決め込むこともできたのだろう。


 砂橋は早速紅茶のカップの横に置いてあったチョコチップクッキーののった皿に手を伸ばしていた。手袋を外して、クッキーをひとかじりして、美味しそうに目を細める。


 なんの茶葉か分からないと言っていたから、きっと牧野は元々この家にあったものを俺達に出していたのだろう。元議員が家に置いていたお菓子なら、高級なものなのかもしれない。こんな広い別荘で余生を過ごそうと考える人間の食べるものなのだから。


「それで? 僕たちをここに呼んだ理由は?」

「もちろん、あなたが探偵であることを見込んでお願いしたいことがあるんです」


 彼はそう言うと「ちょっとお待ちを」と言って、薪ストーブの換気の筒が繋がっている横の扉を開けて、しばらくするとその両手に家のミニチュアを抱えて帰ってきた。

 先ほど、紅茶とクッキーをトレイにのせて出てきたのもその扉だった。きっとその扉の向こうはキッチンなのだろう。


「もう実物はないので、お二人はこの家がなんの模型か分からないと思いますが」


 そう言いながら、彼はテーブルの真ん中に家を置いた。縦二十センチほどの大きさの家は二階建てで、一階部分は何かの店のようなたたずまいだった。

 すぐに十五年前、強盗殺人事件があったパン屋を思い出す。

 案の定、一階のドアの上には「すみやのパン屋」という看板がかかっていた。


「頑張って作ったんですよ」


 牧野は二階部分を両手で持つと、なんと一階部分と二階部分が分裂して、一階部分の店内を俺達は上から見ることができた。

 同じように彼は屋根を取り外して、二階部分の内装を上から見られるようにして、テーブルに並べた。


 一階部分にはもちろん階段があり、そこには紙をくしゃくしゃに丸めて作られたらしい人型の何かが転がっていた。

 二階部分のベッドがある寝室にも、人型の何かが二体転がっている。


「牧野さん、パン屋の人と仲良かったの?」

「どうしてです?」

「お客さんが入らない居住スペースまで再現してるから」


 砂橋の質問に牧野はにこりと微笑んだ。


 二階部分を覗き込む。小さなクローゼットや寝室のベッド、子供部屋と大人の部屋で色が違うカーテン。客というだけでは知ることができない墨谷家の居住スペースの様子が細かく再現されていた。


「パン屋には友達がいましたからね。よく一緒にパンを食べていました」

「犯人の蟹江道正さんとも仲が良くて、被害者の墨谷家とも仲が良かったんだ?」


 牧野は一瞬だけ眉間に皺を寄せたが、すぐに笑顔を取り繕った。


「探偵さんはもう分かっていると思いますが」

「ああ、蟹江さんが犯人じゃないっていうこと? ここまでお膳立てされて分からないと思ったの?」

「……」


 牧野は蟹江のことを慕っていた。だからこそ、蟹江のことを犯人に仕立て上げた人間たちに復讐を企てた。そんな彼の前で蟹江のことを犯人だと称するのは、彼の神経を逆撫でるだけの行為だ。


 しかし、砂橋も馬鹿ではない。


「ミニチュアまで用意して、僕になにをしてほしいって? 十五年前、蟹江さんが罪を犯していないことの証明? 違うね。彼が犯罪者じゃないことは、君がよく分かってる」


 砂橋はぐいと紅茶を飲み干すと、足を組んで、ソファーに深く腰かけなおした。


「君は、僕に答え合わせをしてほしいんだ。自分が辿り着いた真犯人が、本当に墨谷一家を殺したのか」


 牧野は、目を伏せると立ち上がって、無言のままキッチンへと姿を消した。

 しばらくして、戻ってきた彼の手には手帳が握られていた。


「これが十五年前のことが書かれている佐伯一樹の日記です」


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