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別荘へ


 俺は砂橋のことを助手席に乗せて走っていた。

 砂橋がスピーカーモードにしたスマホを車のナビの横に設置し、そこから熊岸刑事の声が聞こえる。


『さっき言った住所はナビに入力できたか?』

「うん、大丈夫」


 砂橋がナビを操作すると、その場所への最短距離ルートが表示された。到着は午前十一時半を予定している。俺は砂橋に言われるまでもなく、車を発進させた。


『別荘の持ち主の名前は、佐伯さえき一樹かずき。祖父と父親が議員で自身も三年前まで議員の仕事をしていた。妻とは十年前に離婚しているらしい。息子の佐伯健一けんいちは議員にはならずに、去年前職をクビになった後、父親の口利きで入社した中小企業で働いているらしい』


「議員かぁ……その権力で罪を蟹江さんに擦り付けたって感じ?」


 小林さんから蟹江のアルコールアレルギーの話を聞いた俺達は、冤罪が確実なものだと確信した。


 証言を聞いた時に、蟹江はもちろん、自分のアルコールアレルギーの話をしただろう。蟹江がアルコールアレルギーだと診断した医者の元に行けば、診断書もあっただろうが、当時の捜査の資料を見ても彼のアレルギーに関して誰も触れなかった。

 意図的に揉み消されていたようにしか見えない。


『そして、昨日、お前たちに言われて調べた蟹江道正の獄中死の件だが……』


 熊岸刑事は一度、言葉を切った。しかし、躊躇する暇も今はないものだと、すぐに止めた言葉を口にした。


『職員が持ち込んだ酒を飲んだことによるアナフィラキシーショックが原因だそうだ』

「……」


 俺も砂橋も反応しなかった。

 いや、なにが適切な反応なのか、分からなかった。

 蟹江のアルコールアレルギーはこれで証明されてしまった。ならば、証言がおかしいことになる。


『それと押収された証拠だが……、使われた凶器はビニール袋と新聞紙に包まれた状態で蟹江の家の庭に落ちていたらしい』


 凶器を自分の家の庭に置いておく馬鹿がどこに存在するというのだ。そのままゴミに出すような人間もいないと思うが、家に置くとしても綺麗にするか、誰にも見つからないように土に埋めたりするだろう。


『靴痕に関しては、当時流通していて、誰でも履いていたような量産型の靴の痕だった。その靴を蟹江も履いていたらしい』


 俺の隣で砂橋が大きくため息をついた。


 重要な証拠二つが、どう考えても蟹江が犯人だと断言できるほどの説得力を持たない。


 当時の、いや、元刑事の平田による指揮下の捜査は、あまりにも杜撰だったと言えるだろう。

 そして、その平田にそうしろと指示を出していたのが、佐伯一樹元議員だ。


 俺達は今から佐伯の所有している別荘に行く。場所は、熊岸刑事が調べてくれた。もうこれ以上は関わらせることはできないと熊岸刑事に判断された猫谷刑事は今、彼の近くにはいない。


「熊岸刑事、どうしてほしい?」


 今回の事件は確実に警察の不祥事になるだろう。冤罪事件を意図的に起こして、間違えて逮捕した人間は死んでいる。

 いや、この場合、殺されているのだろう。アルコールアレルギーの人間がわざわざ職員が職場に持ち込んだ酒を盗んで飲むわけがない。


 不自然な獄中死も、冤罪事件も警察の顔に泥を塗るには充分すぎる。


 そして、その冤罪事件により、今回の五つの事件を起こした黄色猫、牧野の存在。彼のことをどうするか、砂橋は聞いているのだ。ここだけの話、今黄色猫の存在を知っているのは砂橋と俺と熊岸刑事と猫谷刑事の四人だけだ。あとは五つの事件の犯人五人。


 揉み消そうと思えば、揉み消すことができる。

 黄色猫は自分では罪を犯していないのだから、最初からいなかったのだ。


 五つの事件の犯人は自分一人で考えて事に及んだ。そうすれば、冤罪事件のことなど誰も思い出さない。黄色猫が何故、こんなことをしたのか、そもそも、黄色猫の存在自体、誰も知らないまま終わる。


 砂橋は熊岸刑事がどのような返答をするのか知っていて、こんな質問をしているのだろう。


『もちろん、黄色猫は捕まえる。冤罪事件のことも明らかにする。それ以外の選択肢はない』


 砂橋は頬を緩めると、張り切るように右肩に手を置いて、右腕を回した。


「それじゃあ、いつも通りに」


 砂橋は軽く準備運動のような動きをすると、ドリンクホルダーにいれていたカフェオレを一口飲んだ。


「熊岸刑事のお手柄のために頑張るぞー」


 やる気のない声だった。


 お手柄だけではない。熊岸刑事、そして、警察が受ける批判を全て押し付けるのだ。しかし、熊岸刑事がそれを恐れることはない。

 彼は罪を犯した者を捕まえる。助けを求める人間に手を差し伸べる。


 彼こそ、俺と砂橋に警察というものが案外悪いものではないと行動と言動で教えてくれているたった一人の男だ。


 だからこそ、この事件はさっさと終わらせなければいけない。

 俺はハンドルを静かに握り直した。


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