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きいろのいえ


「どこに向かってるんだ?」


 俺の言葉に砂橋は振り返らずにケラケラと笑い声をあげた。


「もしかして、なにも考えずについてきてたの?」

「……黄色猫の目的について考えてた」

「考え事しながら歩くと危ないよ」


 砂橋は電車を降りてから、スマホも持たずにアスファルトの上を歩いていた。知っている道なのか、目的地への道を覚えているか、どちらかだろう。


 とにかく、俺は黄色猫がどうして五つの事件の犯人たちにわざわざ事件を起こさせたのかを考えていた。

 その答えかどうかは分からないが、似たような考えを俺は知っている。俺自身ではなく、俺が書いた小説に出てきた探偵の敵である人物が述べていた。


『罪人には相応しい罰が必要だ』


 目には目を、歯には歯を、そして、罪には罪を。


 もし、蟹江道正が、四人の証言と一人の刑事により、犯してもいない罪を押し付けられたのであれば、彼を罪人にした五人の人物に罪を押し付けるのは、相応しい罰なのだろうか。


「ここだよ」


 だいぶ、歩いていただろう。砂橋が言葉を発さなかったせいで、俺もずっと押し黙って黄色猫のことを考えていた。

 そもそも、黄色猫とはどこから出てきたのだ。罪を償わせたいと思うのであれば、こう、もっと仰々しい名前をつけたりしないだろうか。

 いや、これは職業病かもしれない。


「ここは……」


 そこは古い一軒家のようだった。

 表札はかかっておらず、その代わりにペンキで塗ったような手作りの風貌の看板がかかっていた。


「きいろのいえ……」


 看板に貼り付けてある木の文字は、どこかで買ってきたのだろう。手作り感が漂う看板をじっと見ていると、古い家の扉がガラガラと開かれた。


「おばちゃん、また明日ー!」

「明日はパズルの続きだからねー!」

「はいはい、気を付けて帰るんだよ」


 小学生程の男の子と女の子が「こんにちは!」と元気よく俺達に挨拶をしながら、通り過ぎて、走り去っていった。その子供たちの後ろ姿を目で追う。


「あら? あなたたちは……」


 玄関で、走り去っていった子供たちを見送った初老の女性がこちらを見て、首を傾げた。

 砂橋が他所行きの笑顔に微笑む。


「こんにちは。僕は砂橋と言います。こっちは弾正です」

「すなばし……ああ! 遼生りょうせいくんが言っていた探偵さんね!」

「りょうせい?」


 初老の女性は、サンダルを履くと慌てて、俺達の目の前まで来た。


「ああ、ごめんなさい。牧野くんって言った方がいいかしら?」


 牧野。

 砂橋が意味もなく、この家を訪れたわけがないだろう。初老の女性が言っている牧野とは、確実に黄色猫のことだ。


「そうですね。僕らは彼のことを牧野って呼んでますから」

「牧野くんから、お二人が来た時は聞きたいことがある時だから、話をしてくれって言われてるの。もう子供たちはいないから、さぁさ、あがってちょうだい」

「ありがとうございます」


 女性が俺達のことを手招いて、家の中へと入る。不用心にも扉に鍵はかけない。初対面の俺達のことを信用しきっているその姿に不安を覚える。


「お名前は?」


 砂橋が玄関に入り、靴を脱ぎながら尋ねると、女性は「あら、私ったら!」と口に手を当てて、目を丸くした。


「自己紹介がまだだったわね。私の名前は小林こばやし冬子ふゆこ。子供たちからはふゆおばちゃんって言われているの」


 俺も砂橋と同じように玄関に一度腰を落ち着けて、靴を脱いだ。


「牧野さんからはここの住所しか教えてもらっていないんですけど、今、ここではなにをしてるんですか?」


 牧野から住所を教えてもらったことはない。調査の過程でこの家の住所を知ったのだろう。


「子供たちを預かっているのよ。ボランティアでね。学校が終わってから家に帰っても誰もいなかったり、お休みの時に家に一人の子供たちがここに来て、暇を潰すの」


 小林さんは俺達のことを居間に通した。いつもここでは子供たちが遊んでいるのか、部屋の隅には玩具が押し込められた箱がいくつも並んでいた。


「寂しい子供たちを預かる場所……」


 砂橋が顎に手を当てる。


「殺人犯として捕まった人が住んでいた家で?」


 俺は隣に座る砂橋に思わず視線を向けた。台所からトレイにのせたお茶を持ってきた小林さんも、俺達の前にお茶の入ったコップを置こうとした手を止めた。


「今はもう誰も気にしていないことよ」


 先ほどまでにこやかに俺達のことを迎え入れてくれた小林さんの表情が曇る。


 砂橋は来る途中、どこに向かっているのか俺に言わなかったが、この家は十五年前に殺人犯として捕まった蟹江道正が住んでいた家だ。

 家を外から見ただけでは誰も、この家に殺人犯として捕まった男が暮らしていたと気づかないだろう。


「蟹江さんが捕まった頃、マスコミがこの家を取り囲んでいたわ。でも、近所の人達は誰も蟹江さんが人を殺したなんて信じなかったわ」


 頭の中にどこかで見たニュースのインタビューの様子が流れる。罪を犯して捕まった人間の家近くで近隣住民に聞き込みをすると「こんなことをする人だとは思いませんでした」とショックを受けたような表情と共に答える。マスコミにもニュースを見る人間にも、近隣住民がどれだけ捕まった人間を信じていたかは伝わらない。


「すぐになにかの間違いだって分かると思っていたのに……」


 この女性は、きっと蟹江道正が人を殺すとは、最後まで信じられなかったのだろう。


「この家はいったいどうして、今では子供を預かる場所に?」


 砂橋の質問に、小林さんは俯いていた顔を上げた。


「遼生くん……牧野くんが買い取って、この家を子供の預かり場所にしようって言い出したのよ。今は、私が牧野くんからこの家を任されているわ。大変な時は私の娘も手伝ってくれるの」


 牧野がしていることは善行に他ならない。しかし、そんな彼が黄色猫としてやっていることは、とてもではないが善行とは言えない。

 そのことを小林さんは知らないだろう。


「この家の名前、きいろのいえってありましたけど、どうして、黄色なんですか?」

「蟹江さんが好きな色だったのよ。それに、蟹江さんは家に迷い込んできた猫のことを黄色の猫って呼んでたの。まぁ、詳しく聞いてみたら、猫なんかじゃなかったんだけどね」


 小林さんは思い出を懐かしむかのように居間の大きな窓から庭を見た。


「ある日、蟹江さんが家で本を読んでたら、庭に子供が迷い込んできたらしいの。子供と目が合って、びっくりしながら窓を開けると、その子のお腹の虫が鳴いたから、蟹江さんはその子にご飯を食べさせてたのよ」


 まるで、迷い込んできた子猫に餌をやるかのような行動だ。俺も小林さんの視線に倣って、庭を見た。詳しく知っているわけではないが、きっとこの庭は、その頃からあまり変わっていないのだろう。


「その子は蟹江さんに懐いたからそれから何度もこの家に来たみたいよ。その子にお絵描きをさせてあげたり、一緒にパンを食べたり、本を読んだりして……蟹江さんは私にその子のことを黄色の猫だって言って紹介してくれたのよ」


 砂橋もきっと気づいたことだろう。


 この家に迷い込んで、蟹江に懐いていたその子供は、他でもない牧野だ。

 黄色猫とは、蟹江が彼につけたあだ名だったのだ。


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