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「私は違うわよ! 本当に推理を信じて、アメに毒が仕込まれていると思ったの!」


 先ほど「二人なんて冗談じゃない」と言ったのは、長須賀のことは狙って殺したが、他に犠牲者を出すつもりは全くなかったという心情から漏れた気持ちだったのだろう。


 しかし、殺したい人間以外にも毒が入ったものを食べさせた時点で彼女は二人どころか、アメを口にした全員の死を想像しなければならなかった。


「私はずっと席に座っていたわ! 映写室に忍び込んで長須賀監督のことを刺すんだったら、映写室の扉から一番近い席にいた一山が怪しいわよ!」

「まぁ、アメで毒殺したのは君で間違いないと思うけど、刺した件に関しては目撃者が欲しいところだよね」

「アメに関しても私は関係ないわよ!」


 砂橋に凶器を持たせることは、間違いなく黄色猫が指示したのだろう。となると、殺人にはあまり関わらない指示だろう。


 今回、黄色猫は、砂橋に凶器を持たせろと言ったに違いない。チケットには席順も記されていた。俺と一緒に砂橋がここに来るということも俺達のことを把握しているらしい黄色猫なら予測済みだろう。


 もしかしたら、共犯者がいて、彼女が毒入りのアメを用意して、包丁は共犯者が用意した可能性がある。


 果たして、包丁の件の犯人は彼女であっているのか。


 砂橋が首を傾げていると、警察が到着したみたいで、熊岸刑事の他にも見知った刑事たちが何人かシアタールームに入ってきた。その中には砂橋が十五年前にどんなことが起こったのかを調べさせた猫谷刑事もいた。


 しかし、その中に明らかに警察ではない人間がいる。

 熊岸刑事はその人と共に俺達の前に来ると隣に立つ優しそうな目の男を示した。


「彼は上映中に隣の席の女性が席を立ち、戻ってきたと思ったら、前の席の砂橋になにかを渡したのを見たと言ってる」

「……は?」


 神谷が目を丸くして、証言者の男を凝視した。証言者の男はその反応に少し申し訳なさそうに頭を掻いた。


「いやぁ、僕、映画とか観ているとたまに隣の人とか、他の観客とかが気になって、映像よりもそっちを見ちゃうんです……」


 完成披露試写会では椅子同士がかなり離れていたから、映画館よりも隣の人物のことを気にかけることはなかったが、たまたま、男性は周りを気にしていたため、神谷の動きを見ていたらしい。


「ああ、熊岸刑事。毒殺で、この人が犯人ね。毒は、上映の休憩時間に配られたアメの中に仕込んであるから。残ったアメも全部調べて。さすがに売店のアメには毒は入っていないと思うけど」


 熊岸刑事は砂橋の言葉を聞いて、すぐにアメを回収するように他の人物に指示をした。

 警察まで来てしまったら、逃げることは不可能だと悟ったのだろう。

 神谷は、ぎろりと砂橋のことを睨んだ。


「あんたさえいなかったら!」

「僕がいなかったら、なに? 毒殺なんてすぐに警察にバレるし、アメの毒もすぐにバレるよ。数日後には逮捕される。まぁ……その数日の間にどこか遠くでも行って、死んだ恋人を追いたかったのなら、残念だったね」


 砂橋の言葉に神谷は目を剥いて、自分のペンダントを握りしめた。あまりアクセサリーには注目していなかったが、確か、アルファベットが二文字のペンダントだった気がする。


 確か、アルファベットは「A」と「Y」。「A」は神谷の名前の秋菜のイニシャルだろう。


「三年前に亡くなった守光裕紀さんの名前にイニシャルでしょ。三年前に亡くなった人とのアクセサリーをつけているのに、小指には新しそうには見えない婚約指輪。新しい恋人がいるのなら、他の男の人との思い出のアクセサリーなんてつけないでしょ」


 砂橋はそこまで言って「まぁ、こじつけだけど」と俺にだけ聞こえるように呟いた。

 俺達は今日初めて神谷達に出会った。彼らがどんな過去を持ち、どんな人生を送ってきたのかは知らない。できるのは想像することだけだ。


「だって……だって、許せないじゃないの! この映画は元々、裕紀のアイディアだったのに、それをあの野郎が盗んで、我が物顔で披露してるのよ⁉」


 神谷は目に涙を溜めながら、吐き出した。もはや、嘘を吐くのはやめたらしい。

 いつの間にか、スクリーンの中では祠が見つかっていた。

 やかましい程の猫の鳴き声がする。


「しかも、アメの試食をした時も、吐き出さないのかって聞いたら、あいつ「この作品を残さず味わいたいから」って言ったのよ! あんたの作品じゃなくて、この作品は裕紀のものよって私は何度も言いたかったわ!」


 長須賀は、友人に俺の怪奇小説を勧めてもらったと言っていた。彼が友人の話をする時の表情を俺は覚えている。

 たかがラーメンをすする間話した程度の相手だと言われても構わないが、俺は長須賀が他人のアイディアを盗むような人間には見えなかった。


「この映画はっ」


 他の人物が絞り出した声は裏返り、すぐに人目を引いた。

 神谷の言葉を遮ったのは、目からぽろぽろと涙を流す向川だった。


「この映画は……監督と守光さんが一緒に考えたものです……私、二人と一緒にお茶をする機会があったので、聞いてたんです……二人で作るんだって……」


 スクリーンの中で、シノリンが人形の中から猫の置き物を取り出し、祠の中に置くとあんなにやかましかった猫の声も止んだ。

 その後、シノリンがマメタのいる病院に行き、二人とも無事解放されたことを実感して、抱きしめ合っていた。


 話はこれで終わりみたいで、スクリーンにはクレジットが流れ始めたが、こちら側の話は終わらない。


「は……? この映画は、裕紀のアイディアを盗んだんでしょ? だって、遺品のノートにこの映画の内容が……」

「それは一緒に考えていたからです! アメの時だって……吐き出さなかったのは、監督、ショックで味が、分からなくなってて……三年前から……」


 三年前。

 長須賀の友人の守光が交通事故で亡くなった頃からだ。味が分からなかったから、平気な顔をして彼はアメを食べていたのだ。この作品を残さずに味わいたいから、と神谷に言ったのは味が分からないことを悟られたくなくて言ったのだろう。


「うっ、嘘よ! きっとストレスね! 裕紀のアイディアを奪って、裕紀のことを交通事故に見せかけて殺したから! 罪悪感で……」


 俺はスクリーンの中を流れるクレジットを見て、思わず、足を踏み出し、先ほど砂橋に掴みかかった神谷と同じように、彼女の襟を掴んだ。


「あれを見ろ!」


 俺が指さしたスクリーンには、最後の最後、監督の長須賀の名前の後にとある文章が流れてきたところだった。


『共にこの映画を作り上げようと約束した最高の友人 守光裕紀』


 もうなにも言うことはない。

 俺が今日知り合ったばかりの長須賀の気持ちをいくつもの言葉を使って代弁するよりも、上映された映画のクレジットにその一文が入っていることが、全ての証明になる。


 彼女はその場で顔を覆って、泣き崩れた。


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