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噛み砕いて説明しよう


 長須賀が最後にアメを食べたのは誰もが目撃しているが、長須賀自身が映写室の中に食べ物を持ち込んでいた可能性もある。もしくは、誰かが上映中に映写室に行き、長須賀に毒入りの食べ物を渡したのか。


「アメはたくさんあったし、係員の人はアメを配っていたと言っても僕らがカゴからアメをとっていたから長須賀監督にカゴに二つしかない毒入りのアメだけを選んでもらうのは不可能だ」


 砂橋はアメの話をしているが、もしアメに毒が塗られていたとすれば、長須賀は口に毒を入れた時点でもがき苦しんで絶命しているはずだ。腹に入って、胃液と反応してから毒の効力を発揮するものもあるが、死体を一目見ただけではどんな毒が使われたのかは分からない。


「それなら、別のものを食べさせたんだろう」

「わざわざ毒入りの食べ物を長須賀監督が持っていたの?」

「自殺の線はないだろ。死んだ後に刺されてるんだから」


 俺はすかさず自殺の線を否定した。

 自分の死を望んでいる人間が、こんなものを作りたいと俺に嬉々として語るわけがない。俺も同じようになにかを創造して、作り上げることを天職としているから分かる。


「それで、僕、思ったんだけど……」


 砂橋は口の中でアメを転がすと自分の口を指さした。


「僕ら、誰一人、あの場でアメを完食してないじゃん? アメの内部に毒を仕込んでたら、わざわざ選ぶ必要もなく、毒入りのアメを食べさせることができるでしょ」

「……は?」


 確かに俺も砂橋も他の観客も、全員があまりのまずさにアメを吐きだした。それは吐き出すようにと指示されていたからでもある。


 しかし、あの時、長須賀はまずいとも言わずに、ティッシュも受け取らず、口直しのジュースも飲まずに映写室へと戻っていった。


 彼だけが、アメを最後まで食べた。


 アメの中心に毒を仕込んでいれば、アメを舐め続けて、やがて毒に辿り着き、それを食べた長須賀は死ぬ。

 可能性としてはありえる。だがしかし、それは、観客や制作陣、俺達も含めて、一度、毒入りのアメを口に含んだことになる。


 その場にいた人間全員が青ざめる。


 自分達が毒入りのアメを口にしたことも、自分達が毒入りのアメとは知らずともなにも知らない観客にそれを配っていたことにも、恐怖を感じるのは仕方がないだろう。俺も毒を口にしていたと聞いて、思わず身震いがした。


 もし、すぐに吐き出さずにアメを噛み砕いていたら、と考えると寒気がする。


「毒をアメの中心に仕込むなんてアメを配ることを知っていた制作陣しかできないでしょ?」


 ふと、砂橋と目があった。


 砂橋が言うように、アメに毒が入っていれば、長須賀を上映中に殺すことができて、アメを食べ切った時間を見計らって、映写室に行き、死んだ状態の長須賀に包丁を刺して、それを砂橋に渡すことができる。


 しかし、それには後一つ、犯人が知らなければいけないことがある。


「その殺し方を犯人が採用するには、長須賀がアメを食べ切るという確信が必要だ」


 長須賀が他の皆と同じようにアメを吐きだしていたなら、彼は死ななかった。あのまずさだから、普通は吐き出すと思うだろう。

 砂橋は俺から期待通りの言葉をもらったからか、目を細めた。


「そう。犯人には確信があった……そういえば、向川さんに聞いたんだけど、長須賀監督と役者さんと神谷さんと向川さんは、アメの試食をしてたんだって? その時、長須賀監督は?」


 神谷と向川が呼ばれ、顔をあげた。


「確か、その時も長須賀監督はなんてことない顔をして、アメを食べたわ」


 神谷が思い出すように顎に手を当てた。すると一山が恐る恐る向川のことを見た。


「向川……もしかして、お前、アメに毒が入ってるって知っていたから食べなかったのか?」


 砂橋を最初に犯人扱いした向川が今度は犯人扱いをされ、反射的に顔をあげて「私は違う!」と叫ぶように否定をした。


「本当にまずかったから、二回目なんて食べたくないと思ったのよ! 信じてよ! それに本当に全部のアメに毒が仕込まれていたなんて、ありえないじゃない!」


 彼女の言葉ももっともだ。

 犯人が毒入りのアメをあの数用意したとしたら、その労力は半端なものではないだろう。一からアメを作り、毒を用意し、中にいれる作業は途方もないはずだ。


「うーん、まぁ、そう言われると思ったけどさ。ここで手っ取り早く証明する方法はあるんだよね」


 砂橋の言葉に、泣きそうな顔をしていた向川が「えっ」と目を丸くした。砂橋はにっこりと笑って、自分の口を指さした。


「二回目は案外我慢できるもんだね」


 俺は目を見開いた。

 砂橋は「それは置いといて」とまったく横に置けない暴露を無視して、別の話をした。


「ねぇ、あの後、どうなる予定だったの?」


 係員二人の方を見て、砂橋が尋ねる。彼女たちは目の前で起こっていることに理解が追い付かず、砂橋が問うている意味が分かっていないようだった。俺も分からない。


「ほら、人形と日記を観客に渡したじゃん。あの後、どうするの?」

「あ、えっと……観客の皆さんには日記と猫の人形を回してもらって、中にあるものとかを確認してもらって、あとは猫の人形をどこに戻してもらうか、二択を用意しているので、多数決をして、流すエンディングを変えるという流れで……」

「お、おい、そんなことどうでもいいだろ……っ。分かってるのか、推理が当たってるなら……」

「でも、アメに毒が入ってるなんて……」


 砂橋は周りの反応を気にせずに椅子に放置されている猫の人形を持ち上げて、その裂かれている腹の中に手を突っ込んだ。猫の腹から引き出された手には白い猫の置き物が入っていた。


「ああ、二択って、あの家にこの人形を戻すのか、それとも林の中の祠に置き物を戻すのかってこと?」


 係員はこくこくと頷いた。


「おい、砂橋」

「弾正、どっちだと思う?」


 砂橋は意見を聞かない。有無を言わせない視線が俺に向けられる。


 俺は同じように椅子に放置されていた日記を手にとって、ぱらぱらとそれを捲った。

 映像の中で、怪奇現象が起こったのは家の中だけだ。


 しかし、この日記によると、あの家の子供であるミヨが林の中の祠で遊ぶのをやめてから、猫の声が聞こえたり、物が勝手に移動したりという怪奇現象が起こっているのが分かる。


 怪奇現象の原因は惨殺事件ではなく、ミヨが祠から盗んだご神体である猫の置き物だったと推測できる。


「猫の置き物を祠に戻せばいい」

「じゃあ、そういうことで」


 砂橋はまるで一人だけ殺人事件とは関係なく、体感型のホラー映画を楽しんでいるようだった。


「祠に置き物を戻した場合のエンディング流してよ」

「あ、えっ、は、はい……」


 人間は訳の分からない状態で指示されるとなにも考えられないまま、指示に従ってしまうことがあるらしい。係員がポケットから出したリモコンのボタンを押すと、シアタールーム内に役者の声が響き渡った。


『見える? 今から林の中の祠を探してるの……』


 彼女は最初の映像よりも疲れているような声を出していた。


「さ~て、最後はどうなるのかなぁ~」


 アメのことなど忘れたかのように近くの椅子に腰を下ろした砂橋に向かって、誰かが声を張り上げた。


「今すぐ、アメを吐きだして!」


 声をあげたのは、神谷だった。全員が神谷の顔を見る。

 しかし、砂橋は彼女の方を見ずにスクリーンを見ている。案外、照明がついていても映像は見ることはできるんだな、と場にそぐわないことを思ってしまった。

 神谷は砂橋の肩を掴んだ。その表情は切羽詰まってる。


「いい加減にして! 自分がなにをしているのか分かってるの⁉」

「君の方こそ、静かにしたら? 映像が流れてるんだから」

「そのアメを吐きだせって言ってるの!」


 神谷が砂橋の襟を掴んで、無理やり、映像から自分の方に顔を向けさせると、砂橋はじっと彼女の顔を見たまま、ガリッと音をさせて、口の中の飴玉を噛み砕いた。


「ちょっと……! やめてよ! 二人なんて冗談じゃないのよ!」

「はい。失言」


 砂橋はポケットの中から、くしゃくしゃになった小さな包装紙を取り出した。


「勘違いしてくれて、ありがとう」


 砂橋は神谷の目の前で「オレンジ味」と書かれたアメの包装紙を広げるとにんまりと笑った。


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