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疑惑再び


「あ、あなたが殺したんでしょう!」


 ホラー映画の完成披露試写会が行われていたシアタールームには制作陣と係員と俺と砂橋が残った。

 熊岸刑事に頼み、残りの観客は、もう一つあるらしいシアタールームへと移動してもらった。


 もし、砂橋に包丁を渡せる人間がいるとしたら、それは人形と日記を他の観客に渡していた係員か、公演の内容を知っていた制作陣だと砂橋が言い出したからだ。


 その代わり、観客がいなくなった途端、砂橋は向川に離れたところから睨みつけられ、金切り声をあげられていた。彼女は死体の第一発見者で、泣きそうになりながら今も震えていた。


「確かに僕が持ってた包丁には血がついていたけど、僕が長須賀監督を殺したとして、どうして、凶器をわざわざみんなに見せびらかすの? そもそも、死体をちゃんと確認したの? 本当に刺殺?」

「だ、だって、血が……」


 長須賀の死体は俺も確認した。

 彼は口から血を吐いていた上に、その背中には包丁を刺したような刺し傷があり、シャツには血がにじんでいた。


 熊岸刑事によれば、すぐに警察が到着するらしい。しかし、それまでになんとか砂橋への疑惑を晴らさないと、いくら熊岸刑事が砂橋が犯人ではないと言ったところで、容疑者として疑われかねない。

 ただでさえ、向川を始め、係員や他の制作陣からは疑いの目を向けられている。


「仕方ないなぁ」


 砂橋は大袈裟にため息をついて、映写室へと歩いて行った。「おい!」と保本と一山が砂橋の前に立ち塞がる。犯人かもしれない人間を死体に近づけると証拠隠滅の可能性があるため、砂橋を映写室に近づけることはできないと思ったのだろう。


 砂橋がすっと自分の両手を頭の位置まであげる。もうすでに包丁は熊岸刑事に没収されたが、それでも、一歩、保本と一山は仕方なく引き下がった。俺と砂橋が警察と知り合いだということも彼らは先程知ったため、このような行動を許してくれたのだろう。


「丸腰。何にも手を触れない。それより、探偵が死体を見て、自分の容疑を晴らそうとしているのに、邪魔するって……自分達が犯人だから、知られたら困ることでもあるの?」


 実際、探偵に捜査の権限などはない。それでも、見張りを自分達がしていれば、下手なことはしないだろうと保本と一山は引き下がった。


「弾正、見た時と変わってることは?」

「見た時と変わらない」


 うつ伏せに倒れている長須賀の顔は横を向いており、その顔には苦悶の表情が浮かんでいて、口の端から血が垂れていた。背中には、刺し傷があり、シャツには手の平ほどの血の染みが広がっている。


「……ふーん」


 砂橋は一山と保本にしっかりと見張られながら映写室の中を眺めると、すぐに映写室の前から離れた。


「やっぱり、僕は犯人じゃないね」

「ど、どういうことですか……っ」


 砂橋のことを犯人だと最初に指摘した向川が尋ねると砂橋は彼女の方を向いた。


「僕も、前に後ろから刺されたことあるから分かる。刺されたらたくさん血が出るんだ。まぁ……刺された時、相手がすでに死んでたら話は別だけど」


 俺は慌てて、映写室の前に戻り、中にある長須賀の死体を見た。シャツに滲んでいる血の量は刺されたにしては少ない。人間は失血で死ぬが、死ぬほどの量の血を流しているようには見えない。


「それに僕が渡された包丁は先っちょには血がついていたけど、刃の三分の一くらいしか血はついていなかった。刺した場所によって変わるとは思うけど、このぐらいで人はすぐに死んだりしないよ。見つけた時に重傷だとしても息はあるはずだ」


 長須賀が刺されていたのは背中。小腸があるあたりだった。肺を傷つけられているわけでもないのに、人は血を吐くだろうか。

 むしろ、背中の刺し傷のことを抜きにすれば、あの死体は……。


「毒殺か?」


 俺の言葉に向川もそれ以外の人間も一斉にこちらを見た。砂橋が目を細める。


「僕はそう考えてる」

「長須賀が最後に食べたものは……」


 俺と同時に制作陣もアメを入れたカゴを外から持っていた係員を見た。彼女は自分に視線が集まった瞬間、青ざめ、飛んでいきそうな勢いで首を横に振った。


「違います! 私は渡されたアメを配っていただけで……!」


 だとしたら、アメが入ったカゴを持ってきた女性かとそちらを見ると、彼女ももう一人の係員と同じような反応をした。


「私は用意されていたものをそのまま持ってきたんです!」


 アメは全員が食べたわけではなかった。

 半数の十人程の人間がアメを食べ、カゴにはまだ二十個程のアメが残っていた。


「私達はアメを配るんだって今日聞いたんです!」

「そ、そうです! 毒を入れるなんてできません!」


 二人はお互い疑われているからと、身を寄せ合って弁明を始めた。


 そんな中、砂橋は二人の意見は興味がないかのように席に戻り、椅子にかけていた自分のコートのポケットを探った。唐突な動きに今まで砂橋のことを警戒していた一山も保本も反応できないうちにすぐに砂橋は戻ってきた。

 俺の隣に戻ってきた砂橋は持っていたアメを口に放り込んだ。甘いものが欲しくなったのだろう。


「係員の二人は関係ないでしょ」

「どうして、そう言い切れるんだ?」


 砂橋の言葉に一山が眉間に皺を寄せた。


「だって、犯人は長須賀監督を毒殺して、さらに彼の背中を刺して、その包丁を僕に渡したんだよ。後半の映像の途中に包丁を渡してきたから、その時、シアタールームの外にいた係員の人には無理だし、スクリーンの前にいた係員の人は人形と日記を他の人達に渡さないといけなかったのに、映写室まで行って、長須賀監督を刺して、僕に包丁を渡す時間があると思う?」


 一山と保本が顔を見合わせ、二人は神谷とも顔を見合わせた。先程まで砂橋のことを疑ってかかっていた向川はその場で俯いていて、他の三人と顔を見合わせることはなかったが、三人は向川にも視線を向けた。


「だったら……誰が長須賀監督のことを殺したっていうんですか?」


 向川は俯いたまま、砂橋の方に身体を向け、そう聞いた。

 砂橋が口の中で飴玉を転がしたと思うと、口の端を吊り上げた。


「いいよ。噛み砕いて説明してあげる」


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