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段ボールの中の小説


「雪山で凍死したわけでもないのに、裸……ついでにコートが一枚……」


 熊岸刑事が奥さんに迎えに来てもらい、帰った後、俺はキッチンで皿洗いをしていた。そんな俺の横を通り過ぎ、シャワーを浴びてきたらしい砂橋が肩にタオルをかけ、髪を乾かさないまま、冷凍庫を開けた。中からカップ型のチョコアイスを取り出す。


「少しは手伝え」

「いい湯だったよ」

「シャワー浴びただけでいい湯はないだろ……」


 話の逸らし方が雑すぎる。一度も砂橋が家事を手伝ったことがないので今更の話だ。俺も「手伝え」と言ったところでまともに砂橋が返事することなど期待していない。


「裸コートの死体のことを考えてたの?」

「ああ。雪山で遭難した人間が裸で凍死した状態で見つかったという話は聞いたことがあるからな。今回も同じようなことかと最初は思った」


 コートを羽織っている時点で、その可能性はなくなったが。


 人間の身体とは不思議なもので、体温が下がりすぎると身体が温まろうと発熱し、寒いはずなのに暑くなって服を脱いでしまうという現象があるらしい。雪山で裸になって発見される死体もあるくらいだ。そのように寒い中、服を脱いでしまい、死んでしまう行動のことを「矛盾脱衣」と呼ぶ。


 しかし、男の死体が見つかったのは雪山ではなく、都市内の公園だ。


「水をかけられた後にも外にいたから凍死したのか?」

「さぁね。酩酊状態だと普通だったら死なない気温でも凍死する可能性があるらしいよ。酔った状態で、裸にコート一枚なら、なおさらね」


 普通なら寒ければ、さっさと屋内に逃げ込んで、服を着るだろう。しかし、酩酊状態で判断が鈍り、まともに動けなかったらどうだろうか。低体温症になったとしても本人は気づかないだろう。


 砂橋はアイスをスプーンで掬うと口に入れた。


「髪を乾かせ」

「ストーブにあたるからいいじゃん」


 そう言って、俺の言う事は一切聞かずに砂橋は電気ストーブに背を向けて、カーペットに座り込んだ。ストーブにあたりながら、人に皿洗いを任せてアイスを食べるとはいい御身分だ。


「にしても、よく熊岸刑事の協力する気になったな」

「事故だったら、勘なんて嘘っぱちじゃんって笑うつもりだったんだよ」

「……」


 あっけらかんと言う砂橋に思わず呆れて肩を落とす。こいつは最初から熊岸刑事の役に立とうと考えていなかったのだ。こいつらしいといえば、こいつらしいのだが。


「それであのもっともらしいことを言ってたのか。勘には裏付けがあるとかなんとか」

「適当に言ったら二人とも信じるんだもん。まぁ、よかったんじゃない? 勘が外れて恥ずかしい思いをしなくてさ」


 俺はお前の言い分を簡単に信じてしまったと今まさに恥ずかしい思いをしているのだが、それはまったく気にしないのか、と問い質したくなった。しかし、問い質したところで砂橋は俺のことを笑うだけで俺はやるせない気持ちになるだけだ。


 アイスを食べながら、砂橋が手元のスマホを操作し始める。もうこの話題は飽きたのだろうかと思っていると砂橋は「あったあった」と言いながら、こちらにスマホの画面を見せた。


 数メートルも離れているのだから画面が見えるわけがない。仕方なく、手を拭いて砂橋の前まで行き、スマホの画面を覗き込む。そこには死体が発見された公園の名前と、昨日、その公園で開催されたイベントに関する写真や情報などが載っていた。


 インディーズバンドが集まる冬のライブ。時間は七時から八時半まで。


 SNSではそのイベントに関する写真を挙げている人間がちらほらといる。もしも、このイベントが死んだ男の近くで行われていたとしたら、誰かが目撃しているはずだ。

 イベントが始まる前から男は倒れていたのか、イベントが終わった後に男が倒れたのかだけでも分かるだろう。


「まぁ、この辺は警察が調べてくれるでしょ」

「それもそうだな」


 わざわざ自分から首を突っ込む程でもない。

 だが、酒を飲んだせいか、形容しがたい不安が胸の奥に存在していた。自分はこの事件に関わらないといけないというぼんやりとした感覚。


 何気なく、リビングを見回して、ふとある物を見て、視線が止まる。テレビの横に放置していた小さな箱。その中には、俺が書いた小説が一冊入っている。


 その短編小説の中には偶然にも、熊岸刑事の家に届いたと言われているページもある。あのページの前後はどうだったか、と箱に近づき、俺は本のページを捲った。


 題名を見れば、自分が書いた内容のおおかたは思い出す。


 雪村という探偵が、友人の城崎と一緒に入った雪山のロッジ。そこで死体が発見され、その場にいた人間が外部の人間による犯行かと浮足立つ中、雪村は悠然とソファーに腰かける。


 そのシーンに辿り着いた俺は思わず指の動きを止めた。

 そこにあったはずのページ。


 熊岸刑事が持っていた一枚のページが、カッターかなにかで切り取られたかのように、小説から消えていたのだ。


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