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苦悶の表情


「はいはい、僕が悪いと思ってるんでしょ、みんな。僕、なにもしてないからね」


 悲しいことに包丁は本物だった。


 係員が叫び声をあげてしまったせいで、砂橋が不審者だと思われ、他の観客が砂橋から離れようと席から立ち上がってシアタールーム内の端に身を寄せた。砂橋が一番入り口に近いせいで、まるで砂橋が他の観客を脅して、立てこもり犯にでもなっているかのような構図だった。


 そんな中、俺は一人、砂橋の隣に座っている。


「砂橋、弾正!」


 警察手帳でも見せて、入ってきてくれた熊岸刑事が救いの神に今は見える。

 砂橋が手に持っている包丁をそのままに熊岸刑事の方を見ると、さすがの熊岸刑事も一瞬固まった。


「いったいどういう状況だ」

「ホラー映画の途中で、観客は係員から物を渡される予定だったんだ。日記と人形が観客に渡される予定だったらしいが……砂橋は誰からか、その包丁を受け取っていた」

「……砂橋、とりあえず、その包丁を床に置け」

「分かった」


 砂橋は熊岸刑事の言葉に従い、その包丁を床に置いた。熊岸刑事が床に膝をついて、包丁を眺めると彼はすぐに首を横に振った。その動作が俺には「諦めろ」と言っているように見えた。


 警察が来たことにより、係員を含めた観客はほっとした半面、まだ信じ切れないみたいで、びくびくとしつつ、こちらを伺っていた。

 そんな緊張と安堵が絶妙に保たれている天秤を倒すかのように女性の叫び声がする。


 後ろから。

 振り返ると、シアタールームの後ろの映写室の扉あたりで向川が尻餅をついていた。


「あ……あ……っ!」

「どうしたんだ? もう脅かしはいいって……」


 そんな彼女に保本が近づいて、彼女の傍に屈むと、彼も映写室の中を見て、目を見開いた。

 俺は弾かれたように席を立って、映写室の扉の前に飛び出した。


 映写室の中には、長須賀がいた。


 彼は、その口から血を吐いて、苦悶の表情をして、そこに倒れていた。


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