公演開始
「うん、今から予定通り、映画の完成披露試写会に行ってくるよ。熊岸刑事も気を付けてね」
公演開始の十五分前。俺達は屋上駐車場に集まり、お互いの状況を伝えた。
熊岸刑事は案の定、俺達が監督と知り合い、映画の制作陣を紹介してもらったことを聞くと驚いた。
とりあえず、身の危険を感じたら、自分のことを優先しろと言われて、俺達は解散した。
体感型ホラー映画『群青の画面』完成披露試写会が始まる。
俺の隣で、チケット確認の列に並んでいる砂橋が「楽しみだね」なんて言っているが、今回はそんな砂橋のことを俺は諫めることができない。
楽しみなのは否定できない。
チラシに書かれていたあらすじをもう一度見てみる。
『売れない役者であるシノリンこと篠原歩美は、有名になるためになんでもやると言ったところ、レギュラーがまったく決まらない深夜の心霊番組からオファーが来た。彼女は、自分と同じく仕事を求めているピン芸人のマメタと共に指定された廃墟へと向かうが……』
よく思うがこの手の廃墟に行くのは、夜中だ。ホラーゲームではよく夜中に探索をするが、何度も「昼間のうちに行け」と思ってしまう。
しかし、心霊番組となれば、昼間に行っても画にはならないだろう。心霊番組の視聴者が求めているのは恐怖とハプニングと画面の向こうで怖がる撮影者たちだ。自分達には一切、幽霊の影響を受けないと信じている状況での視聴。
今回、俺達が観るのは体感するホラー映画だ。
普通の番組であれば、俺達に何かが起こることは絶対にない。しかし、なにか起こるからこその体感型であり、俺達の選択によって、物語の最後が変わるのだろう。
できれば、イレギュラーなことはなにも起こらないでくれと思いながら、係員に自分の分のチケットを見せて、俺たちは会場内に入った。
完成披露試写会の席はそこまで多くはなく、二十ほど席が並んでいた。その中には、俺達が紹介してもらった音楽担当の一山、撮影担当の保本、美術担当の神谷、照明担当の向川がいた。全員席の位置が離れているのが気になった。
「どうして、制作陣の席が離れてるんだ?」
「会場のどの位置からどう見えるのか確認するためじゃない?」
砂橋に言われて、なるほどと俺は首肯した。
保本と向川は、最前列の両端に座っている。一山と神谷は最後尾の列の両端だ。
あとは元々シアタールームにいる係員が二人ほどいて、席に観客を案内していた。
休憩時間にアメが配られると言われていたが、きっとそのアメを配るのはあの係員たちだろう。
「ほら、弾正、座って」
「ああ」
俺達の席は後ろから二番目の列の右端だった。一つしかない入り口に一番近い席だ。
入口に近い右端の席に砂橋が座り、俺はその隣に座った。
持っていたチラシも鞄の中にいれて、スマホはマナーモードにしておく。一応、映画を観る時は電源を切るようにしているが、万が一、熊岸刑事から緊急の連絡があった時のためにマナーモードにしておくことにした。
俺たちが席についてから十分が経過し、ようやく、扉が閉まった。埋まっていない席もあるが、だいたいの人間が席についた。
「これより、体感型ホラー映画『群青の画面』完成披露試写会が始まります。お客様にお願いがあります。上映中、立ち上がったり、歩いたりという行動はお控えください。ただどうしても気分が悪くなったり、トイレに行きたくなった方は出口から静かに外に出てください。帰ってくる時は外にいる係員に一言言ってもらえれば、戻ってくることができます」
係員からの説明が始まる。
俺はふかふかとした一人掛けのソファーみたいな赤い椅子に背中を埋めた。
このシアタールームは映画以外の用途にも使われているため、椅子を移動させたりするみたいだったから、パイプ椅子を用意されていると思っていたが、違うらしい。
この椅子はとても座り心地がいい。
キャスターなどはついていないため、運ぶのは大変だっただろう。
「上映は前半、後半と分かれていて、前半四十五分、後半四十五分の間に三十分の休憩があります。後半の四十五分の間には十分間の思考時間が入りますが、休憩時間ではないため、その時間の退出は遠慮してください」
後半に設けられるその十分の思考時間で、俺達はこのエンディングの行く先を決めることになるのだろう。
「では、体感型ホラー映画『群青の画面』開始します」
係員がその言葉と共に、スクリーン前から横へと行き、スクリーン横に置かれた赤い椅子に腰を落とした。それと同時に電気が消える。
スクリーンには先ほどからなにか画像が映し出されていたが、電気が消えたことにより、何が映っていたのかはっきりと分かるようになった。
そこには、壊れかけた小さな祠があった。
伸びっぱなしの雑草に囲まれたそれは俺の膝の高さほどもないだろう。神社の造りを模してはいるが、その扉と思われる場所は壊れており、ご神体が置かれていたであろう場所にはなにも置かれていなかった。
今の季節に合わないセミの声が遠くから聞こえていたかと思うと、だんだんとセミの鳴き声は大きくなっていき、やがて少しうるさいと思うほど、耳にセミの大合唱が響いてきた。
いきなり映像を差し替えたかのように、セミの鳴き声がぴたりと止み、画面が少しブレながら手入れのされていない林の中を映す。
『本当にこっちで道はあってるんですか?』
カメラを持っているらしい女性が質問すると、彼女の数歩先を歩いている初老の男性が振り返った。山に入る時に着るようなしっかりした服の男性はゆっくりと頷いた。
『あんな辺鄙な場所に行きたいなんて、あんたらも変わった人だなぁ。なんて言ったか。幽霊……なんとか?』
『心霊探検隊です!』
『また妙な名前だなぁ。大学の集まりかい?』
『れっきとしたテレビ番組です!』
『へぇー、聞いたことねぇなぁ』
『それは、まぁ……深夜にやってますから……』
ふと、カメラがいきなり振り返って、女性の後ろを映す。女性の数歩後ろに赤いキャップを被った男性がいて、その男性の後ろにしっかりとしたカメラを持っている男性がいる。
『マメタさん、もう疲れたんですか? 大丈夫です?』
『だ、大丈夫……今度からジム行こうかな……いや、そんなお金ないけど……シノリンの方こそ、元気だね。スポーツでもやってた?』
『もしかしたら、アクション系の映画の役をもらうかもしれないと思って、昔から鍛えてるんですよ』
『そりゃすごいや……』
シノリン、ということはカメラを持っている女性が有名になりたい役者の篠原歩美で、彼女が映した赤いキャップの男はピン芸人のマメタだろう。カメラを持っている男性はスタッフだ。
このような心霊番組の場合、本当に見えるかどうかは分からないが、その筋の人らしき霊媒師などを同行させると思っていたのだが、このグループの中にそのような人物はいないらしい。
しばらくシノリンとマメタが案内役の男性を追っていると、林が急に開けて、一軒家が目の前に現れた。
ようやく目的地に到着したシノリンとマメタは、カメラマンからあらかじめ用意されていた紙を渡されている。
『プロデューサーからだ……カメラはマメタが持ち、シノリンの怖がる顔を映しておいてって……家の中も一応映しておいてって書いてある。はい、カメラ役交代ね』
シノリンからマメタにビデオカメラが引き渡される際も映像は止められなかった。マメタの顔が一瞬だけ映り、今度はシノリンが映像の中央に映る。
学生のノリでビデオを回しているような拙さが見て取れる。
案内人の男性は家の中には絶対に入らないと言い出し、案内人は外に残して、シノリンとマメタとカメラマンは廃墟の中へと入っていった。
カメラマンの視点に変わり、マメタとシノリンが廃墟の中で探索をする様子が流される。
二階建ての木造建築の家の中を靴を履いたまま、歩く。もう数年は誰も掃除をしていないようで、埃が溜まっている上にガラスも割れており、靴を脱ぐ選択肢などない。
『この家ってどうして廃墟になったの?』
『えっと、ちょっと待って……プロデューサーからメモ帳を渡されてて……』
ごそごそと何かを探る音の後、マメタの手元が映し出され、その手には紙が一枚あった。
そこには「一家惨殺」「生き残りおらず」「犯人は行方不明」と物騒な文字が並んでいた。
『今から八年前に惨殺事件があって、それから廃墟になったって……うわぁ、いきなり寒くなってきた』
『ちょっと怖いこと言わないでよ。温度なんかすぐ変わるわけないでしょ。家の中なんだから』
マメタの言葉にシノリンが顔をしかめる。
あとは、一階の探索をしている途中で人形が棚から落ちたり、キッチンの窓が少しだけ開いていたため、隙間風が入りこみ、音が出ていたり、心霊番組としてはいいシーンが撮れたのではないかという場面がいくつかあった。
時折、視界に誰かの手のようなものが映るが、あれはマメタの手だろう。
ふと、隣を見ると画面は全体的に暗いため、砂橋の顔をちゃんと見れるほどの光源はなかったが、しっかりと砂橋が映像を眺めていることだけは分かった。




