めちゃくちゃまずい
長須賀と向川との昼食を終えて解散しても、熊岸刑事からの連絡はなかった。どうやら、怪しい人もいなければ、怪しい仕掛けもないらしい。
何かあったら連絡を、とお互い決めていたので、連絡がないということはなにも起きていないということになる。そして、それは同時になにも分かっていないということにもなる。
俺と砂橋も、商業施設の客に紛れながら一階から三階まで見回ってみたが、明らかに怪しい人間など見つかるはずもなく、結局、三階のシアタールームの前まで戻ってきた。
「見てよ、弾正。悪霊もまずさで退散! めちゃくちゃまずいアメ! だって。よくこんな名前を付けようと思ったよね」
砂橋がそう言うと「ああ、それ」とまた後ろから声が割って入ってきた。今日はやたらと後ろから話しかけられることが多い。
後ろを振り返ると、段ボールをひと箱抱えている保本がいた。シアタールームから出ても上着はいらないみたいで、水色の半袖Tシャツのままだった。額には汗が浮かんでいる。
「実際、上映の休憩時間に振る舞うから楽しみにしてなよ」
「え、上映の休憩時間?」
砂橋が驚くと、保本は両腕に抱えていた段ボール箱を抱え直して、こちらに向き直った。どうやら、俺達の後ろを通り過ぎようとしたところで砂橋の声が聞こえたらしい。段ボール箱に貼られている「アメ」と書かれていたシールを彼は示した。
「映画はそこまで聞かないけど、よく観劇は休憩時間があるだろ。トイレに行ったり、劇場内の販売所で、劇に関係する食べ物が売られていたり……」
俺も観劇の経験は何度かあるため、保本の言葉に頷いた。
客にも役者にも集中が続く時間というものがある。長時間の劇は見る側も披露する側も大変なのだ。
「へぇ~、ということはこのまずいアメも作中に出てくるから、僕らも食べるってこと? このまずいアメを?」
「まぁ、口の中にいれて、すぐに出してもらえるようにティッシュも渡すから」
「え、出してもらうって、食べ物じゃないの?」
「作中でも、主人公が吐き出すから追体験してもらおうって話だよ」
休憩時間に自分が見ているものの追体験ができるのはとてもいい。元々、映画鑑賞は二の次だと思っていたが、だんだんと楽しみが沸いてきた。
「保本さんはこれ、食べたの?」
「いや、俺は食べてないけど、感想は聞いた」
「食べた人はどうだって?」
「死にそうなぐらいまずかったって」
その時、食べた人物の表情を真似たのか、保本は眉間に皺を寄せて、口を歪めて、首を振ると、俺達の傍から離れて行ってしまった。
「そんなにまずいのかぁ、気になるね」
「買わないからな。買うとしても、一度、公演で体験してからだ」
俺の言葉に「まずいって確認してから買うのもおかしい話だけどね」と砂橋は笑った。




