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ラーメン


「じゃあ、僕は九条ねぎらーめんで」

「私は焼き飯を……」

「じゃあ、私は旨辛ラーメンを頼もうかな」


 砂橋と向川と長須賀がラーメンを頼んでいく。いや、向川はラーメンではなく、焼き飯だが。

 商業施設の二階にあるラーメン屋の中に俺達は入っていた。


「みそ野菜ラーメンを」


 一緒にランチをしようと誘われたのはいいが、長須賀も向川も「なにが食べたい」と聞けば「なんでもいい」と言うので、結局、砂橋が「ラーメン食べたい」と言い、最初に見つけた店に入ることとなった。


 四人が顔を突き合わせて、ラーメンを食べる。一人は焼き飯。

 しかも、お互い初対面だ。

 なんなんだ、この奇妙な現象は。


「長須賀さんは弾正の小説のどこが気に入ったの?」

「おい」


 絶対にホラー映画にも事件の調査にも関係ないことを聞き始める砂橋のことを諫めようとするが、砂橋は「えー、だって、気になるじゃん」とまったく反省していない。

 長須賀は箸を全員に配りながら「そうだな……」と話しだした。


「君の怪奇小説には、だんだんと不気味さが肌から染みわたっていくような印象を受けてね。心臓を鷲掴みにされる恐怖よりも、そういう恐怖の方が、私は怖いんだ」


 だんだんと不気味さが肌から染みわたっていくような印象。

 気を抜くと頬が緩みそうになってしまう。すると、長須賀は前のめりになって、向かいの俺を見た。


「私からも君に聞きたかったことがあるんだ。君は、どんな経験をしてあの怪奇小説を書いたんだ?」


 怪奇小説を書いていたのは高校生の頃だ。

 その高校生の頃に書いていたものを読み返して、中身を練り直し、書き直したものを出版した。だから、元々怪奇小説を書こうと思ったきっかけは高校の頃にあった出来事だろう。


「あの小説の元のなる物語は高校の頃に書いたんだ。その頃、ちょうど母親が精神病院に入院した」

「ああ、なるほど……」


 長須賀は同情するわけではなく、納得したように何度も頷いた。


 俺の怪奇小説を読み返したと言っていたから、あの小説の内容と、俺の今の話に通じる点でも見つけたのだろう。

 実際、怪奇小説は、雪村探偵推理集のように短編がいくつか連なっているものだったのだが、その中でも自分の身近な人間がどんどんと狂っていく様子を書いたものがあった。


 あれは自分が経験した事を小説に起こしたのだろう。高校の頃の俺は、友人と話をしている時間以外、ほとんどの時間、小説のことを考えていた。


 当時の俺の考えをぶつける場が小説しかなかったからだ。


 人や物に俺の気持ちをぶつけようにも、うちに定期的にやってくる家政婦にも、たまに顔を見せる祖父母にも、精神病院にいる母にも、家にほとんど帰ってこない父にも、気持ちをぶつけようとは思わなかった。迷惑になるだけだというのは子供ながら、分かっていたからだ。

 物に当たれば、家にいる自分が壊れたものを掃除することになる。そんなむなしい行動はしたくなかった。


 だからこそ、小説を書くという行為は気持ちの掃き出しにはちょうどよかった。


「それであの短編『変化』が生まれたわけか」


 長須賀が口にした短編は、身近な人間が狂っている様を描いた作品だった。結局は、自分が狂っているのか周りが狂っているのかすら判別できなくなる話だ。

 不思議と小説に絡めると昔の記憶も大したものではなくなるような気がする。

 そういえば、他の作家と話すこともあまりない俺にとっては、自分以外の創作者に会うのは珍しいことだった。


「実を言うとあの怪奇小説を読んで、この短編はこんな感じで映画にしたらいいんじゃないかとかいろいろ考えたんだ」


 非常に聞きたい。

 黄色猫に関係する一連の事件など知った事か。

 今すぐ、その話がしたい。なんなら、語り明かしたい。


「ラーメンおまち~!」


 俺の思考を掻き消すように俺達の前にラーメンと焼き飯が運ばれてきた。


 長須賀が熱心に話しながら一味をラーメンに振りかけてしまったせいで、ラーメンの上に一味の小山ができていたが、彼はそれを気にすることはなかった。


 怪奇小説の内容はよく覚えている。いや、実際はあまり覚えていないのだが、長須賀が話に出す時に軽いあらすじを言ってくれるので、それと共に俺の頭の中から小説の内容とそれに付随する記憶が引っ張り出されるのだ。


 俺の隣で黙って砂橋はラーメンをすすっていた。

 向川もこちらの話に参加することはせずに焼き飯をぱくぱくと堪能していた。


 しばらく話しながら食べていると、長須賀はラーメンを食べ終わり、赤い顔をしながら水を飲み干した。


「いやぁ、ここまで創作について熱烈と話したのは久しぶりだ。そうだろう、向川」


 いきなり、話を振られ、向川は思わず目を逸らした。


「そ、うですね……」

「前にこんなに話をしたのは、確か、三年前だったか……」


 長須賀が遠いものを見るように目を細めた。店内の壁を見ているのではない。もっと、ずっと遠くだ。


「三年前?」

「友人がいたんだが、話せなくなってしまってね。その友人とはずっと創作の話をしてたんだ。映画の話も小説の話も、弾正の怪奇小説だって、その友人が教えてくれたんだ」


 俺の怪奇小説を長須賀に教えた人物。彼が言うのなら、その友人も映画の制作に携わっているか、他の制作に携わっている人間だろう。是非話をしてみたい。


 しかし、俺がその友人について尋ねようとすると長須賀は「ちょっとトイレに……」とテーブルに自分の分のお金を置いて、商業施設内にあるトイレを探すために店内から出て行った。


 俺は自分の目の前に残った麺を食べ切ることにした。


「あ、あの……」


 今までずっと俺と長須賀の勢いのせいで一切喋っていなかった向川が少し視線を外しながらもこちらに話しかけてきた。向川を見ると彼女は視線を泳がせながら口を動かした。


「長須賀監督の、友人の話なんですけど……あまり突っ込まないでください……」

「どうしてだ?」


 俺としては、非常に話を聞きたいのだが、なにか話題にしてはいけない事情でもあるのだろうか。

 俺の隣で砂橋がため息をついた。


「亡くなってるんでしょ、その人」


 砂橋の指摘に向川は俯きながら頷いた。砂橋がこちらを見る。


「いつもならすぐ気づいて空気読むくせに、小説の話ができるからって浮かれてるって子供なの?」

「……悪かった」


 砂橋に怒られるのも仕方がない。亡くなっている人間と話すことはできない。長須賀の口振りからして、その友人は三年前に亡くなっているんだろう。

 そして、そのことについて口を出せるということは映画の制作班である向川も知っている人物。映画の関係者だろう。


 ホラー映画、ホラーゲーム。

 作っている時や作り上げた後に、制作陣に不幸なことが起こる作品の噂はどこにでもある。


「このホラー映画は、いわくつき、と言われるものなのか?」


 俺の隣で砂橋がため息をついた。

 どうやら、ここに来て、箍が外れてしまっているらしい。自重しないと、砂橋に足を蹴られるだろう。いや、もう遅い。今、靴の先を踏まれた。


 向川は首を横に振った。


「違います……。その、長須賀監督の友人の守光もりみつ裕紀ゆうきさんは、交通事故でなくなってしまって……特に不審な点もないとのことで、いわくとかそういうものじゃないと思います」


 自分の膝を見つめる彼女と完全に目が合わなくなった。きっとこれ以上はなにも聞かないでくれと言いたいのだろう。

 もう聞かない。

 これ以上、俺の足を踏む砂橋の足に力が込められないようにと俺は願うことしかできなかった。


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