制作陣
売店コーナーの中を突っ切り、奥へと向かうとシアタールームの重たそうな赤い扉があった。その扉を先頭の長須賀が押し開ける。
「今日は、脚本を書くにあたって参考にした怪奇小説を書いた弾正先生が来てくれたんだ」
「え? 怪奇小説? そんなの読んでたんですか?」
「そういえば、読んでたような……」
「だんじょうって誰?」
ひどい言われようだ。監督以外、誰も怪奇小説のことを認知していない上、俺のことも認知していない。しかし、長須賀が人のことを連れてきたことに関して、制作陣はなにも言わなかった。
長須賀に紹介するから並んでくれと言われた彼らは、散らばっていたにも関わらず、すぐに近くにやってきた。女性が二人。男性が二人。この人数で体感型のホラー映画を作ったわけではないだろう。他の人物は他の場所にいるのか、それとも完成披露試写会に顔を出さないだけか。
左端から並んでいる制作陣のことを一人一人、長須賀が説明する。
「音楽を担当した一山隼也」
茶色のぺたんとした髪に縁のない眼鏡、灰色のⅤネックのニットを着た男性が首を曲げるだけの会釈をした。
隣の男性に長須賀が視線を移す。
「撮影を担当した保本久人」
黒の短髪と今の季節に合わない半袖の水色のTシャツの男が「どうも」と額の汗をハンカチで拭いながら、俺と砂橋を見た。
背は低く少し体型が横に大きい。
次の女性は長須賀に紹介される前に一歩前に踏み出して、自分の胸に手を当てて自己紹介をした。
「神谷秋菜です。美術を担当しています」
裾が広がった白のレディースパンツにブラウンのニット。鎖骨あたりまで伸びた赤茶色の髪は癖一つなくすらりと伸びていた。首にはシンプルな銀色のネックレスがかかっている。アルファベットの二文字。イニシャルだろうか。
神谷が自己紹介をしたことにより、その隣にいる女性が紹介を長須賀に任せるか、それとも、自分で名乗るか迷っているのが見て取れた。きょろきょろと神谷と長須賀を見た女性に気づいて、長須賀が「彼女は」と紹介を始めると女性は肩を丸めるように会釈をした。
「照明を担当した向川美沙緒」
女性は小さく「よろしくお願いします」と言って、さらに頭を下げた。
裾がきゅっと引き締まった紺のレディースパンツとブルーのセーター。長い髪は前髪と一緒に後頭部の高いところで団子にしてまとめてある。
四人の紹介が終わると、長須賀は今度は俺達の方に身体を向けた。
「こちら、小説家の弾正影虎さんだ。その隣の彼は、弾正さんの友人で、探偵の砂橋さん」
俺がよろしくお願いしますと頭を下げると、砂橋も「よろしく~」と軽く挨拶をした。
別に俺も砂橋もこのホラー映画の制作に関わっているわけではないから、挨拶は必要ないのだが、状況が状況のため利用させてもらうことにした。
全員の顔と名前を覚えると、長須賀は俺達を見た。
「今日は完成披露試写会なんだ。一般公演は明日からだけど、気になるんだったら、席を追加して……」
「いや、今から席を追加するの?」
さすがにそれはしなくてもいい。俺は鞄からチケットを二枚取り出した。
「元々、このチケットを持っているから席は追加しなくてもいい」
俺がチケットを見せると長須賀の提案に訝し気な視線を向けていた神谷も目を丸くした。
「チケットを持っているなら、椅子はいらないわよね」
長須賀の提案は意味のないものだ。チケットを持っているのなら、すでに俺達の席はある。このチケットをどのようにして黄色猫が手に入れて、熊岸刑事の元に届けたのかは分からないが。
にしても、どうして二枚なんだ。
黄色猫は、俺と熊岸刑事と砂橋がいることは知っているはずだ。
いや、もしかしたら、知らないのかもしれない。
小説を送られてきたのは俺、小説のページを送られてきたのは熊岸刑事。砂橋に関して、黄色猫はなにも送ってきていない。事件に関係する人間の依頼を受けてはいるが、それは熊岸刑事の奥さん経由であり、黄色猫の仕業ではない。
本当に砂橋は俺と熊岸刑事に巻き込まれただけ、という可能性もある。
だからこそ、この前の事件の時に砂橋は、相手のせいで事件に巻き込まれたと言って喧嘩をし始めたカップルを見て「僕も弾正のせいで巻き込まれたって責めていい?」と聞いたのかもしれない。
そう考えると、とてもいたたまれない気持ちになる。すぐに考えるのをやめた。
「そういうことなら、椅子を増やす必要もないな。それじゃあ、せっかくだし、みんなで一緒にランチを食べないか?」
長須賀の提案を三人が拒否した。拒否しなかったのは、速攻で断ることができなかった向川だけだった。




