疑惑
今まで四枚の小説のページを俺達は黄色猫から受け取った。
こいつの真意が分からない。
俺と砂橋と熊岸刑事は、料亭の個室で対峙していた。この場は俺と熊岸刑事で話し合って用意した。ちなみに熊岸刑事は自分の分だけ支払いをしてもらう。俺は砂橋の分も払う。
この料亭は聞き耳をたてられるような場所ではないし、そもそも、一見さんはお断りの場所だ。砂橋と俺は人に連れられてきたことがあるし、何度かこの店は利用したことがある。
たいてい、ここでする話は、他の場所でしたくない話だ。盗聴器になりそうなものもあらかじめ鞄やコートにないか確かめてから来た。
「今回、俺の元に届いた五枚目のページだ」
熊岸刑事が料亭の低い机の上にそれを置く。
料理はすでに運ばれているため、俺達の部屋に入ってくる人間はいない。
「チケットが二枚?」
「ああ、今回の小説のページと一緒に入っていた」
小説のページの横に並べられた細長いチケットには「体感型ホラー映画『群青の画面』完成披露試写会」とでかでかと書かれていた。
一枚を手に取って確認してみると、そこには明日の日付と開催場所が書かれていた。このチケットを持っていけば、この完成披露試写会に行けるということだろう。
しかし、これを送ってきたのは黄色猫だ。
小説以外のものが送られてきたのは、二回目のページのパンケーキのポイントカード以来だ。最初の事件は熊岸刑事から事件のことを聞き、二回目は誰も関わっておらず、それ以外は砂橋の仕事が関わっていた。
今回は砂橋も熊岸刑事も関わっていない事件が起こるということか。
砂橋が五枚目の小説のページに目を落とす。
『罪人には相応しい罰が必要だと雪村に対峙した風吹晴臣はそう主張した。雪村は今しがた左の肩を脱臼させながらも、三階の屋根から落ちそうになった少女を右手で掴んでいた旧友城崎を屋根から引き上げた。
「城崎。一階の談話室に行けば、あの医者がいるはずだ。肩を治してもらうといい。さすがに君の肩を治して、あとから難癖をつけられたくない」
「ああ……」
痛みに顔を歪めながら、城崎は少女の手を引いて、天窓からその下のはしごを使い、屋敷の中へと入っていった。
「いやはや、貴方も性格が悪い。あの少女はこれから父親の行った残虐極まる行為を背負っていくことになった。死なせてやればよかったのに」
屋根の上に置いていた杖を持ち、くるりと回転させてから雪村はこつんと屋根に杖の先を置いた。
「彼女の父親の罪は、暴けば警察が処理してくれていただろう」
風吹は鷹揚に首を横に振った。
「生温い。警察では、また有耶無耶にするだけさ。君も分かっているだろう、探偵ならば。警察はどの探偵小説でも無能だ」
「そうか。それは君の偏見だと思うが」
雪村は杖をつきながら風吹との距離を詰めた。
「ライヘンバッハの滝でも再現するつもりかね? 生憎、ここには滝も崖もないが」
「確かに認めよう。憧れている節はある。俺はあらゆる探偵小説の探偵に憧れているかもしれない。探偵の七つ道具も持っていてもおかしくないだろう」
「おお! この期に及んで、まだ面白いものを見せてくれるのか、探偵! まさか、その杖は仕込み杖だったりするのか?」
雪村が杖を持ち上げると風吹は頬を紅潮させた。まるで、映画のワンシーンを期待しているような彼に近づいた雪村は、両手で掴んだ杖を思いきり、風吹の顔面に食らわせた。
「ライヘンバッハの滝に落ちたいのなら、一人で落ちろ。さも当たり前のように言ってるが、お前は教授ではないし、俺は薬物中毒者ではない」
雪村は二階のベランダに転がり落ちた風吹を見下ろすとくるりと杖を回転させてから、片目を瞑り、まっすぐ正面に向かって杖を構えた。
「……曲がったな」』
「僕、人のことを杖で殴ったことないんだけど?」
「探偵といえば、あるだろ。巨悪やライバルが」
「あるけど」
砂橋はあまりこの風吹という登場人物が好きではない。砂橋曰く「高校生の頃、こんな奴いた。めちゃくちゃめんどくさかった」らしい。
熊岸刑事が袋に入った小説のページに人差し指を置いた。
「今まで、死体の状況に小説の内容が反映されていた。となると、今度の事件は杖で撲殺、だと思ったんだが……」
小説のページだけで断定はできない。杖で撲殺もあり得るが、高いところからの落下死という可能性もある。
「俺は落下死だと思う」
「このチケットによると大きな商業施設の三階のシアタールームを貸し切ってやるみたいだからね」
砂橋と意見は合うが、それでも、熊岸刑事の意見も自分の意見もしっくりこない。
なぜならば、今までの事件と比べると、あまりにもありきたりになってしまうからだ。
裸コートの男の死体。湯舟に浮かぶウィッグ。ポエムにも似た置き手紙。頭をトイレに突っ込んだ死体。
今までの事件を考えると、ただの落下死や撲殺死体が出てくるとは思えない。
どんな事件が起こるのか、考えようとしても俺も熊岸刑事もお手上げ状態だ。熊岸刑事が大きく息を吐きだした。
「犯人はいったいなにがしたいんだ……」
「十五年前の復讐でしょ」
俺と熊岸刑事は目を丸くした。砂橋が、出されたお茶をちびちびと飲みながら、当然のように言う。
十五年前。復讐。
いったいその言葉はどこから出てきたというのだ。俺ははまちの刺身に伸ばした箸を思わず止めて、まじまじと砂橋のことを見た。
俺たちが知りえないことを知っているとすれば、やはり、砂橋はこの一連の事件に深く関わっているのだろう。俺はごくりと唾を呑み込んで、呑気に「あ、このお茶美味しい」と言ってお茶をぐいと飲んだ砂橋を見据えた。
「砂橋……お前が黄色猫じゃないのか?」
ごふっと砂橋が喉にお茶を詰まらせた。変なところにお茶が入ったみたいで、俺は聞くタイミングを間違えたと目の前の砂橋の様子から目を背けた。




