間章 伍
僕が堀川淳のことを調べ始めて、驚愕したのは、彼が他の四人と比べると段違いで「犯罪者になりやすい人間」だったことだ。
他の標的たちと同じように堀川のことを見張り始めて、一週間。
彼はとあるスーパーで正社員として働いていた。
ふとした時に、そのスーパーの裏手の吸い殻スタンドの前に立っている堀川の向かいに、同じスーパーで働いている女性店員が立って、煙草を吸い始めた。
僕は、その女性が福田梨奈と後から知ることになる。しかし、それは僕が調査したから分かったわけではなく、なんと堀川自身に教えられた。
普通の人間である僕にそんな素っ頓狂な未来が分かるわけもなく、目線の先で、煙草休憩を終えた女性の吸い殻をポケットから取り出したビニール袋に堀川が入れるのを、僕は呆然と眺めた。
彼の行動は、何度も繰り返された。むしろ、それは日常化しているようで、彼が同じ女性店員の捨てたものを採取する瞬間の写真を撮るのは難しくはなかった。
むしろ、簡単すぎて、わざと見せつけたがっているのかとさえ思った。
彼に遠回しにこちらが弱みを握っていることを知らせることはできない。そのため、平田貴士の時のように直接会うしかないと思ったのだが。
「憎いあいつを排除した上で、梨奈さんと一緒にいられる⁉」
振り向くなと言ったのに、堀川は後ろを振り返ってきた。きらきらとさせた目に「こいつはイカレているのでは?」と思わずにはいられなかった。念のため、夏祭りの屋台で見つけた黄色の猫のお面をつけていて正解だった。
「そういうことなら、詳しく話を聞きたいのでうちに行きましょう」
堀川は黄色のお面を被った僕のことを警戒するわけでもなく、彼が住んでいるアパートへと案内してきた。まさか信用されているわけではないとは思うが、むしろ僕の方が彼のことを警戒しながら、彼のアパートに訪れた。
そこで僕が見たものは、少し過激だなと自負している自分の思考を飛び越えて行くものだった。
彼のアパートの部屋には、福田梨奈が吸っていた吸い殻、使っていたストロー、筆記用具、捨てたレシート。彼女の抜けた髪、使ったティッシュ。明らかに目線がカメラに向いていない写真の群。
そして、福田梨奈を模して作られた人形。これはなんと堀川の手作りらしい。
何故、彼が福田梨奈の持ち物や捨てた物を持っていると僕が知っているのかというと、僕をアパートに招き入れた彼が自ら説明したからだ。
アパートに入るなり、これは梨奈さんが何月何日の休憩中に吸っていた吸い殻だ、と一つずつ説明をされそうになり、さすがの僕も困惑してしまった。
堀川は、今まで僕が接触したどの人間よりも犯罪者に近かった。僕が接触せずとも彼は勝手に犯罪者になって、その罪を償うことになっていただろう。
僕が危惧したのは、その罪がどのような重さになって彼の肩にのしかかるかだ。
女性一人に付きまとった程度で、警察に注意され、彼が好きな相手の旦那に暴行して捕まる程度では贖罪とは言えない。
「ところで、君には排除したい人間がいるみたいだけれど」
「そう! そうなんですよ! 奴の名前は福田敏行、二十七歳。三年前に梨奈さんと結婚して、俺から梨奈さんを奪ったんですよ!」
「あなたはその前から福田梨奈さんと付き合っていたということですか?」
「いえ? 梨奈さんがパートを始めたのが二年と二ヶ月と三日前ですから」
僕はなにをどう理解すればいいのか分からなかったけど、とりあえず、この人間の中身を理解しようとするだけ無駄だという結論に至った。
僕は彼にこうすればいいんじゃないかとアドバイスをした。
すると、彼は想い人の私物を取り出し、スマホの中から福田敏行の連絡先を全てブロックした上で表示を消した。彼の行動に覚悟なんてものはなく、それは毎日朝ご飯を食べるという自分で決めた決め事を実行するだけのような簡単さだった。
その上で、彼は自分のスマホで福田敏行に成りすましたアカウントを作り、それで福田梨奈とやり取りを行った。
それと同時に、福田梨奈の成りすましアカウントも作り、新しくアカウントを作ったと伝えて福田敏行と最低限のやり取りをする。
福田敏行が単身赴任先から帰ってくる日を狙い、福田梨奈には数日前に急に帰れなくなったと連絡しておく。福田梨奈には敏行が他の女性と歩いているのを見たとでも言っておく。
平田貴士の妻と福田梨奈が知り合いであることも、平田貴士の妻が夫の浮気を探偵に調べてもらうと周りに吹聴していることも知っていた。その話が耳に入れば、福田梨奈は夫の浮気調査を探偵に依頼するだろう。
そして、作戦実行当日。
堀川が作った福田梨奈の人形を攫われたかのように椅子に縛り付けて撮った写真を福田敏行に送り、あとは予定していた場所に呼び出し、殺害を行う。
殺害の方法は堀川もノリノリで「こうした方がいいですよね?」と口を出してきた。彼がここまで乗り気なことに僕の方が少し頬を引きつらせてしまった。
しかし、彼が人を殺すかどうかは他の人間のように心配する必要はないだろう。
彼は間違いなく悪人だ。
自分の悪事を悪いと思っていない生粋の悪人。
昔から変わらずにいてくれて、助かる。それでこそ、罪を償わせる必要があるというものだ。




