表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/86

トイレ回数


「福田敏行さんは赴任先から新幹線で名古屋駅までやってきた。ずっと誰かと電話をしてるみたいだったよ。それからレンタカーを借りて、この港まで来て、休憩所に入って、そのままトイレに入って出てこなくなったんだ」


 砂橋と付き合いを経ている俺と熊岸刑事は、砂橋が嘘を言っているとは思っていないが、砂橋と今日初めて出会った他の人間は違うらしい。


 三人が砂橋に疑いの視線を向けていた。


 砂橋はごそごそと俺が持ってきたコンビニ袋の中を漁った。その中から、スティック状に丸められた形状のクッキーを取り出して、個包装を開けて、その先を口に咥えた。


「ずっと見張ってたってことは、犯人を見たってことですか?」


 堀川が教師に質問するかのように軽く手をあげると、砂橋は首を横に振った。


「コンクリートの壁でトイレの入り口は見えないじゃん。扉も閉められてるから、トイレの中の状態なんて知らないよ。僕はずっとこの席にいたんだから」

「だったら、人がいない時にトイレに入って、福田って男を殺すことができたんじゃないか?」

「ああ、確かに。でも、僕は一度もトイレに行ってないんだよね、これが。男性用トイレに行ってないとかいう話じゃなくて、コンクリートの壁の向こうに行ってないってわけ」


 尾行をしていた相手が死んだのだ。

 砂橋が疑われるのは当然のことだろう。


 トイレには行ってないと砂橋が断言するということは、きっとトイレの扉から砂橋の指紋は見つからないだろう。もちろん、殺していないから死体からも砂橋の指紋が見つかるわけがない。


 そもそも、砂橋が尾行中だからといって男性用トイレに入るわけがない。


「トイレに行った人が怪しいっていうなら……」


 砂橋がくるりと振り返って、関のことを見た。


「何度も何度もトイレに行ってた君が一番怪しいと思うけど? 何回行ってる? 六回くらい?」

「し、仕方ないだろっ、腹を壊したんだから!」

「堀川さんは二回かな。さっきの着替えを抜くと一回。山崎さんは、ニ回」

「えっ、私は関係なくない⁉ 男性用トイレなんて行かないわよ!」

「でも、コンクリートの壁で見えないからどっちに入ったかは分からないでしょ」


 いきなり白羽の矢を立てられた山崎は目を丸くした。


「でもでも、私は男の人なんて殺せないし、それにここに来たのもたまたまよ。小太郎がいきなりお腹が痛いって言い出したんだから。調子が悪いなら、釣りなんて来なきゃよかったのに」

「はぁ? 俺が釣りしに行くって決めてたからデートを断ってたのに、他の友達もみんな遊んでて暇だからっていきなりアパートまで来て、ついてきて、寒いって言って、俺の服とったくせに⁉」


 いきなり始まった男女の喧嘩に砂橋は「あらら」と肩を竦めた。


 俺はちらりと関の隣の山崎を見た。


 いつから彼らがこの港に来たのかは分からないが、関にくっついている山崎は明らかに海の近くで活動するには防寒意識が足りない服を着ていた。防寒よりも見た目のスマートさを大事にした服装で港をうろついていた彼女は絶対にこう言ったはずだ。


 寒い、と。


 現在、関が着ていたと思われるフィッシングウェアを彼女が羽織っていることから、関は彼女が寒くないように努めたようだが、そのせいで腹を壊してしまったのだ。

 服を貸しても貸さなくても、どちらかが寒いのが変わらないのなら、とこの休憩所に来たのだろう。


 その光景を想像した上で、先ほどの山崎の言葉を頭の中で反芻して、このような女性と付き合ったことがないことにほっとした。


「この休憩所に来た人間の順番と時間は分かるか?」


 男女の喧嘩からは目を逸らして、熊岸刑事は砂橋に視線を向けた。砂橋は「う~ん」と両腕を組んで首を傾げる。


「福田敏行さんのことは尾行していたから、彼がここに来てトイレに入った時間は分かるよ。まず福田敏行さんがここに来て、すぐにトイレに入ったのが十時十五分。それから三十分くらいは公園にいて外から見てたけど、トイレから出てくる様子はなかった」

「その後は?」

「他の人がトイレに行った時間は分からないよ」

「そうか……」


 熊岸刑事が明らかに残念そうに肩を落とすと砂橋は言葉を続けた。


「トイレに行った順番は分かるけど」

「……」


 明らかに必要な情報は持っているくせに黙っていたらしい。

 とにかく、その情報があれば、福田敏行の後にトイレに入った人間が分かるだろう。


「いったい誰が福田敏行の後にトイレに行ったんだ?」


 砂橋が後ろを軽く振り返って、親指で後方に座っている関のことを示した。


「敏行さんがトイレに入ってから数分して、トイレから関さんが出てきたよ。その時、山崎さんは今と同じ席に座ってて、関さんと交代でトイレに行った。その後、堀川さんが休憩所に来て、トイレに行ったよ」


 俺と砂橋のことを疑ったものの今度は自分に疑いがかかっている関は気が気ではないだろう。砂橋の背中に痛いほどの視線を送っているが、関に背を向けている砂橋は彼の視線など全く気にしていなかった。


「堀川さんがトイレから出て、休憩所からも出て行った後、時間をおいて、関さんがトイレに行って、山崎さんが外に行ったよ。同時に、関さんが二回目のトイレに行ったね」


 熊岸刑事が堀川のことを見る。視線を向けられただけで意図を察した堀川が自分の隣にある釣り道具を一瞥した。


「俺は釣りをしている時にトイレに行きたくなったのでここに来たんです。その時は関さんと山崎さんが休憩所にいましたね。探偵の彼は、いませんでした」

「僕は外から見てたからね」


 他の三人からしたら、休憩所にいなかった砂橋が休憩所内のことを知っているのは気味が悪いと感じるのだろうが、誰もその言動を否定しない。

 それもこれも、この休憩所の壁の一面がガラス張りになっているからだろう。俺と熊岸刑事も外から砂橋がこの休憩所にいるとガラス張りの壁から見て確認したのだ。


「山崎さんが外に出たのはどうしてですか?」


 自分が休憩所に訪れた理由を語った堀川は、休憩所からいったん外へと出た山崎のことを見た。

 砂橋の話からして、恋人と一緒ではなく、山崎は一人で休憩所から出て行ったのだろう。いったいどこへ行ったのだろうか。


「お腹がすいたからご飯を買いに行ってたのよ! 小太郎の分までね!」


 自分に疑いが向けられたのかと、慌てて山崎は両手を顔の高さまであげて横に振った。砂橋を見ると目が合う。


「確かに山崎さんは一度外へ出てから、ビニール袋を持って帰ってきてたよ。帰ってくる前に関さんは三回目のトイレ。その時には、寒かったし、トイレから全然敏行さんが出てこないから、僕も仕方なく休憩所に入ってんだ」


 俺と熊岸刑事が平田との面会を終えて、砂橋からここに来いと言われたのも十時くらいだったはずだ。砂橋はここについてから俺たちのことを呼んだ。きっと平田との面会が終わった時間を見計らって、俺たちに話を聞くために連絡をよこしたのだろう。


「山崎さんと関さんが帰った後に、関さんは四回目のトイレ。山崎さんは関さんと交代で二回目のトイレ。しばらくして、関さんは五回目のトイレ」


 思った以上に頻繁にトイレに出入りしているため、自然と関に視線を向けてしまう。

 言葉にされたことで自分が疑わしい状況にいることを理解してきたのか関も青い顔をさらに青くしていた。


「次に、あー……松永くんと熊岸刑事が来て、あの通り」


 砂橋に「松永くん」と呼ばれるのは大学時代以来だ。大学在学中に俺と砂橋の関係を変えた出来事があってから、砂橋は俺が当時から自分のペンネームとして考えていた「弾正影虎」からとって俺のことを弾正と呼び始めた。

 そして、砂橋が人前でも「弾正」と呼んでいた結果、周りには俺の本名よりも弾正の方が定着してしまった。熊岸刑事には最初は弾正が俺の本名だと思われていたくらいだ。


 砂橋も一応、自己紹介の時に弾正と言わなかった俺に配慮してくれているらしい。


 俺と熊岸刑事が来た後のことは俺にも分かる。


「俺と熊岸刑事が来て、雨が降った後に堀川がトイレに行き、関がトイレに行き、俺がトイレに行って、福田の死体を見つけたんだな?」

「うん、そうそう」


 熊岸刑事と砂橋を除いて、ここにいる全員が福田敏行がトイレに入った後に一度はトイレに向かったことになる。同時にトイレに入ったのは死体を見つけた時だけだ。

 つまり、誰にも見られずに福田敏行のことを殺すことは誰にでもできたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ