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4枚目の紙


 砂橋自身はそんなことは感じていないが、俺だけがなんとも気まずいと感じている中、熊岸刑事が鞄の中から袋に入った一枚の紙を取り出した。

 例に漏れず、俺の小説から切り取られた一ページだ。

 はっきり言って、そのページの内容は素っ頓狂な状況すぎて、現実でその状況が起こってしまった場合、俺は頭を抱えて、床に膝をつくことしかできないだろう。



『前を歩く男の背を城崎は見つめた。


 その男は、こうして、この建物にある二つのトイレへと向かい、尿意を我慢しながらも並んでいる城崎よりも数秒先に尿意を持つ者の列に並んでいた。


 この建物にあるトイレは二つ。

 一階にあるトイレと、城崎が列に並んだ二階のトイレだ。


 城崎は雪村の友人が開いたという陶芸作家の個展へと訪れていた。陶芸作家がその手によって生み出した独特の指の線が残る焼き物の像や色を塗られ、土とは別の物になった陶器を見て、満足して帰ろうとしていたところだった。


 そんな時に尿意に襲われ、二階の個展会場からトイレへと向かったのだ。友人の雪村は、火急の用があると言い、待ち合わせ場所に現れることもなく、城崎はさらなる彼の連絡を待つことなく、個展会場にいたのだ。


 ようやく目の前に立っていた背広の男が消えて、城崎は「やっとか」と心の内で独り言ちた。

 しかし、彼が落ち着く時は一向に訪れない。

 城崎は「どうせなら、一階に行った方が早いのでは」と思わずにはいられなかった。背広の男がトイレの個室の入ってから、もうすでに十分は経過している。


 不運なことに、二階の男性用のトイレは個室一つしかない。一階も同じく個室が一つしかない。


 一階に行くか、目の前の個室に入っている男に早く出ろと声をかけるかの二択に迫られた城崎は、知り合いでもない人間に声をかけることもできずに踵を返して、階段を駆け下りた。


 そんな彼をさらに不運が襲った。


 一階の男性用トイレの前に、友人の雪村が立っていたのだ。雪村は手を拭いていたハンカチを折り畳んでポケットにしまうと脇に挟んでいた杖をこつんと床につけた。


「知り合いの個展はどうだった?」

「今、話してる時間はないんだ。トイレに行かせてくれ」


 二階のトイレの列に並び、さらに背広の男に待たされた城崎は自分の限界が見えていた。雪村も友人が尿意の限界に耐え切れなくなる場面を見ようという考えはなかったが、彼は「ふむ」と顎に手を当てると、足元にある看板を杖の先で軽くついた。

 床に立てられた黄色の看板には「トイレ清掃中」と書かれていた。


「嘘、だろ……?」

「二階に戻った方がいいと思うぞ。ここの掃除人は掃除中に人が入ることを嫌う」


 城崎は青い顔をして、二階への階段を駆け上がった。雪村は、彼の尿意の終着点を見るつもりはなかったが、二階の個展スペースを見に行くために城崎の後を追って、階段をのぼった。


 二階にあがり、列ができていないトイレを見て、安堵した城崎をさらなる不運が襲った。

 トイレの個室の鍵はかかっていなかったが、扉はしまっていた。鍵がかかっていないのならば、誰も入っていないだろうと安堵した彼が扉を開けると、そこには、便器に頭をいれたまま、動かなくなっている背広の男がいた。』



「あー……あったよねぇ……トイレに頭突っ込んでる死体」


 砂橋が読み終わった小説のページから目を逸らした。そんなにこの話のトリックはお気に召さなかっただろうか。


「僕、こんなことした覚えないんだけど?」

「俺の担当編集がやった」

「トイレに頭を?」

「飲み会の時に飲みすぎて、家に帰ってトイレで吐いてたら、そのまま寝ていたらしい」

「とりあえず、元ネタが僕じゃなくて心の底からほっとしたよ」


 どうやら、小説内のトリックのことよりも、自分が元ネタと言っても過言ではない小説の中で便器に頭を突っ込んだ状態の死体が出てきたことでこれも元ネタは自分かと砂橋を困惑させてしまっていたらしい。

 聞いてくれれば、どのような元ネタを用いたのか教えてやったのだが。いや、そうなると砂橋が俺の小説を読んでいる前提になる。できれば、もう読んでほしくないというのが本音だ。


「今までの事件で言うと、全部死体周りで模倣しているみたいだったけど……」


 一つ目の事件では、裸のコートの死体。

 二つ目の事件では、水面に浮かぶウィッグ。

 三つ目の事件では、おかしな手紙。

 全て、死体の周りで模倣が行われていた。この小説の内容だと模倣できる点は、一つくらいしか思いつかない。


 トイレに頭を突っ込むことだ。


「まさかね」


 砂橋が「さすがにそれはないでしょ」と肩を竦めるが、そんなことを言ってしまえば、裸にコートの死体だってありえないものだったはずだ。

 俺はどうしよもなく不安になりながら、コンクリートの壁によって阻まれた向こうにあるはずのトイレの入り口に視線を向けた。


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