疑惑
飲み物は買っていないが幸いなことにここには自動販売機がある。肉まんを食べ終わった熊岸刑事が男女の座っているテーブルの横を通って、自動販売機へと近づいた。
俺の視線は思わず砂橋に向かってしまう。
お前は、黄色猫と関わりがあるのか?
そんな疑問が口をついて出そうになる。
ふと、最後の一口を終えた砂橋と目が合う。
「平田さんは?」
「え、ああ……」
見ていること指摘されるのかと思ったが、砂橋の興味は俺よりも俺と熊岸刑事が話を聞いた平田の方へと向いていた。
「結論から言うと、平田は黄色猫からトリックを教えられていた」
「トリックっていってもわりとしょうもないものだと思うよ。ストーカーの存在を信じている人しかあの場にいなかったら、騙されていたかもしれないけど」
砂橋が肩を竦めた。
確かに、平田が起こした事件は、平田と被害者が流布した架空のストーカーの存在が肝だった。一年かけてその存在が本当のものだと刷り込まれた関係者ではない、俺達のような人間があそこまでストーカーの存在を疑わなければ、前回の事件はもしかしたら自殺で片づけられていたのではないか。
警察も馬鹿ではない。調べれば、誰が犯人かはおのずと分かるだろうが、捜査は難航したに違いない。見当違いの人間を容疑者として挙げる可能性もあった。
「黄色猫もあんなずぼらなトリックを平田さんに教えるなんて……平田さん、人に嫌われる才能でもあるのかな?」
「お前は探偵だから嫌われてるだけだろう」
平田の俺への態度が悪かったのも俺のことを最初から最後まで部外者なのに首を突っ込む愚か者と思ってのことだろう。
実際、あんな人間でも駆け落ちまで考えるほど好きになる女性はいるのだから、嫌われる才能があるわけではないだろう。
「俺の小説の内容を残すように指示したのも黄色猫だ」
「そうだろうね」
砂橋が大して驚くこともなく頷いた。
その反応が、元から砂橋が黄色猫のことを知っていたからこその頷きなのか、それとも、今までの状況を見てそう推測していたのか、俺には判別がつかない。
俺でも、平田が黄色猫に指示されて、俺の小説の内容を書き残していたことは予想できたから、砂橋にも予想できないことはないはずだ。
俺は深く考えすぎなのかもしれない。
砂橋を少しでも疑ってしまえば、こいつが俺を騙す気がなくとも、俺の心を乱して、真っ黒な腹の中に取り込んでくるような気がして、俺は思わず目を瞑り、目元を指でほぐすように揉んだ。
「どうしたの、弾正」
「なんでもない……」
俺は目を開くと、平田から聞いた話の続きをした。
「平田は、黄色猫に接触されたが顔も見ていなければ、ボイスチェンジャーを使っていたから男女の区別もできていないらしい」
「ふーん」
缶コーヒーを手に持って、熊岸刑事がテーブルに戻ってくると俺の言葉を引き継いだ。
「黄色猫は、平田の浮気の証拠を持っていて、もし、罪を犯すつもりならやり方を教えると言い、実行するならば、現場にあの紙を置けと指示したと平田は言っていた」
「ああ、なるほどね。殺した場合、浮気の証拠だけじゃなくて、人殺しの経緯もバレてるわけだから従うしかないんだ」
熊岸刑事が手に持っていた缶コーヒーを一つ、俺の前に置き、砂橋の前にはカフェオレを置いた。懐柔は無理だと言っていたが、それでも砂橋に物を与えるということは、普段からこうして人に飲み物を奢っているのだろうか。
人に奢られることがないせいか、慌てて礼を言う。砂橋も熊岸刑事に「ありがと~」と礼をしてから、カフェオレの蓋を開けた。
「実行するなら有利になる証言もすると言われたらしいが……」
「結局、誰もそんな証言はしなかったわけだ。黄色猫はなにがしたいんだろうね。トリックを教えても、結局、教えた相手は捕まってるし、完全犯罪になるって言っておきながら、完全犯罪には程遠いし……」
砂橋の疑問ももっともだ。
黄色猫の目的はいったいなんだ。殺人を考えている人間の目の前に現れて、その人間にトリックを教えて、人を殺させる。この行動に果たして意味があるのか。
考えれば考えるほど分からなくなってきた。
砂橋はどう思ってるんだ、と聞いてしまえば、砂橋から「答えを教えちゃつまんないでしょ?」とまるで自分が黄色猫だと自白したかのような言葉が返ってきそうで俺はなにも言えなかった。




