肉まん
砂橋に指定された港近くの休憩所施設は、港の市場から少し離れた場所にあった。隣には見通しのいい草が少し生えている程度の走り回ることしか用途がなさそうな公園があり、その公園の傍に一面の壁がガラス張りになっていて、中が見える四角の建物があった。
俺と熊岸刑事がその建物の近くの駐車場に車を停め、その建物に近づくにつれ、ガラスの向こうの椅子に砂橋が座っているのが見えた。
イヤホンを耳につけて、なにか聞いているらしい砂橋は建物に近づく人影に気づいたのか、こちらを見た。
先ほどまで、テーブルに肘をついて、面倒そうに顔をしかめながら、建物内に視線を漂わせていたがこちらを見た瞬間、砂橋はおもちゃを見つけた子供のような顔をした。
今日、砂橋から連絡が入ったのは二度だ。
平田との面会を終えた直後にこの場所に来いという内容のものと、熊岸刑事の運転でここまでやってくる途中で「お腹がすいたからなにか買ってきて。電子レンジないから、コンビニで温めてもらって」という指示があった。
砂橋が俺のことを小間使いのように使うのはいつものことだ。
熊岸刑事が度々俺に同情の視線を向けてきたが、俺はそれに気づかないふりをした。
視線があった砂橋に対して、俺は右手に提げていたビニール袋を掲げると、砂橋は嬉しそうに背筋を伸ばした。
もうすぐ十三時になりそうだ。昼飯を食べていないだろうから腹が減っているのだろう。
「砂橋は食事で懐柔できるのか?」
「機嫌を直してもらうなら、コンビニスイーツでも大丈夫だが……懐柔しようと思ったら、財布が消し飛ぶぞ」
「……懐柔するなんて考えは捨てた方がいいな」
熊岸刑事と車の中で先ほどまで、砂橋が黄色猫なのか、もしくは黄色猫の協力者なのか、と議論を交わしていた。
その議論の末、砂橋には復讐に加担した、いや、いつの間にか加担していた前科があるため、結局のところ、分からないという結論に至った。
砂橋が黄色猫だとしても、わざわざこんな手の込んだことをするメリットがない。黄色猫の協力者だとしても、砂橋のことを懐柔して、協力させるようなネタが黄色猫にあるとは思えない。
そもそも、砂橋も黄色猫が原因で発生した事件に振り回されているのだ。三つ目の事件なんて、夫の浮気を疑った平田の妻に振り回されていた。
いつも俺のことを振り回している砂橋だが、他人に振り回されるのは御免だろう。
俺と熊岸刑事が休憩所内に入ると、建物内は暖房がきいているようでもわっとした換気などしたこともないような空気が全身を包んだ。
「お腹がすいてどうにかなりそうだったよ。ありがとう~」
殊勝なことに砂橋がお礼を言いながら、椅子から降りて、俺達のことを出迎えると俺の手からさっさとビニール袋を奪っていった。
いそいそとテーブル席まで戻った砂橋の向かいの席に俺と熊岸刑事は座った。
「コンビニくらい周りにあるだろ……」
「仕事中だって言ったでしょ」
俺は休憩所内を見渡した。
休憩所内にあるのは自動販売機とゴミ箱、四つのテーブルとそれに合わせた椅子が四つずつ。テーブルが沿って並んでいるのはガラス張りの面でその向かい側にはトイレらしき標識が壁にかかっている。
ガラス張りの外からトイレの入り口が見えないようにという配慮からか、トイレの入り口の前には衝立のようなコンクリートの壁があった。
そして、砂橋に仕事中だと言われて、すぐに目についた人影。
休憩所の中には男女が一組いた。
片方の女性はカールさせた明るい茶髪の女性でタートルネックに全体的に茶色のチェックスカート、黒のタイツに赤のスニーカー。もともと薄手のコートを羽織っていたみたいだが、さらにその上から黒い機能性を重視したフィッシングウェアを羽織って、少し不貞腐れたように頬を膨らませている。
そんな女性が見ているのは、隣に座っている男だった。
顔が少しだけ縦に長く、青い縁の眼鏡をかけた男性は黒のタートルネックに銀のネックレスを首にかけていた。胴が長いウツボの類の魚がとぐろを巻いているような形のネックレス。そして、 彼の下半身は、女性が一番上に羽織っているフィッシングウェアの黒色と一緒の色のものだ。きっと女性が寒いと言ったから、自分の着ていた防寒用のフィッシングウェアを彼女に貸したのだろう。
男は青い顔をしていた。
「違う違う。そっちじゃないよ」
砂橋が肩を竦めた。
どうやら、仕事の目的はこの男女ではないらしい。砂橋がビニール袋の中から、肉まんが入った袋を取り出す。
「肉まん? あんまん?」
「肉まんだ」
買ったばかりではないから、それほど熱くはなかったのだろう。砂橋は肉まんを頬張った。それを見つつ、俺と熊岸刑事はもう一つのビニール袋に分けていれていた肉まんを取り出した。
砂橋は仕事中だと言っていたから、そこまでがっつりとしたものを差し入れしてもいいものかと迷った末の肉まんだった。




