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「そいつとはどんな出会いをしたんだ?」

「小野坂の家から自宅に帰る途中で出会ったんだ。自動販売機で飲み物を買おうと立ち寄った時に後ろから声をかけられた」


 熊岸の怒りを向けられた平田は、余裕を残しているかのような態度を改めて、厳しい顔をしたまま答えた。先程まで繰り返していた鼻で笑ったり、肩を竦めたりという動作はなかった。


「顔は?」


 熊岸刑事の質問に平田は首を横に振った。


「後ろを振り返らないようにと言われたから見ていない」

「声は?」

「ボイスチェンジャーを使っていたから正確には分からない。男女の区別も怪しいな」


 もし、黄色猫だと思われる人物を捕まえたとしても平田にその人物に指示されたかどうか確かめさせることはできないだろう。


「奴は振り返るなと俺に言ったと思うと、後ろから手を伸ばして、俺と美友ちゃんが映っている写真を見せてきた」


 その写真はきっと小野坂家の外から撮られたものだろう。


 結局、平田の証言により、小野坂美友が主張していたストーカーの存在は彼女が作り上げたものだと分かった。本当はストーカーなどいないのだから、小野坂美友も平田も外を警戒することなく、二人きりの時間を楽しんでいたはずだ。

 警戒せずに浮気をしているところを外から撮られて、それを脅しに使われるのはありえなくない話だ。


「奴は続けてこう言ったんだ。「奥さんに浮気がバレそうになって、隠せなくなったら、この女性ごと浮気をなかったことにする方法を教えますよ」と」

「それで、あなたは……」

「もちろん、最初はそんなことはしないと言った。その時は妻が俺の浮気に気づいているとは思っていなかったからな」


 平田は、小野坂美友の前にも浮気を妻に疑われていたが、彼には自分が浮気を隠すことに向いていないという自覚がないのだろうか。


「聞く価値もないと思って、その日は無視して帰ったんだ。しかし、その次の日、妻が浮気をしているのかと俺に聞いてきた」


 大した証拠もないのに平田が小野坂家に何度も行っているだけで浮気をしているかどうかを確かめるために小野坂家に突撃するような妻だ。浮気かもしれないと思った瞬間に平田に問う行動も納得できる。


「俺は思った。もしかして、あの怪しい奴が浮気のことを喋ったんじゃないかと。そう思っていると、またあいつは俺の前に現れた。そして、そいつは今度はこう言ったんだ。「事件現場にあるものを用意すると約束すれば、罪に問われないやり方を教えましょう。もし、怖いのなら、嘘のアリバイを証言してあげましょう」ってな」


 もし、嘘の証言をしている者がいれば、それは平田の立派な共犯者になるが、平田が殺人を犯した件において、小野坂家と関係ない第三者の証言はない。

 かといって、第三者ではない被害者遺族である小野坂夫婦が平田が有利になるような証言をしたわけではない。


「利になる証言をされなかったということは……」


「十中八九、俺に最初から加担する気はなかったんだろう。奴は俺に架空のストーカーを利用して、美友を殺す方法だけ教えて、あとは奴の言った文章を美友に書かせて現場に残すように指示してきたんだ。俺がそいつに会ったのは、最初に会ったのと、その次に会った二回程度だ。その時に、現場に置くように指示された文章が書かれた紙を渡されたが、現場から離れている時に燃やしておいた」


 ということは、事件のやり方を平田に伝授した人間の痕跡と呼べるものはない。

 証拠がないため、もしかしたら平田の狂言という可能性もあるが、俺と熊岸刑事に小説と小説のページが送られてきている以上、平田に接触してきた人間の存在に目を瞑るわけにはいかない。

 平田は疲れたように肩を落としながら、息を吐きだした。その視線は台の上で組まれた自分の両手に落とされていた。


「まさか、月を星に変えられただけで、なにもかも台無しになるとは思わなかった」


 小野坂美友は、平田との交際の証拠となるプリクラの写真を星が示唆するオルゴールの中に隠していた。それは遺書と間違えられた置き手紙にも星のマークが書かれていたことから分かる。

 しかし、彼は俺達がオルゴールの中にプリクラを見つけたのは、小野坂美友があからさまに「星」と書いた文章が原因だと言いたいのだろう。

 あんなものがなくとも砂橋なら、遺書に見せかけた手紙だけで小野坂美友が伝えたいことが分かっていたと思うが。


「……とりあえず、殺人のやり方はその謎の人物から教えてもらったと?」

「ああ」

「現場に置く紙に書かれた文章もそいつに書けと言われた。しかし、従ったものの、そいつには裏切られた……と」

「そうだ」


 となると、平田から黄色猫について、詳しい話を聞くことはできないだろう。


「その殺人のやり方を提案した人間は、なんて名乗っていたんだ?」

「なにか言っていたが……」


 平田にとっては相手の名乗りは重要ではなかったようで、彼は首を捻った。

 彼が「あ」と声をあげたのは、面会時間の終了が近づき、俺もガラスの向こうの彼もパイプ椅子から立ち上がった時だった。


「確か、黄色……黄色猫、と名乗っていたはずだ」

「黄色猫……」

「あいつのせいで俺は犯罪者になったようなものだ。もし、そいつを捕まえるつもりなら、経過を教えてくれ」


 確かに平田は黄色猫によって、犯罪に手を染めるように誘導されたかもしれないが、実際に小野坂美友のことを殺したのは平田自身だ。浮気も自業自得。

 そんな平田に向かって、熊岸刑事は冷たい視線を投げかけた。


「部外者に話すことはなにもない」


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