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間章 肆

 あの忌々しい事件からずいぶんな時が経ったが、僕の心の中に巣くう怒りはそのなりを潜めることはできなかった。

 掃除されない汚れは放っておけば、そのままになるわけではなく、年々固まってちょっとやそっとでは綺麗にできないように、なにもしなければ、怒りは消えることはない。


「パン屋の強盗殺人事件? うーん、俺は若い人間だから昔の事件は知らないけど、ちょっと気にかけてみるよ」

「ありがとう」


 若い刑事と知り合うのは案外簡単だった。

 最初はもしかしたら昔の殺人事件についての情報が手に入るかもしれないと思って、打算で付き合いを始めたことに罪の意識を感じたが、すぐにその意識は消えた。

 彼は悪人とは言えないが、規律を人との関係よりも重んじている人間でもなかった。


「あの事件を担当していた刑事だけど、今は交通課にいるみたいだよ」


 強盗殺人事件のことを聞いた時から一週間しか経っていなかった。警察は忙しくて、昔の事件なんかに目をやる時間はないのだと思っていたのだが、そんなことはなかったらしい。世間話程度に出した事件のことを警察署にいる間にわざわざ調べる時間はあるのか。

 そう思うと彼に対して募りかけていた罪の意識が雪解けのように跡形もなく消えてしまった。


「平田貴士……?」


 彼が事件について調べた時に書き留めていたメモ帳の一ページを手渡してきた。さすがに警察だけが知っているような門外不出の情報などはなかったが、唯一、僕が知らなかった事件を担当した刑事の名前が書かれていた。

 他に報いを受ける人間の名前は分かっていたのだが、警察の担当者の人間の名前だけ「事件の担当刑事」という情報しか仕入れていなかったため、やっと知ることができた。


「うん、平田さんが事情聴取をしたらしいよ。見たことがあるけど、スキンヘッドに眼鏡の人相が怖い人って感じ! いやぁ、あの人に怒られながら、事情聴取されたら、怖いだろうなぁ」

「教えてくれてありがとう」


 平田貴士。元刑事。今は交通課に所属。

 その情報だけ分かれば充分だ。


 彼のことを調べているうちに、過去に二度、浮気をしており、その浮気に勘付いた妻が浮気相手が暮らしているアパートに突撃したということがあったと分かった。

 その二回とも証拠がなかったため「相談を受けていた」ということで片づけたらしい。勘づかれた後、浮気相手とは会わなくなったあたり、浮気関係を終わらせたのだろう。


 しかし、喉元過ぎれば熱さを忘れるというものか。


 平田貴士がとある家に入り浸っていることがすぐに分かった。尾行にも気づかないところを見ると、浮気は堂々としているらしい。だから、妻にも隠し通すことができていないのだろう。


 平田貴士と話して分かったことがある。


 彼はパン屋の強盗殺人事件のことなど覚えていない。

 多くの事件に埋もれて覚えていなかったのか、それとも多くの罪に埋もれて覚えていなかったのか。

 後者に違いない。


 僕は警察のことを信用していない。好き嫌いの話ではない。警察は信用できない。

 だから、警察に第三者を挟むことにした。警察も探偵と小説家という第三者がいる前で、同じ警察官を見過ごすことはしないだろう。

 思っていた通り、事件が終わった後、平田貴士は連行されていった。

 彼が無罪になるわけがない。

 なによりも彼が殺したのは、同じく元刑事の娘だ。同じ元刑事という立場の人間が被害者遺族と加害者の立場なのだから、罪が握りつぶされるわけもない。


 罪は、あと二つ。


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