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ピアノの部屋

 砂橋は、チョコレートを食べながら、片淵のところへ向かうように指示を他の警察官に出す熊岸を止め、全員、二階のピアノの部屋に行くように言った。


 もちろん、探偵のことをよく思っていない平田が砂橋に従いたくないと苦言を呈したが、そんな彼も砂橋がしたり顔で「もしかして、自分よりも先に探偵が事件を解決するのが気にくわないの? ごめんねぇ、君よりも早く事件解決しちゃって~」と煽ったことで渋々とピアノの部屋へと向かった。


 何故、ピアノの部屋に全員を集めたのかと思っていると、最後に入ってきた砂橋が手袋をしなおして、ピアノの前に座った。もしかしたら、弾き始めるかもしれない。鍵盤蓋が開けられ、並んだ白と黒の鍵盤が目に入る。弾くわけではないらしく、砂橋はくるりと振り返り、ピアノの部屋にいる面々を見渡した。


「まず、ストーカーのことだけど、ストーカーはこの家には入っていないよ」


 先ほど、俺が一階の中の鍵を確かめた。玄関以外にこの家に入ることができる窓は全て施錠されていた。そのため、ストーカーがこの家に入ることはできない。

 仮にストーカーが入った後で施錠したのであれば、ストーカーがまだこの家にいるか、誰かがストーカーがこの家を出た後に間違って、あるいは故意に施錠したのだろう。


「じゃあ、美友は、ストーカーが片淵くんだと知って絶望して……」


 小野坂が呟くようにして、ストーカーの存在に焦点を当てる。


 確かに、今まで誰かも分からなかったストーカーが一年もの間、近くにいた自分の婚約者だと気づいたら、その衝撃は凄まじいものだ。

 このまま、結婚をしてしまったら、一生、このストーカーと共に生活することになる。そんな衝撃な事実を知ってしまえば、絶望して首を括る可能性もある。


 しかし、砂橋は首を横に振った。


「その婚約者は関係ないよ」

「は?」


 身長が百七十程の男がストーカーという平田の証言で、砂橋はアルバムを見て、監視カメラの位置を事前に把握できる人間は小野坂夫婦と平田以外では、彼だけだと言っていた。


 それなのに、今更片淵は関係ないとはどういうことだ。


「まず、一年も前からストーカーをされているのに、ただの一度も監視カメラに映っていないなんて絶対におかしいでしょ」

「しかし、それは監視カメラの位置を知っていたから」

「だとしても、監視カメラをつけてすぐは? 位置を確認するまでの間は? 不審者の目撃情報は? 近所にも人はいるでしょ。人間は都合よく透明人間にはなれないんだよ」


 一年も続いた姿の見えないストーカー。


 今回、平田によって、ストーカーのおおよその身長と性別は判明したが、よくよく考えれば、一年もの間、姿を見せていなかったストーカーが外からじっと家の中を見つめていた程度でバレて追いかけられるなんてあるだろうか。


 今まで一年間、姿がバレなかったのは、運が良かったわけではない。何か仕掛けがある。

 そして、今回、いきなりストーカーの身長と性別が判明した理由もあるはずだ。


 小野坂と熊岸が目を合わせていた。誰にも見えないストーカー。思うところが小野坂にはある。


「日記にはストーカーのことが一切書かれていない」

「悩み事も明記されていなかったな」

「本当にストーカーがいるなら、日記にだって書くし、なんらかの証拠があるはず。でも、ない。実際、今までだって、小野坂美友さんの証言以外、ストーカーの存在を示すものはなかった」


 そうだ。

 彼女がストーカーされていたという証拠はなにもない。


 だからこそ、彼女の父親である小野坂も、彼女がもしかしたら危ない薬を使用して、幻覚を見ていたかもしれないと考えたのだから。


 しかし、そのストーカーの存在を見たと言う人間が、小野坂美友以外に一人いる。

 熊岸刑事と小野坂と俺の視線が集まると彼はたじろいだ。


「なんだ。俺が嘘をついているとでも言うのか!」


 噛みつくように平田は砂橋を睨んだ。


「平田さんの証言をまともに受けとると、ストーカーの姿を追いかけて、こけて、気絶している間に小野坂美友さんが首を吊り亡くなった。こんな感じ?」

「ああ、そうだ。確かに足を滑らせたのは失態だと思っている。今更蒸し返すな」

「でも、都合よく気絶してストーカーを見失うなんてある?」

「何が言いたい?」

「そもそも今まで特徴も分かってなかったストーカーの見た目がいきなり分かる?」

「俺の証言自体疑いだすということは根拠があるということか?」


 じろりと砂橋のことを見る平田の視線から砂橋は顔を背けて、ピアノに向き直った。

 それを自分の勝利と捉えたのか、平田は鼻を鳴らした。


「根拠もないのに、人のことを嘘つき呼ばわりするのが探偵か! お里が知れるな!」


 砂橋が鍵盤に指を置いた。

 ゆったりと、しかし、確実に一度は聴いたことがある音楽が部屋に響く。


 きらきら星変奏曲。モーツァルトが作曲したピアノ曲だ。


 いきなりピアノを弾き始めた砂橋に平田も困惑して、熊岸刑事を見た。砂橋の突飛な行動にはもう慣れていた熊岸刑事は驚いてはいなかった。

 どうせ、ピアノの前に座った瞬間から「もしかしたら弾き始めるかもしれない」と俺と同じようなことを考えていたのだろう。


「遺書に文字以外にも星のマークが描かれていたでしょ」


 ピアノを演奏しながら口を動かすなんて、ずいぶん器用なことをするなと少し感心してしまった。そもそも、砂橋がピアノを弾くことができると思わなかった。

 しかし、すぐに遺書の見た目を思い出す。確かに隅に数個、小さな星のマークが描かれていた。


「この部屋には九つのオルゴールがある。G線上のアリア、四季、エリーゼのために、パガニーニの主題による狂詩曲、花のワルツ、青きドナウ、ポロネーズ……そして、きらきら星変奏曲」


 砂橋は俺に目を向けずに「弾正」と俺のことを呼んだ。


「青い箱のオルゴールを開けてみてよ」


 青い箱に金の縁と脚。

 そのオルゴールは俺と熊岸刑事が隣の部屋にいた間に砂橋が壊したものだった。壊した後はこの部屋に戻された。他の三人から視線を向けられながら、先に青色のオルゴールを手に取る。


 恐る恐る蓋を開けるが、砂橋が落として壊してしまったせいか、オルゴールは鳴らない。しかし、蓋の裏には「きらきら星変奏曲」と印字されていた。


 開いたが、中にはオルゴールの機械部分しかなく、めぼしいものはない。

 ふと、砂橋がこのオルゴールの機械の部分を出していたことに気づいて、オルゴールをひっくり返して、自分の手の平の上に機械部分を出した。


 機械部分と一緒に底に入っていたものが、ぱらぱらと落ちる。小さな四角い紙の破片が床に零れ落ちたが、数枚、俺の手の平の上に残る。


「……砂橋」


 音楽が止む。

 紙の破片ではない。箱の底には、プリクラが何枚も入っていた。


「ストーカーは二人による狂言」


 プリクラに映っていたのは、小野坂美友と平田貴士の二人だけだった。プリクラの表情から平田が小野坂美友に付き合わされたという想像はできない。それどころか、お互いの頬にキスをしている様子も撮られている。


 俺は眉をひそめて、黙ってそれを熊岸刑事に渡した。熊岸刑事も俺から受け取ったプリクラを見て、表情を強張らせた。


 先ほどの砂橋の言葉では、遺書に描いてあった星のマークから、このオルゴールの中に何か秘密があるのではと考えたように捉えることができる。


 しかし、砂橋がきらきら星変奏曲が流れるオルゴールを選んだのは、きっと小野坂美友が残したもう一枚の紙の内容からだろう。


『星の下 真実を 御覧に入れましょう』


 俺の小説では、「月」だった部分が「星」に変わっていたあの文章。砂橋は上手くそれを避けた。


 今は刑事ではないとはいえ、ここには二人の警察関係者がいる。ここで、明らかに俺の小説が関係していると話題にしたら、事件解決までスムーズに話が進まない可能性がある。


 とにかく、真実は、本当に星の曲を奏でる機械の下にあったのだ。


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