3人の関係
「熊岸刑事、知り合いっぽいけど、あの二人とはどんな関係なの?」
錯乱していた小野坂と、怪我をしているスキンヘッドの平田は手当てを受けているらしい。
その間、俺と砂橋は熊岸刑事に招かれ、小野坂家へと足を踏み入れていた。現場検証をしている他の警察関係者がいるため、今、小説のページについて熊岸刑事に話すわけにはいかない。
「ああ、二人とも元々俺と同じ捜査一課の人間だ。平田先輩は、俺の二つ上で、今は捜査一課ではなく交通課にいる。小野坂は後輩なんだが、若い頃、強盗を現行犯逮捕した時に足を負傷したんだ。今から二十年前の話だ」
小野坂が杖をついて歩いているのは、刑事時代に負傷して、後遺症が出たからだろう。
「小野坂は警察を辞めて、今は防犯対策の会社に勤めている」
ここにいた男三人が元々刑事の知り合いだとするのならば、熊岸刑事の奥さんが先輩刑事である平田貴士の妻の平田真美さんと個人的に仲がいいのも頷ける。
「最初は分からなかったが、妻が会っていたのは平田先輩の奥さんだった」
「元から交友が?」
「ああ、俺は平田先輩の奥さんとはあまり関わっていなかったが、一度、休みの時に家族そろってバーベキューをしたんだ。その時に妻同士連絡先でも交換したんだろう」
どちらも刑事の妻ということであれば、他の人には共感してもらえない部分を話し合えるような仲だったのだろう。
あまり仲が良くなかったとしても、旦那の浮気を調査していると知っても言いまわらない人間として、平田真美さんは周りの人間の中から熊岸刑事の奥さんを選んだのかもしれない。
その結果、熊岸刑事の奥さんは一度も会ったことがないものの、旦那が信頼して名刺を持っている探偵ならばと砂橋に連絡した。
「とりあえず、三人が先輩後輩というのは分かった。熊岸刑事の奥さんと平田元刑事の奥さんが知り合いなのも分かった。だが、平田元刑事と小野坂元刑事の関係は? 警察を辞めて二十年。今は普通の会社に勤務してるんだろ?」
熊岸刑事だって、プライベートでは一度しか同僚の家族とバーベキューをしなかったのだ。よほど仲が良くない限りは、こうして家に来たりはしないだろう。
砂橋の調査によると平田は、小野坂家に何度も出入りしているくらいだ。
「それは俺も知らなかったんだが……実は、小野坂から平田先輩は個人的に相談を受けていたらしい」
「相談?」
「亡くなった小野坂美友という女性がいただろう?」
「小野坂元刑事の娘の?」
俺が確認すると熊岸刑事は頷いた。彼は「これは小野坂と平田先輩に聞いた話だが」と前置きをすると話を続けた。
「彼女は一年以上も前からストーカーに悩まされていたらしい」
ぴくりと砂橋の眉が動く。
「一年以上も前から? 警察には?」
熊岸刑事が首を振る。
ストーカーをされていると言っても、実害がなければ、警察に取り合ってもらえないことがある。実際「見られている」というだけでは警察はどうしようもできないように、ストーカーをしているという証拠がなければ、警察は犯人に対してアクションを起こすことはできない。
「警察が対処できないということで、ずっと交流を続けていた平田先輩に小野坂は助けを求めたらしい。小野坂と妻が二人とも家にいない時、なにかあった時のために平田先輩がこの家にいるようにしていたらしい」
「なるほどねぇ、今は交通課といえども元刑事だったからある程度のことは安心できるってわけね」
現在、この家に小野坂の妻はいない。きっと警察から妻に連絡がされていて、娘の死の報せに慌ててこちらへと向かっている頃だろう。
となると、小野坂が外出先から帰ってきて、門の前で砂橋と熊岸刑事の奥さんと平田の奥さんの三人に会い、家の中に入るまで小野坂美友が家の中に一人でいたのはおかしい。
小野坂夫婦がいない時は平田が家にいて、小野坂美友のことを守っているのではなかったのか。
それに、平田が怪我をしていたのも気になる。
何故、彼は家におらず、怪我をして帰ってきて、小野坂に土下座をしたのか。土下座をした理由は想像できる。小野坂から娘の安全を確保してくれと頼まれていたのに小野坂美友のことを守れずに死なせてしまったからだ。
小野坂美友のことを放って、平田が家を出ていた理由も、想像ぐらいはできる。
ストーカーをされている女性を置いて、家を出ることができる状況。
それは自身がストーカーのことを視界におさめている時である。家から離れていたということは、ストーカーを追いかけていたため、家の近くにいなかったのだろう。
彼の怪我はきっとそのストーカーを追いかけている途中に転倒したか、ストーカーを捕まえようとして反撃された時にできた傷だろう。
「平田先輩は、いつものようにこの家に来て、小野坂美友とリビングで過ごしていたらしいが、その時に窓から覗き込んでくる男がいたため、小野坂美友に鍵をしっかりかけて家から出ないように言ってから、ストーカーらしき男のことを追いかけたらしい」
俺の考えの一つが当たっていて、思わず首を縦に振る。
「で、そのストーカーは?」
「階段から落ちて気を失っている間に見失ったらしい」
「元刑事の名が聞いて呆れるよ。土下座するのも無理ないかな」
砂橋が呆れたようにため息をついた。
この家に入ってきてすぐに怪我をしている頭もお構いなしに土下座をしていたのはそういう意味もあったのか。
確かに信頼されて任された後輩の娘を気を失っている間に死なせていては、面目丸つぶれだろう。土下座程度では許されるわけがない。
「その二人は?」
「手当ては終わっているが……二人ともショックを受けていて、今は話を聞ける状態ではないだろう」
熊岸刑事の言葉に砂橋がまた「元刑事の名が聞いて呆れるよ」と繰り返し言ったが、今度は平田元刑事のことだけではなく、小野坂元刑事のことも含んでいるのだろう。
元刑事だからといって、家族の死に打ちのめされるのかどうかは関係ないだろう。砂橋は誰が死のうが、ショックを表に出さずにけろりとしているのだろうが、皆が皆、砂橋のように平静を装うことができる人間ではない。
「じゃあ、今のうちに調べよっか」
「なにをだ?」
「熊岸刑事、鈍いねぇ。これが他殺か自殺か調べようって言ってるの」
砂橋の言動はきわどいものだったが、ここに小野坂元刑事と平田元刑事がいないだけましだろう。熊岸刑事はなにか言おうと口を開きかけたが、砂橋が顎で俺を指し示すと、熊岸刑事も砂橋が言いたいことが分かったようで、神妙な顔つきになった。
今回の事件も、前回、前々回と同様に殺人事件の可能性があると察した熊岸刑事は頷いた。




