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ヒント

 熊岸刑事から、横内歳三が自首してきたと連絡を受けた。その結果、彼と進一は英二殺しの容疑者としてさらに詳しく捜査されることとなった。


「あの後すぐに自首したんだね、感心感心」

「本当に自首するのか気が気じゃなかったんだが?」

「だって、逃げられるわけがないんだから、自首するでしょ」

「そこは彼の良心を信じたぐらい言ってくれ」


 砂橋だって、牧野神父のところに行かずに由加里と歳三のやり取りを見ていたら、彼の良心を少しでも信じただろう。

 いや、由加里の「善行をすれば赦される」という言葉で噴き出していたかもしれない。


「結局どちらが主犯なんだ」

「どっちもどっちでしょ。少なくとも、どっちにも殺意はあったって、熊岸刑事から聞いたじゃん」


 熊岸刑事たちが詳しく捜査をして分かったそうだが、長男の進一が社長を、次男の英二が副社長をしていた家族経営の会社で、なんと進一が横領をしていたことが発覚した。

 そのことを副社長であり、弟の英二にバレてしまったため、進一は英二を殺す計画を立てたのだ。


「処方された当人が開封してもいない睡眠薬の場所を知ってたから、長男はたぶん、三男の秘密も知っていて、その上で頭が固い次男にも秘密を告白しようと持ち掛けたかもしれない。自分がその場にいれば、次男をなだめて、一緒に説得してやるとも言ったかもしれないね」


 砂橋の言葉に俺は眉をひそめた。

 もし、本当にそうだったら、進一は悪戯に歳三のことを巻き込み、殺人の手伝いをさせたことになる。


「まぁ、なんにせよ、殺しは二人でやったんだ。結果は変わらないよ」

「……そうだな」


 法律は感情でできていない。あとは俺達にはどうしようもできない。


「いつ分かったんだ」

「なにが?」

「これが殺人だって」


 ずっと気になっていた。


 猫谷刑事に対して、砂橋は「殺人事件だ」と言い切った。「死体がスーツのジャケットを着ていたから」なんて理由ではないはずだ。砂橋は他の確証を以て、これは殺人事件だと断定した。


「最初の兄弟の証言を聞いた時」


 思った以上に早い段階だった。証言に関しては、俺も聞いていたから考えれば分かることなのだろう。


「……ヒント」

「長男の証言」


 顎を手に当てる。あの時言っていたことは、英二が秘密を暴露したという嘘だったはずだ。


「……化粧をしていない」


 あの時、進一は英二がアパートで、長髪のウィッグを被り、化粧をしていたと言った。しかし、砂橋が見た死体は化粧をしていない。女装の要素といえば、長髪のウィッグだけだった。

 本来、英二は女装をしたことがなく、女装をしていたのは三男の歳三だ。英二がメイクをしているわけもない。進一がああ言ってしまったのは、歳三が秘密の告白のためにメイクをしていたからだろう。

 そのため、英二が女装をしていたと証言した時に、リアリティを出すために話していたことで墓穴を掘ってしまったのだ。


 喉に引っかかっていた魚の小骨がとれたような感覚にほっとしているのも束の間に、砂橋はにやにやと嫌な笑みを浮かべてこちらを見た。


「でも、これで分かったね」

「なにがだ?」

「小説のページの予告が単なる偶然じゃないってこと」

「……」


 砂橋はケラケラと笑った。


「まさか、三つ目の事件が起きてからこれは偶然じゃなくて仕組まれたことなんだとでも言うつもり?」

「いや……」


 進一がウィッグだけを英二に被せたとして、下手に被せなければウィッグはずり落ちて、湯の上に浮かぶことはなかっただろう。湯に浮かんでいたということは、そのようになるように仕向けたということだ。


 この殺人を企てていた横内進一は、確実に水面にウィッグが浮いているシーンを再現しようとしていたことになる。


「でも、もう横内進一は動けない。これで三枚目が送られてきたら、いよいよだね」


 俺の家にページが切り取られた自著を送ってきた謎の黄色猫を名乗る人物。

 いったい、黄色猫はなにを思って、俺の小説になぞらえて、事件を起こしているのだろう。

 砂橋の機嫌がよくなるにつれ、俺の気分は下がっていくばかりだ。


 三枚目なんて、来ないでほしいと、心から願わずにはいられなかった。


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