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教会での待ち合わせ

 牧野神父に片付けを任せて教会内に戻ると一人の少女が二列目の端の席に座って俯いていた。


「弾正、ゴミ箱に入っていたメモ、覚えてる?」

「一月十三日十七時、教会で待ち合わせ」

「彼女だ」


 砂橋は小走りで、少女に近づいた。少女は自身に近づいてくる足音に気づき、顔をあげた。十代後半の少女は高校生か中学生かは分からなかったが、紺色のブレザーを着こんでいて、赤い色のマフラーを首に巻いていた。


「こんにちは」

「こ、こんにちは」

「待ち合わせしてるの?」

「え、あ、はい……」

「ミサさん?」

「えっ、どうして……ミサさんの知り合いの方ですか?」



 砂橋は少女の質問にこくりと頷いた。

 俺も砂橋も生前の横内英二とはなんの関係もない。彼の死体と少しばかり関わりがあるから、関わりが全くないことはないが、少女を騙しているようで罪悪感が募る。


「ミサさんなんだけど、ちょっと大変なことになってて、来れなくなったんだ」

「そう、なんだ……」

「ミサさん、忙しいみたいで、なんの約束をしていたのかは教えてくれなかったんだけど、なんの約束をしてたの?」


 ちゃっかりと砂橋が少女の隣に座る。


「相談を……」


 少女はそう言いかけて、傍らに置いた学生鞄からピンクのフリルがあしらわれたポーチを出してきた。


「この前、相談にのってもらったお返しがしたくて……ミサさん、可愛いポーチが欲しいって言ってたからプレゼント……」


 ピンクのフリルがあしらわれ、しっかりとした横長の長方形のポーチの中央に大きなピンクのリボンをつけられている。


「ミサさんは、私の相談を聞いてくれるけど、私には相談してくれないから、なにかあげれたらなって思って、手作りしたんです」


 簡単に砂橋のことを信じた少女がピンクのフリルがあしらわれたポーチを差し出してくる。


「ミサさんに渡してもらえませんか?」

「え?」


 さすがに死者へのプレゼントを渡されるとは思っていなかったのだろう。砂橋は目を丸くしながらも、差し出されたポーチを受け取った。


「私、明後日引っ越しちゃうので……それまでに会いたいと思ったんですけど、どうしてもこれだけは渡したくて」

「分かった。渡しておくよ」


 砂橋がにこりと微笑む。


 少女が求めているミサという人物がもう死んでいることは砂橋も言わなかった。このプレゼントを受け取る人間はもう亡くなっているのだと言ったところで、少女には酷な話だろう。


 知り合いの人間だと言っても軽く信じて、ミサという人物に連絡して確認を取ろうとしないところを見ると、ミサと少女は連絡先を交換していないのだろう。


「私には、って言ってたけど、ミサさんは他の人には相談してたの?」


 砂橋が背中のリュックをいったん長椅子の上に降ろし、ポーチを中に入れながら少女に問いかけた。唐突な質問に少女は意味が呑み込めずにきょとんとする。


「相談のことだよ。さっき、ミサさんは私には相談してくれないって言ってたでしょ。君以外に相談する相手はいるの?」

「相談っていうか、懺悔室をよく使ってたので、悩みがあるんだろうなって思ってたんです。私には教えてくれなかったんですけど……」


 少女が教会の中に設置された個室を示した。あそこが懺悔室なのか。


「私がもっと大人だったら、ミサさんの相談聞けたのかな……」

「大人か子どもなんて関係ないと思うよ」


 砂橋がポーチをしまい、リュックを背負い直す。


「君のことが大切だから、余計な心配をかけたくなかっただけかも。まぁ、僕もミサさんから直接聞いたわけじゃないから分からないけど」


 視線を落としがちだった少女が顔をあげたと思うと安心したように微笑んだ。


「ありがとうございます……ミサさんによろしく伝えておいてください」


 少女はミサという人物に会い、ポーチを渡すためだけに教会に来たようで砂橋がポーチを渡してくれると分かると席から立ち上がり、ぺこりと頭を下げて、教会を出て行った。


「おや、誰か来ていたんですか?」

「ああ、牧野神父」


 俺達が飲んだミルクやコーヒーのマグカップを片付けてくれた牧野神父が戻ってきた。


「ミサさんとよく話をしてた女の子が来てたんだよ」

「ああ、それなら由加里ゆかりさんですね。由加里さんとミサさんはよく話していたので。二人でよくメイクの話をしていたみたいですよ。私は専門外なのでまったく分かりませんでした」


 牧野神父は困ったように笑ったと思うと、俺と砂橋に近づいて声を潜めた。


「由加里さんにはミサさんのことは……」

「話してないよ。プレゼントを渡してくれって言われたから一応渡すつもりではいるけどね」

「そうですか……」


 牧野神父はにこりと笑った。


「由加里さんは明後日の朝に引っ越しをするそうです。ミサさんの死を知らずに旅立つのは、ある意味よかったのかもしれません……」


 親しい人の死を知るよりも、知らないまま遠くに旅立つのと、どちらがいいだろうか。

 俺は前者の方がいいかもしれない。

 親しい人が生きているかどうかも知らないまま、どこかで生きていると感じながら生きるのは嫌だ。しかし、その考えを少女に押し付ける気もない。


「そういえば、ミサさんが懺悔室によく入っていたって聞いたんだけど、懺悔室って神父が相手になって話を聞くんだよね? ミサさんはなにを相談していたの?」

「懺悔室で聞いた話は人には話してはいけないんですよ」


 にこりと牧野神父は微笑んだ。

 それもそうだ。神父がおいそれと懺悔室での告白を他人に話せば、信用は失墜して、誰も懺悔室なんてものに入らなくなるだろう。

 砂橋も言ってみただけだったみたいで「そうだよねぇ」と肩を竦めた。


「貴方も告白したいことがあるのなら、どうですか?」

「今のところ、使う予定はないかな」


 砂橋の場合、一生懺悔室に入ることなんてないだろう。

 牧野神父に見送られながら、俺と砂橋は教会を出た。


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