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教会


 大家や他の人物に話を聞きに行った熊岸刑事と別れて、俺と砂橋は話を聞きにとある場所を訪れていた。


「わぁ、教会なんて来たこともないけど、すごい立派だね」


 砂橋が建物を見上げる。そもそもこいつは神なんてものを信じていない。こいつが教会に来ること自体異質なことだ。扉を開けて中に入ると長椅子が並んでおり、広い空間の左側には小さな個室がある。


「これは、珍しいお客さんですね」


 扉が開いた音を聞いたのか、奥の扉から関係者らしき男性が出てきた。


「お祈りですか?」

「聞き込みだよ」


 なにがなんでも神に祈りなど捧げたくないのか、砂橋が馬鹿正直にそう言いながら男性に尋ねた。


「身長は百七十後半。メイクも服も女性もの。長髪のウィッグをつけていた男性ってここに何度か来てる?」

「さぁ……いろんな方が教会にはいらっしゃるので」


 砂橋の質問に男性に少し考えた後、にこりと微笑んでそう答えた。ずいぶん若い男性だ。俺と砂橋と同じ程の歳だろう。

 素直に答えてくれそうもない青年の様子に砂橋は大袈裟にため息をついた。


「その人が死んだんだ。別に危害を加えようとしてるんじゃないよ。恨まれていたかの調査だよ」


 また馬鹿正直に話した砂橋に俺は目を丸くした。俺と砂橋が警察の関係者だと話してもどうせ信じてはもらえないだろうが、なにも正直に横内英二が死んだことを話さなくてもいいだろう。


 青年は目を見開くと、俺と砂橋を奥の部屋へと案内してくれた。


「なにか温かいものでも飲みますか?」

「砂糖たっぷりのホットミルク」

「お構いなく」


 話を聞くだけだ。長居するつもりもないし、砂橋のように飲み物を注文する気もない。

 すると青年は俺達を座らせ、砂橋の前にはホットミルクを、俺の前にはホットコーヒーを置いた。


 俺と砂橋がここに来たのは、横内英二のアパートの部屋を捜索していた時にこの教会の名前と日時が書かれたメモをゴミ箱から見つけたからだ。


 横内兄弟が言うには、横内英二は真面目な人間で人に恨まれるような人間ではないらしい。子煩悩で愛妻家。そんな人間を殺そうとする人がいるわけがないと二人は言っていた。


 それならば、二人が知らないところで英二は恨みを買っているかもしれない。

 現に、英二は自分の両親にも兄と弟にも妻にも子どもにもアパートのことをひた隠しにしていた。家族が知らない彼の顔があり、それが彼を死に追いやった可能性がある。


 ただの自殺で終わりにしてもいいのだが、俺の小説が関わっている可能性がある以上、何もせずに終わるのを見守るのは気分が悪い。


「あなたたちが言っているのはミサさんのことですね」

「ミサ?」

「彼……いえ、彼女はそう名乗っていました。自分はミサなのだと言っていました」


 それが英二が女性として過ごしていた時の名前だろうか。


 砂橋が英二が女装をした場合の特徴を述べて、教会の関係者のこの青年が該当する人物がすぐに分かるのであれば、英二は女性の姿をした状態で何度かこの教会に来ていたということになる。


 それこそ、名前を名乗り、覚えられるほどの回数。


「亡くなったというのは……」

「自宅でちょっとね。で、彼のことを恨んでる人とかいないか聞いて回ってるんだよ」

「なるほど……しかし、ミサさんのことを恨んでる人なんていないと思います。彼女はとても優しい人ですし、ボランティア活動もしていますから」

「ボランティアは心の余裕がある人がやるものであって、優しい人がやるものではないよ。ボランティアをしてる人が恨まれないなんてことはないし」


 これまた極端なことを言い出したなと思いつつ、俺はホットコーヒーをすすった。砂橋の嫌味を青年は微笑み一つで受け流す。


「実際、ミサさんに悩みを聞いてもらい、悩みが軽くなったと言っている方も何人かいますから。でも、そうですか、ミサさんが……」


 青年は俺と砂橋の前で目を伏せた。


「ミサさんが亡くなったことは、教会に来る他の人にはどうか言わないでください……」


 俺も砂橋もわざわざ人の死を触れまわる趣味はない。俺は「もちろん」と頷き、砂橋はホットミルクに口をつけた。


「なにか力になれそうなことがあれば、いくらでも手を貸します」

「なんでもしてくれる?」

「できる範囲内であればですが」


 砂橋がすかさず聞くと、また青年はにこりと微笑んだ。


「そういえば、名前を聞いていませんでした。私は牧野です。ここでは牧野神父と呼んでもらっています」

「俺は弾正と呼んでくれ、こっちは砂橋だ」

「よろしくお願いします。弾正さん、砂橋さん」


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