三兄弟
俺と砂橋の予想通り、時計が止まった十三時ニ十分頃、長男と三男の二人はパンケーキ屋にいたらしい。
「このアパートには兄に呼ばれてきたんです……」
今にも倒れそうな程、顔面から血の気が引いている三男の横内歳三がそう言った。
「話したいことがあるって言われて、このアパートに来たんですけど……その時に……」
彼はちらりと自分のもう一人の兄の進一を見た。歳三よりは顔色がいい長男の彼は弟の言葉を引き継ぐかのように口を開いた。
「実は、英二のやつ、今までずっと隠していた秘密を私達に打ち明けたかったらしくて……私と歳三がこのアパートに来た時に、あいつは化粧をして、女物のカツラを被って、待ってたんだ……」
女装癖の暴露をされた進一と歳三の反応は、現在の二人の申し訳なさそうな表情でだいたい想像がつく。普段から他人の趣味に寛容だった人間でも、自分の身内がそのような趣味を持っていることを受け入れられない時がある。だからといって、無条件に他人の趣味を受け入れろというわけでもないが。
「その時に私達がその趣味がやめた方がいい。両親にもきっとそう言われるって言ったら、英二は私達のことを追い出して……」
「兄さん、少し落ち着きたいからって、近くの美味しいパンケーキ屋でも行ってきてくれって言ったんです……だから、僕も進一兄さんもあの店にいたんですけど……」
進一と歳三の二人は店内にいた俺と砂橋のことを覚えていたらしい。自分達と同じような周りとは違う組み合わせだと思って、見ていたらしい。
「美味しかったよねぇ、あのパンケーキ」
俺は砂橋に「黙れ」という視線を送った。ここでパンケーキの話を広げられても俺も熊岸刑事も横内兄弟も困るだろう。死体と一緒の空間にいて、美味しいお菓子の話をできるのは砂橋ぐらいだ。
「きっと家族に認めてもらえなかったことを苦にあいつは……」
この二人がアパートの部屋に入っていくところを隣人が目撃していた。横内兄弟が一人ずつこのアパートに来て、しばらくして二人が出てきたのを見たと証言している。
進一と歳三がアパートを出て、店に向かったのは正午のことで、店の方にも二人が来たのは正午過ぎのことだと確認がとれたらしい。それから、このアパートに帰ってくる十四時三十分まで二人はアパートに近寄っていない。
アリバイは充分だ。
「私達が英二のことを受け入れていれば……英二にはもう妻も息子もいるのに……あの二人になんて伝えたら……」
進一は涙を見せないように自分の手で両目を隠した。
横内英二のことはよく知らないが、自殺の理由は人それぞれだ。日記や遺書などがあれば、分かりやすいのだが、このアパートの部屋にはそれらしいものがない。
「この部屋は? 亡くなった人の持ち物なの?」
「ここは英二兄さんが別人の名前で借りてたみたいで、自分の家族にも隠していたらしいんです」
砂橋はきょろきょろとアパートの部屋の中を見回すと、歳三が説明をした。秘密を暴露された時に、このアパートについても聞いたのだろう。
趣味のためにアパートの一室を借りるとは、よほど秘密を他人に知られたくなかったらしい。
女装癖というよりは、女性になりたかったが、周りの目を気にして、女性になりたいという願望をひたすら隠し続けていたか。
砂橋が所属している探偵事務所セレストにも気分で女性の服を着る人間がいるが、そいつ曰く「俺は自分が好きな服を着たいだけで性別なんて気にしたことはありませんよ。むしろ、似合う服を着て何が悪いんです?」というスタンスらしい。
砂橋も他の探偵事務所の職員たちもそいつに関してはなにも言っていない。たまにゴスロリやパンクな衣装を着ていたりするのだが、そこまで服装自由な職場でいいのかと俺は頭を抱えたことがある。
まぁ、砂橋が事務所内に携帯ゲーム機を持ち込んでいるくらいだから自由な事務所なのだろう。
砂橋が勝手に俺のことを連れ出して事件に関わらせるのも許されているぐらいだ。さすがに寛容すぎる。
「お兄さんはどうして女装を? 単に女装が好きだから? それとも女性になりたかったの?」
「えっと……たぶん、女性になりたかったんだと思います」
砂橋が突っ込んだことを歳三に聞く。困惑しながらも歳三は答え、彼は鏡台とメイク道具に視線を向ける。
「僕たちの両親は頭の固い人達ですから……兄も生きにくかったんでしょうね……。だから、両親にはなにも言わずに兄弟である僕たちに話したんでしょうけど、受け入れてくれなかったから……」
「まぁ、自分とは違う考えを受け入れるのは難しいしね」
砂橋はバスルームへと視線を向けた。
兄弟に受け入れてもらえなかった横内英二はいったいなにを思いながら死んだのだろう。
普通なら自殺で片づける状況だが、前回のこともある。
前回は死体が見つかった当時、事故か事件か分からない状態だった。
今回だって、第三者がヘアアイロンを風呂に投げ入れて感電死させた可能性が捨てきれない。
なにより、俺達にそう思わせているのは、横内英二の死体を発見した隣人の証言だ。隣人によると、大きな音がしたから、見に来たら扉に鍵がかかっていなかったらしい。
横内英二が亡くなった時、この家には誰でも好きに出入りすることができた。
つまり、横内英二が誰かに殺された可能性が残っているのだ。




