五話 不気味なハーレム
俺のこの姿を見た絵里奈は微動だにしない。一体何を思ったのだろうか。嫌悪?
しかし固まっていた絵里奈は次の瞬間に満面の笑みを浮かべた。
「何だ三人ともめっちゃ仲良しじゃん! 予定より早くて安心したよ! いいねいいね!」
絵里奈は俺が二大美少女に抱き着かれている光景に満足気だ。
いや、ちょっと待って、この光景を見ていいねはおかしくないか? 俺を男として意識してなくても見るからにおかしいしやばいじゃん。
絵里奈はとても楽しそうというか心から嬉しそうだ。彼氏と別れたばかりの友人達が揃って同じ男にくっ付いているのを見て普通楽しそうにはしない。普通なら。
新藤さんと一条さんにくっつかれながらあーんされているこの光景の何が彼女を喜ばせるのだろうか? それに予定とは一体――。
「どうしたの? じっとこっちを見つめて? もしかして私に見とれちゃったのかなー! このこの、うりうり!」
「ひゃっはっはははっ! 肘で脇腹を弄んのやめろよ! そこ弱いんだよ!」
じっと絵里奈をみてると元気そうに俺にちょっかいを掛けてきた。俺と彼女の元の距離間だけは何も変わってないのが救いか。
ひとしきり俺を揶揄って満足した絵里奈は新藤さんの横に腰かけた。
「二人とも上手くいったよ! 明日からは新しい部活って事で大きな教室を使えるから皆でお昼を食べる事が出来るね!」
「さっすが絵里奈!」
「これで明日から皆で一緒に剛毅様と過ごす事が出来ますわね」
絵里奈が二人に向かって両手を腰にあてて胸を張りながら得意げにしている。
「絵里奈は何か部活を始めるのか? 皆って誰?」
絵里奈が何か部活を発足するらしいのだがその中に俺の名前があるのが気になったので聞いてみた。何やるんだろう?
「誰ってクラスの女の子達だよ! 内容はちょっと秘密かな! でも一緒に頑張ろうねー! あと才華! 教室で剛毅にキスしたって本当なの!? 学校中の噂になってるよ!」
「はあぁぁぁっ!? 何抜け駆けしてんのよ!? 私だって旦那様としたいのに!」
新藤さんは憤然として一条さんに食って掛かった。絵里奈が口調こそ咎める感じだけどやはりどことなく楽しそうだ。
……あれもう噂になってるの? 教室には他に人はいなかったと思うけどやっぱり誰かに見られていたのか……。
「剛毅様に見とれてしまい気づいたら口付けとかを交わしていたのです。それに恋は戦争ですわよ。あなたも朝に似たような事をしたことですし許してくださいな」
「ずるいよ!! 酷いよ!! 私も旦那様といっぱいしたいよ!! うわあぁん!!」
一条さんは得意気になって新藤さんを挑発し始める。新藤さんはそれが気に食わなくて顔を歪ませながら絵里奈に泣きついた。
「もう泣かないの」
「だって才華があ……! 私の旦那様と! 私もいちゃいちゃしたい……!」
「朝のあれで才華も嫉妬しちゃったんだよ。莉愛に意地悪する為に才華がそんな事する?」
「……しない。絶対にしない」
絵里奈が泣いてる新藤さんを慰めている。お互いに同級生のはずなのに絵里奈が凄い大人っぽく見える。
いや、これもおかしい。絵里奈って俺以外の人間にこんな感じで面倒見はよくなかった。
別に嫉妬してるとかではない。というか新藤さんのあれや一条さんのこれやでもう絵里奈の人間関係に嫉妬できる立場にある訳がない。
ただ異世界に行く前は絵里奈が他人に世話を焼く姿は余り見なかった。そして新藤さんはどっちかって言うと面倒見る側だったから珍しいような……。
「才華もほどほどにね。そんなんじゃ来たるべき日に我慢して貰う事になるよ。それに剛毅の評判を無駄に下げるような事になるのなら――」
「申し訳ございませんでした。もう二度とこのような事は致しませんので何卒お許しを……! 莉愛もごめんなさい……!」
見かねた絵里奈が苦笑いで一条さんをたしなめる。すると一条さんが地に頭を付けんばかりの勢いで謝罪し始めるのだ。
……いや、ナニコレ? どうして俺に一条さんがキスをしている事を絵里奈が当然のように捉えているんだ? 俺が恋愛対象外だとしても絶対におかしい。
もう彼女達の顔色を伺うのは一旦やめよう。ある意味緊急事態に陥っているのだから。
特に新藤さんと一条さんを下手に刺激するのは可能な限り避けたいけど、いい加減どういう状況なのか確認しなければならない。
「あのさ、ちょっと何が起こっているのか分からなくってさ。できればどういう事なのか教えてくれないか」
俺は意を決してなぜ絵里奈達がこのような態度を取っているのか聞いてみた。
今日起こっている事は異世界に行く前なら絶対に起こりえない事だ。あってたまるか。
しかし一つだけ。たった一つだけずっと目を背けてきたそれが起こるかもしれない心当たりがある。
新藤さんと一条さんのまるで当てつけかのような元彼達への辛辣な仕打ちと俺に対しての異様なまでの好感度の高さと執着。
そしてそれらを微笑ましく見ている面倒見のいい絵里奈という不可解極まりない状況が起こるとすればそれしかない。
でもそれはきっとありえない。だって女神様に頼んだぞ。魔王を倒した功績で一つだけお願いを聞いてくれたはずだ。
現に男子は問題がないし異世界へ行く前の状況その物だ。おかしいのは女子の男子や俺への対応だけ。
しかしだとしたら女子だけどうして……? 女子だけそのままであることになんの意味があるんだ?
最悪の事態を想定してしまい夏になっているはずなのに身震いしてしまう。もし俺の推測通りなら女子達は、三年五組はもう……。
「剛毅どうしたの? もしかして疲れた? 一緒に早退する?」
「大丈夫だよ、ありがとう。……新藤さんも一条さんも俺にそんな事するのが信じられなくて……。もしかしてからかわれているのかなって」
俺を気遣ってくれる絵里奈はかわいいけど今はそれどころじゃない。
これが俺を弄んでいるだけならよくないけどまだいい。二人の本性が実はビッチだったってだけだ。男遊びなんてある意味普通の女子高生らしいじゃない。
それならビッチが好みでない俺は今後距離を置けばいいだけの話だ。
しかし彼女達は笑顔だが真剣な面持ちでこちらに向き直ってきた。
「旦那様、何の心配もいりません。全部あたし達に任せてください。全ては旦那様だけを想い尽くす為に絶対に必要な事です。これからも精いっぱい旦那様の為に頑張りますね」
いつの間にか落ち着きを取り戻した新藤さんがとても慎ましく頭を下げてきた。
もはやギャルっぽさは霧散しておりとてもおしとやかな印象を抱かせる。少し頬を染めながらこちらを見据えてくるので思わずドギマギしてしまう。
「剛毅様にも思惑があるように私達にも思惑があるという事ですの。いつも愛しの剛毅様にはヤキモキさせられるので少しくらい許して欲しいものですわ」
対して一条さんには少しいたずらっぽくウインクされる。いつもは物静かなお嬢様然としている彼女の勝気な笑顔が珍しくて非常に魅力的だ。
「剛毅がモテモテだと私も凄い嬉しいな! でも手を出していいのはうちのクラスの女の子だけだよ! それ以外は絶対にNG! 一週間くらいしたら全部分かるよー!」
絵里奈の回答は全く答えになっていない。これではどういう事か分からないしはぐらかされているのと変わらない。
一条さんの言い分から察するにすぐに教えてくれる気はないのだろう。俺をヤキモキさせる意図があるらしい。
ただ絵里奈が拒否するならきっと他の女子も絶対に教えてくれない。一週間したら分かるらしいけど……。
しかしクラスの女子に手を出していいか……。
ほぼほぼ状況証拠は揃ったような物だけどもう少し集めたい。でも物的証拠なんかある訳ないし。……そうだ。
俺は周囲で聞き耳を立てている人がいないかどうか確認してから口を開いた。
「ちなみに三人に聞きたいんだけどさ。……異世界って行った事ある?」
俺はもうざっくばらんに彼女達へ質問をぶつける事にした。変な質問だけどもし行った事がなければ俺が変な奴扱いされるだけで終わる。どんな反応を返してくれるだろうか。
絵里奈達はお互いの顔を見合いながら怪訝そうな表情を浮かべる。
「莉愛、異世界って知ってる?」
「知ーらない。才華は?」
「聞いたこともありませんわ。いきなりどうされたんですの?」
俺の質問は彼女達に否定された。何が何やら分からないと言った感じらしい。言葉通りに受け取るなら俺が荒唐無稽な事を言っていると思っているように見て取れる。
「本当に? じゃあ何で俺にだけそんなに好意的なんだ? 先週の金曜日まではそうじゃなかった。もし知らないなら同じく男子の俺の事を嫌っていてもおかしくはないはずだろ?」
俺は抱いている疑問をぶつけずにはいられなかった。
女神様がクラス女子に接触して何かした可能性は? それで俺の望みを知って何かしたとかは? それなら辻褄が合うかも。
「誰を嫌いになろうが好きになろうがそれは私達の勝手だよ? それと何か異世界の存在を証明できる物があったりするの?」
「……いや、ないよ」
「だから一週間待ってって。そこで全部分かるからさ」
絵里奈から証拠の提示を要求されると口を閉じるしかなくなる。彼女からは有無を言わせない雰囲気を感じる。
彼女達が異世界を知ってると言う事を証明できる物はない。俺も異世界での戦闘力等はこちらに戻る時に全て失ってしまったから魔法等での実演は不可能だ。
これ以上追及は出来ないし、彼女達が知らないと言うのであれば今はそういう事にしておこう。どうせ遅かれ早かれ分かる事ではある。




