三話 友人とその許嫁の婚約破棄現場とそこに挟まる俺
ようやくお昼休みになったが今日はなかなかに不可解な一日だ。
俺達のクラスは元々男女共にとても仲が良かった。だから休み時間とか男女が一緒に会話する事も他のクラスよりとても多い。
例えば行事でも高校の合唱コンクールなどでは基本的に男子はあまり協力的ではない事が多いのだが、このクラスは男女共に積極的に協力し合い上手く纏まっていた。
なのに戻ってきてから本当に会話がない。正確には女子が男子を徹底して無視しているのだ。
なんで怒っているかが男子には分からない。話かけても反応もしてくれないし同じ空間にも居たくないようで、休み時間は多くの女子が外に消えるから原因究明も困難極まる。
俺が異世界からここに戻りたいと思った理由の一つに男女問わず仲が良いこのクラスに帰りたいと思った事が挙げられる。
俺はこのクラスが今までのクラスの中で一番好きだったのだが戻ってきたこのクラスはもはや真逆の状況である。
そんな中で彼女たちは俺にだけは凄くフレンドリーだ。お菓子を作ってきたから食べて欲しいとか勉強を教えて欲しいとか遊びに誘われたり等々……。
そして極めつけは距離が滅茶苦茶近い。皆に密着されて当たり前のようにスキンシップをしてくる。
そしてなんか女子達が色っぽい気がする。彼女達のおっぱいもなんか大きく見える。元々五組は綺麗な女子の集まりだったからそう感じるのかもしれない。
俺がおっきいおっぱいを好きだから特に見てしまうのかもしれないけど。
……元の世界に戻ってきて早くも色ボケが始まったか。
俺は頬を叩き小気味のいい音を教室に響かせた。いつまで勇者様気分でいるんだ、しっかりしないとな。
そして俺は女子に囲まれているので男子からは当然のようにハブられている。
現状彼らには神崎から新藤さんを寝取った上にそれを見せつけて優越感に浸るド畜生という扱いを受けているのだ。
異世界に行く前はいつも神崎とふざけあっていたのに今は会話などあるはずもない。うーん、まずいなあ。
とりあえずこのまま昼にしよう。そういえば新藤さんがお弁当を作ってくれたとか言ってたな。彼女はどこにいるんだろうか。
「婚約破棄ってどういう事だ!?」
「どうもこうもあなたのお父様のご説明通りですわ。綾小路さんとは昨日の時点で婚約破棄させて頂いてます。さようなら。もう二度と話し掛けないでくださいね」
廊下で男女の口論する声が教室内に響き渡る。まーたこのパターンなのか。朝の喧嘩と同じじゃないか。
男の方は綾小路だよな。ちょっと近づいて聞き耳を立てるか。どういう状況なのか調べないと。
よく見れば教室内には俺以外に誰もいなくなっている。
綾小路が相対しているのは一条才華という女子生徒だ。
絹のように美しいシルバーブロンドのポニーテールと新雪を思わせる白い肌が相まって妖精のような雰囲気を醸し出す。
それでいて清楚可憐で人形のように整った容姿と高身長で豊満なスタイルをしている。確か彼女は北欧系のハーフという話だ。
成績優秀で周囲に対して少し厳しい所もあるが基本的には優しい事から新藤さんと双璧をなす校内の二大美少女として人気がある。
ただ見た目遊んでそうな新藤さんよりも清楚可憐で男受けする見た目の一条さんの方が人気あるって皆言ってたっけ?
それに一条さんの方が新藤さんより綺麗……らしい?
俺は絵里奈第一だからどっちの方が人気で綺麗だと言われても何も変わらないけど。故に校内一の美少女だと言う声もあるくらいだ。
そして彼女の父親はこの世界に名を馳せる大企業――一条コンツェルンのオーナーだ。実家が大金持ちなので彼女も幼少の頃から英才教育を受けて育ってきたらしい。
つまり彼女は正真正銘のお嬢様なので俺たちとは住む世界が違う。本来なら進学校といえど、このような一般的な高校に来る事もなかった。
ではなぜこの高校に彼女がいるかと言えば、これまたファンの方々には残念ながら彼女は綾小路の許嫁で彼と一緒に学校生活を送る為に転入してきたのだ。
なんか現在進行形で破棄してるっぽいけど俺の認識では許嫁で間違いなかったはずだ。
綾小路の父親も会社を経営しているのだがそれが経営難になり、あわや一家離散の憂き目の所を一条さんの父親が色々な条件を設けて何とかしたらしい。
その条件の中にあの二人の婚約があるのだそうだ。
端的に言えば政略結婚だ。二人からはぶっちゃけまだ恋人って感じの甘い雰囲気は感じられなかったのは覚えている。
それでもお互いそれなりに仲良くしていて、将来の一条家と綾小路家の為に頑張る事を約束したって言ってたっけ。
綾小路からはこんな可憐で優しいスーパー美少女と結婚できるなんてまるで夢みたいだと耳にタコができるくらい自慢されたんだけど……。
「剛毅様? ネクタイが曲がっていますわよ?」
「……えっ、俺!? い、一条さんだよね?」
「はい、剛毅様の才華でございます。ちょっと失礼致しますね」
気付けば聞き耳を立てていた俺の目と鼻の先に笑顔の一条さんがいて話かけられる。……名前で呼ばれた!?
彼女もまた新藤さんと同じく友人の許嫁であり絵里奈の友人でもあるという関係で必要以上に親しくしなかったから普通に「有本さん」と呼ばれていたはずだ。
そしてこちらが息つく暇もなく一条さんはいきなり俺のネクタイを直し始めた。ずれてたのか。恥ずかしい……。
放置された綾小路は何が起こっているのか分からずあっけに取られている。彼女が俺のネクタイを直す行為に開いた口が塞がらないようだ。
そして一条さんはそんな彼を一切気に留める事もなく無視しながら直し始める。彼女の手が俺の首に優しく触れてくるのでちょっとこそばゆい。
「はい、これで大丈夫ですわ」
「かっこ悪い所見せちゃったなあ。ありがとう一条さん――一条さん?」
一条さんに直してもらったお礼を言ったのだが彼女は微動だにしない。なんか頬を赤らめてこちらを見つめている。
しかも彼女の吐息が直に感じられる距離だ。彼女の睫毛は非常にきめ細やかだ。そして鼻孔をくすぐる甘い香りが気になる。
さらに唇に薄く塗っているグロスが非常に瑞々しく透き通っており、彼女の容姿の非凡さをこれでもかと言わんばかりに強調する。
「申し訳ございません。あなたの凛々しいお顔に見惚れておりました。――んっ……!」
「!?」
一条さんの振る舞いがあまりに自然だったので反応が遅れたが気づいた時にはもう彼女と俺の間に距離はなかった。
彼女は目を瞑り少し背伸びをしながら、桜色の唇を俺のものに強く押し付けながら抱き着いてきた。まるで金縛りにあっているように固まってしまう。
しかもこれはあれがああしてああするやつですわぞ。いったい何が起こっているんですわぞ? そもそもですわぞって日本語としてどうなんですわぞ?
とりあえず彼女を引き離そうとするが全く離れようとしないで絡みついている。華奢に見えるのだがとても力強い。
いくらグロスが乱れようとお構いなしだ。
「何してんだ!」
そんな俺達を見過ごすはずもなく綾小路が俺を無理やりにでも一条さんから引き離す。
「どういう事だ、有本! まさか才華に手を出したんじゃないだろうな! 婚約者の僕だってキスなんてした事がないのに!」
「ど、どういう事なんだろうな。さっぱり分からない」
綾小路は顔を真っ赤にして俺に詰め寄り胸倉を掴まれる。急に婚約破棄を告げてきた女が他の男にキスしているのだ。そら怒るわな。怒るに決まってる。あれ、デジャビュ?
そういえば綾小路の場合は実家の融資にも関わってくるからただ一組の男女が破局しただけでは済まないかもしれない。お仕事がなくなる人がたくさん出てくるかもな。超やばい。
「私と剛毅様の契りの邪魔をしないで頂けます? 綾小路さんとの婚約はいつでも解消可能な条件の下で行われていましたわよね? 正規の方法で婚約破棄してますのに何の問題がありますの?」
一条さんはするりと綾小路の手から俺の胸倉を解放した。
そして再度乱れたネクタイを直し始める。その所作の一つ一つから彼女の育ちの良さが伺える。
しかし彼女のグロスの甘い匂いが僅かに残っていてむず痒い気持ちになる。
彼女の綾小路への言葉は非常に柔らかだが、内容には棘しかなく有無を言わせない凄みを感じさせる。
「えい」
「えっ!?」
そして彼女はそうするのがさも当然であるかのように俺の胸に身を預けてきた。……おっぱい超でっかい。これもう兵器だろ。
いやいや、そんな事を考えている場合じゃない。とにかく離れてもらわないと。
「一条さん一体どうしたの? 綾小路と別れたのは分かったんだけど、いきなり俺に抱き着いてきたりするのはこの上なく不自然かなって気がするんだよね」
「好き、好き、大好き。私の王子様。ご主人様の匂いも全部好き。私の全てはあなた色に染まり尽くしました。だから剛毅様も私の色でまた絶対に汚し尽くします……」
「一条さん、一旦落ち着こう。ここ教室だよ。公衆の面前だよ。だから離して。頼むから俺の話を聞いて」
「あなたの大好きな私のおっぱいも他の全てが剛毅様専用です。初めてをもう一度ご主人様に捧げる事が出来て才華は本当に幸せ者です。大好き大好き大好き大好き……!」
彼女は俺にしか聞こえないくらいの声で矢継ぎ早に囁いているのだが内容がやばすぎますねえ。俺の脳がこれは真面目な彼女なりのジョークなんだと認識するくらいにはやばいと思った。
あと俺はいつ一条さんの王子様とかご主人様になったんだよ。神に誓ってんなもんになった覚えだけはないわ。