二話 クラスのイケメンを振った元アイドルのギャルが俺にお弁当を作ってきた
俺と新藤莉愛さんの関係を表すと本当にただのクラスメイトなだけだ。挨拶はするけど別にクラス内で話す事はないというそれだけの関係。
別に彼女が嫌いな訳でもない。むしろ彼女の現役アイドル時代に絵里奈に連れられて二人でライブに行く事もあったので彼女のファンと言ってもよかった。
まあライブに行く一番の目的は楽しそうな絵里奈の顔を見る事だったので、どんなライブだったかはあんまり覚えてないが。
それでもファンではあるので高校が同じで驚いたし嬉しかったのだが、見るからに彼女は神崎と両想いだったからね。
そもそも俺は絵里奈が好きだったので他の男子とは異なりそれを微笑ましく見ていた。
さらに言えば神崎にも絵里奈にも変な誤解を与えない為に必要以上に親しくしないよう徹底していたのだ。
つまり俺にお弁当なんか絶対作ってこない関係という訳である。
そんな彼女がまるで神崎の事など心底どうでもよさそうな雰囲気を醸し出していて、困惑しかないがとりあえず朝の挨拶は返そうか。お弁当は断る。
「新藤さんおはよう。嬉しいけどなんで俺にお弁当作ってくれるんだ? そんな親しくないよね」
「……そうだよね。ごめん、何言ってんだろ」
俺の疑問の言葉に新藤さんは目に見えて落胆した。
いや、勿論お弁当は嬉しい。元人気アイドルの新藤さんに作って貰えるなんて役得と言わざるを得ないだろう。
しかしだからと言って親しくない人からお弁当をいきなり貰うのは怖いから、本来ならこのまま断っているんだけど……。
新藤さんの後ろで両手を合わせてお願いしてくる絵里奈の姿を見てしまうともう答えは一つしかないんですなあ。かわいい。
「でもせっかく作ってきてくれたならやっぱり食べたいな! 頂いてもいいかな?」
「うん!! 今回のは三時間くらいかけた自信作だから期待しててよね! 有本君が好きだった焼き魚とか煮物中心だからね!」
「よかったね、莉愛!」
「絵里奈……。ありがとう」
俺の為に作ってくれた以上はありがたく頂きたい。それに絵里奈が試食してるなら大丈夫だし、彼女の顔を立てる意味でも食べないといけない。
絵里奈は微笑ましそうにこちらを見ている。超かわいい。
……ん? どうして新藤さんは俺の好物を知ってるんだ? 俺の好物は和風で高校生にしては渋いとよく言われる。絵里奈に聞いたのかな。
「有本君、おはよう!」
「剛毅様! 今日も素敵ですわ!」
「今度一緒に遊びに行こうねー!」
女子達が先ほどの険悪な空気を霧散させて俺に群がってきた。なんか黄色い歓声というか熱気のような物が感じられる。
マジか、ついに人生最大のモテ期来ちゃった!? きっと元勇者としてのイケメンオーラがにじみ出てるに違いない。いやー、超うれしいわ。
そして男子はと言うとこの異様な光景に気圧されている。異世界に行く前はこんなに俺が大勢の女子に言い寄られた事は一度もなかった。神崎に群がっているなら分かるけど。
彼らからは若干俺に対して敵意を向けてられているような気もする。いうほど若干でもないな。もう敵意しかない。くっそやばいよ、これ。
「有本、どういう事だ。なんでお前が莉愛に弁当を作って貰ってんだよ! 俺だって一度も作ってきて貰ってないのに!」
「俺も何が起こっているか分かんなくてなあ。ちょっとなんとも言えない」
神崎は俺の手首を掴みながら突っかかってきた。自分に別れを告げた元恋人であり幼馴染が他の男の為に弁当を作ってきているのだ。まあ怒るわな。怒らない訳がない。
怒る神崎に説明のしようもないからこう言うしかなかった。絵里奈の好感度目当てにお弁当を受け取ったのは非常に軽率だったと言わざるを得ない。
そしてそれを見た瞬間、新藤さんの柳眉が逆立ち神崎に詰め寄りだした。
「あたしが誰にお弁当を作ろうが神崎に何の関係があんの? 汚い手であたしの旦那――有本君に触んないでよ! 二度とあたしを名前で呼ばないで!」
「なん……で……」
彼女の情け容赦のない罵倒に神崎は言葉を失ってしまう。うーん、これは一体……?
そして彼女は俺の手首を神崎から奪取してしゃがみ込む。先ほどとは打って変わりそして愛おしそうに撫で始めた。くすぐったい。
さっきから神崎に対して汚いものを見るような目で心底不快そうにしていたが、どうやら名前呼びすら許せないらしい。
「旦那――有本君。神崎のせいで手首汚れたよね? ぜったいばっちいね。消毒しなきゃ、消毒、しょーどく――」
手首が汚れてる? もしかして神崎の手になんか汚いのでもついてたのか?
特にそんな風でもないしあれな臭いもしないけどそうなのかもしれないと思い手首を目元に持っていこうとした。
しかしそれを確認する事は出来なかった。なぜなら新藤さんが俺の手首を両手でしっかりと固定して一心不乱に舐め始めたからだ。
……えっ、何してんの!? いきなりの事で理解が追い付かない。超怖くて動けない。ここ教室ですよ。
「新藤さん、いきなりどうしたの? ちょっと放して……。こんな教室でやる事じゃないよ」
「ああ汚い汚い。あいつの汚い臭いがあたしの最愛の有本君を汚染して気持ち悪い。あたしが誠心誠意綺麗にしないと……」
彼女に俺の言葉は届かない。これが学校二大美少女で元人気アイドルの姿だなんて信じたくない人も多いだろう。少なくとも俺は信じないね。
あと舐めてるの言う程手首か? 極力手首を避けて手のひらばっかに行ってないか。
「あのちょっと聞いてる? もうやめとこうよ、ね?」
「あたしがいっぱいお世話するんだ。誰よりも有本君を甘やかすんだ。絵里奈よりももっともっともっといっぱいいっぱいいっぱい」
彼女を刺激しないように言葉を選びながら新藤さんに声をかけるのだが夢中になった新藤さんに俺の言葉は届かない。
鬼気迫る表情で息絶えになりながら続けている。まるで何かに取り憑かれてようだ。こわひ……。あと俺は別に甘やかされる必要ないでやんす。
「莉愛、気持ちは凄いよく分かるけどその辺でやめた方がいいよ」
「……」
絵里奈が苦笑しながらやんわりと新藤さんに指摘したが彼女は未だに止める様子がない。
「他の子達だって凄く我慢してるんだよ? 莉愛だけが独占するの?」
「あっ……、ごめんなさい」
ほんの僅かに語気を強めた絵里奈の言葉で新藤さんは我に帰ったのか俺の手首を解放した。他の子達? 女子の事?
絵里奈の言葉が引っかかったので女子に何気なく視線をやる。彼女達が新藤さんへ眼差しを向けているのだがそこに籠っている感情は……嫉妬?
「手がびちゃびちゃじゃない。拭いたげる。莉愛は口の中をゆすいできたら? 剛毅から消毒した神崎の汚いのがあるんでしょ?」
「!?」
絵里奈が満面の笑みで花柄のハンカチを取り出して俺の手を取る。
新藤さんはというと絵里奈の言葉を聞くや否や顔を苦渋に歪ませて教室の外へ駆け出した。……そんなに神崎の匂いは臭いのか。
「なんでだよ……。ずっと一緒だったのにこんなの……」
一方で神崎は彼女から受けた仕打ちに呆然自失としている。当たり前だ。幼馴染で彼女のこんな姿を見たら立ち直れないだろう。
他の男子も憧れの新藤さんの晒した姿に何が何やらと言った様子だ。
そして俺はというと笑顔の絵里奈に甲斐甲斐しく手を拭かれている。なんでいい年して好きな女に子供みたいに世話焼かれてんだか。
俺は勢いに任せて絵里奈から手を解放しようと思ったのだが彼女に阻まれてしまう。
「絵里奈放せ。それくらい自分でできる」
「なーに照れてんの? 私たちの仲じゃない! 任せてよ!」
俺の意を介さず絵里奈は俺の手を甲斐甲斐しく拭き続ける。
想い人に世話をして貰えるのは確かに嬉しい。しかしどう好意的に見てもこれは姉が手のかかる弟の世話をしている様子でしかない。
絶対俺の事は男というか異性として見てないよな。俺は彼女から見て世話の焼ける弟とか家族とか言うカテゴリーに入っているとしか思えない。
さっきの新藤さんとの一連のやり取りを見て嬉しそうにしてたのもそうに違いない。
仲がよさそうな幼馴染であるのかもしれないがこれはいけない。恋愛関係に発展する事のないぬるま湯の関係だ。
このぬるま湯の関係で満足しているうちにいい男が現れて絵里奈がそいつに恋をして、もう二度と俺の世話なんかしなくなるパターンなんだろ。俺知ってます。
あーあ、絵里奈にも異世界での記憶があればなー! そうすれば超かっこいい俺の姿に彼女もメロメロになって男として見られる事、間違いなしなんだけどなー!
しかしない物は仕方あるまい。これからの俺は弟分ではなく一人の男だという事を分からせてやらないといかんな。
もたもたしていると本当にぽっと出の男に取られるやもしれん。勇者として男らしい所を全身全霊でアピールする必要があるらしい。
とりあえず絵里奈に世話を焼かれまくっているこの現状の脱却は必須だな。傍から見ると男として頼りなく見える事だろう。
「お前ら何騒いでんだ! 少し早いが朝の会を始めるぞ」
先生がやってきたので一旦お開きになった。そういえば先生は転移の時に居なかったから本当に十年ぶりだな。
これでようやっと求めていた日常が戻ってきた感がある。先ほどの惨状とこれからの事に対しての不安から目を逸らせばの話だけど。