プロローグ
「さっさと消えろ虫けら。目障りだ」
「あんたの首をくれるなら消えてやるよ、魔王」
山のように大きく圧倒的な威圧感を放つ魔王と呼ばれる怪物と俺は魔王城で剣を交えていた。
戦いの損害は激しく城の屋根は完膚なきまでに破壊され暗雲が広がる暗黒の世界で尚も対峙する。
無数の魔物の群れの死体がより一層血生臭い様相を呈している。
既に俺は三日三晩の死闘を演じていて疲労困憊だ。鎧も激しい攻撃を受けてボロボロの状態で後どれだけ持ちこたえられるか分からない。
しかし十年の時を経てやっとここまでたどり着いたのだ。必ず使命を果たさねばならない。
「これが最後の一撃だ! くらえ!」
「何!? グオアアアアアアアッーーーーー!!」
一瞬の隙をついて俺が魔王に放った一撃は見事急所を捉え、魔王は絶叫しながら倒れる。数刻待ってみたのだが全く動く気配が見られない。
これで魔王は絶命した。俺は遂に十年にも渡る闘いに終止符を打ったのだ。
そして次の瞬間に一筋の光が魔王城に差し込み神聖な雰囲気を纏った美しい女性が姿を現した。
『私はこの世界の女神。魔王を倒して下さりありがとうございます。これで世界は救われるでしょう。お礼に一つだけ勇者ゴウキの願いを叶えて差し上げましょう』
女神と名乗る美しい女性が厳かな雰囲気を保ちつつもとても嬉しそうに語りかける。そうか喜んで貰えてよかった。
「俺たちは元の世界に帰れますか? 死んでしまったクラスメートはどうなりますか?」
俺は思いの丈を伝える事にした。
多くのクラスメート達がこの世界に召喚されて戦いの中で死んでいった。その帰りを待つ家族や友人も大勢いるはずだ。
理不尽に運命を狂わされたまま終わるのではあまりに悲しい。この召喚がなければ皆の将来もまた違った物になったはずだからずっとなんとかしたいと思っていた。
だから願いを叶えられないか女神様に一縷の望みを託す。頼む、成就可能であってくれ。
『あなた方を死んでしまった友も含め召喚前のタイミングへ元の世界に戻す事が出来るでしょう。もしかすると一日二日ずれるかもしれませんが』
「本当ですか! じゃあそうなる時に俺達のこの世界での記憶を全部消す事は可能ですか? 色々関係が変わりすぎたから戻っても不都合が出てきそうなんです」
俺の願いに女神様は渋い顔を見せる。どうやら想定していなかった願いらしい。
『本来そういった事はみだりに行えないのですがあなたの望みならば叶えましょう。しかしそれを望まぬ者もいるのでは? 確かにあなたの願いは正しいのですが……』
「俺の望みを叶えるにはもうこれしか手はありません。最初で最後の我儘を許して頂けませんか? 皆の為なんです」
俺としてもこの願いだけは絶対に叶えたい。だから彼女が渋ろうとも強く主張すると決めていた。
『分かりました。しかし神々のルール上、願い主であるあなたの異世界での記憶等は残しますがよろしいですね?』
「背に腹は代えられません。それに我儘を聞いて頂く以上は受け入れます。……さよなら、皆。女神様、ありがとうございます」
俺は女神様へ心からのお礼を述べながら再度思いをはせる。
俺個人の幸せだけを考えるならば皆の記憶は残す。この世界で得た掛けがえのない大切な人たちとの絆をリセットしたくない。ずっと一緒に過ごしたいし幸せにしたい。
だから本音を言えば俺もその人達との絆を消すなら自分の記憶も消したかった。俺だけ覚えているのはきっと寂しいから全て忘れてしまいたい。
しかし俺達の記憶を消さないで元の世界に戻るには色々ありすぎた。かといって元の世界にも愛する家族はいるから戻らないと言うのは出来ないし、異世界の関係を持ち込む訳には行かない。
異世界召喚がクラスメートたちを変えてしまったのだ。
『勇者ゴウキと愛する者達へ幸あらんことを……』
女神様が俺とここにはいないクラスメートの為に祈ってくれている。本当にありがたい事だ。
苦渋の選択だったが仕方あるまい。しかしこうでもしないと皆もそうだけどクラス外の人間にも多大な被害が及び人生を狂わせてしまう。
俺が勝手に記憶を消した事を知れば皆は怒るだろう。いや、怒るだけで済めばいいかな。絶縁されてもおかしくない。
俺は魔王城の静寂の中で一心に祈る。これが一番丸く収まる方法である事を信じて。
今日は人生における再生の日だ。崩壊した三年五組がやり直す為の始まりの日なのだから。奇跡的に得たチャンスだから一瞬たりとも無駄にはできない。
神様、どうかクラスの皆が幸せになれますように。




