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菊理となって、異世界に転移して

 チッス、オラ菊理。新大陸に上陸したぜ。

 

 ……何て、現実逃避している場合じゃないな。移動に使用した飛空艇を宝物庫に仕舞い、改めて現実を見る。

 眼前に広がるは雪と氷の世界。空は曇天、吹雪が吹き荒び、白い雪が宙を舞う。気温は低く、風が吹いているので、体感温度は冷凍庫よりも低い。自分は『一定範囲内の空間の外気温を快適な温度に保つ魔法具』のペンダントを首から下げているので、寒さとは無縁だ。顔に張り付く雪は、風の障壁で散らしているので問題はない。

 海抜百メートルの高さしかないのに、冬の高山の如き景色が広がっている。

 異世界にて隠居先を探し求め、霧の海を越え、新大陸に上陸したら、こんな光景が広がるとか無いでしょう。どんだけ運が無いのよ。

 嘆息を零しつつ、内陸に向かって移動する事、約一時間。

 再び、現実逃避したくなる事が起きた、と言うか発見した。

 いやね。魔物の襲撃の警戒として気配探知技能を使いながら、童心に帰って雪原で遊んでいたら探知に引っかかったのよ。何故遊んでいたかは聞かないでね。

 反応が小さいから、小型の魔物かな? って見に行ったら、驚きの余り現実に引き戻された。

 だって赤い染みが広がっていたんだよ。思わず『殺人現場かよ!』って声に出して突っ込んだ位に驚いた。

 でも、よくよく見ると、赤い染みじゃなくて、赤色の毛だった。

 赤い毛の周囲の雪を退けるように掘ると、今度は『耳』が出て来た。創作物語によく出て来る『エルフ』みたいに先が尖っている。

 掘り進めると人間が出て来た。しかも、男。年齢は二十代半ばだろう。かなり整った容姿をしている。眠り姫ならぬ、眠り王子かね? 身も心も純真な乙女の出番じゃね? この辺に自分以外の人間がいるとは思えないけど。

 ただし、これ以上はふざけてはいられないようだ。

 石膏のように白い頬に触れると、異様に冷たかった。呼吸はあるが、揺さぶっても起きない。

 ――これ、凍死寸前じゃね?

 頭の中の冷静な部分がそう判断を下した。

 第一村人発見ならぬ、第一住人発見。おまけで凍死しかけてるよってどうなんだろう。

 とりあえず、男の全身を雪から掘り出した。黒いロングコートの下は同色の服だが、左胸と両肩に紺の飾りが入っているので、どことなく軍服っぽく見える。腰に剣を帯びているので尚更である。

 道具入れから毛布を取り出し、簀巻きにするように包んで、肩に担いだ。

 飛空艇を出せるぐらいに広い場所に移動しよう――そう思って、立ち上がったら視界の隅で何かがキラリと光った。

 内心で首を捻り、まさかだよね~、と思いつつ光源に近づいてみると、肩に担いだ赤毛と同じ状態の奴がもう一人いた。

 結局、凍死しかけの男を二人担いで移動する事になった。 



 少し離れた――と言うよりも、数十メートルほど高所に移動すると、飛空艇を出すのにちょうどいい広さがある場所に出た。

 飛空艇を出して乗り込み、ブリッジに移動。遠隔操作で暖房を入れる。

 ブリッジ――と言っても、この飛空艇には戦闘艦みたいな操舵室や艦橋は存在しない。作らなかったのは、参考物件と『飛空艇内部のどこにいても動かせた方が便利そうだし、居住スペースの確保も出来る』これらの理由から。

 故に、ブリッジの名は飛空艇を操縦する際によくここにいるから、便宜上付けただけなのだ。意味が無いとか言ってはいけない。

 さてさて、ブリッジのごろ寝用ソファーに男共を寝かせる。簀巻き状態で覚醒後、パニックを起こされても困るので、簀巻き状態を解いてから普通に寝かせた。

 対人鑑定スキルを使って容体の確認をする。体温低下、意識混濁等々が出て来た。雪に埋まっていたから当然か。

 ハーブティーを入れて休憩しつつ、『これまで』と『これから』を思う。

 


 例の如く、自分は転生先で記憶を取り戻した。

 場所は、久しぶりの二十一世紀の平成の日本。米と味噌汁が美味しいです。

 記憶を取り戻した時の年齢は二十二歳。高卒で社会人だった。

 天涯孤独、バイトをしながら通信制の学校に通い卒業。親族? 亡き両親の遺産だけ持ってどこかに行ったわ。

 何で記憶を取り戻したのかって? 同僚に交差点で突き飛ばされ、車に轢かれて重傷を負ったのが原因。同僚は通りすがりの覆面パトカーに乗った警察に現行犯で捕まった。運の無い奴だ。

 しかも、突き飛ばした理由が胸糞悪い。学歴を理由に殺人に走るか? 上司に気に入られて腹が立つとか、馬鹿の極みだろ。その上司に気に入られてもいない。学歴を理由にセクハラするしか能のない上司だっつうの! 

 まぁ、今一件で無事に退職出来たので、ちょっとしたお呪い(おまじない)(呪いじゃないよ)をかけて我慢した。

 ちなみに、お呪いの内容は次の通り。

 

 ・六十歳になる前に禿げになる確率五割上昇

 ・水虫に罹り、治らない確率五割上昇

 ・六十歳を過ぎてから豚のようによく肥える確率五割上昇

 

 他にも色々とかけたかったがこの三つで我慢した。いやね、『階段で転んだら股裂きの痛みを味わう』とか、『熟年離婚する確率六割上昇』とか、他にも色々とかけたかったよ。

 ……話しを戻そう。

 慰謝料や保険金などを受け取って退院後、ごねられたけど退職した。魔法が使えるとリハビリ不要になるので、非常に便利だ。

 金の亡者の親族から逃走する為に、全く進んでいない聖結晶の研究場所の確保の為に――魔法が使えても問題のないところに移住を決めた。

 故郷たる日本に転生出来たのは嬉しいんだけど、研究物を抱えている身としては場所の確保が難しいので、良し悪しが微妙なところ。創作物語などが溢れているので、武器や魔法の研究と開発の参考資料を探す上では良いんだけどね。

 そんな訳で、転居の準備を始めて、一年後。大量の食糧(米と味噌と調味料や甘味料やお菓子含む)と参考資料(ゲームや漫画の設定資料集類や世界の神話の解説書など)自分の魔力で転移可能な異世界に転移した。

 日本のどこかの無人島でも良かったが、面倒事に巻き込まれるのは嫌だから諦めました。

 そして、すっかり忘れていた『いつもの九名の捜索』だが、探索範囲内にいなかった。転移先でもう一度捜索すれば見つかるかもしれないと、気持ちを切り替えた。

 

 

 転移先は、魔法が存在する世界。この世界で誕生するものは皆魔力を持って生まれるらしい。種族も、人間族、獣人族、魔人族などと複数の種族が存在する。種族差別や戦争なども起きていたが、想定範囲内。

 生活様式は――魔法の世界でよくある――中世のヨーロッパ程度。風呂とシャワーは存在しないが、体を洗う習慣は根付いている。トイレも有る。リアル中世のヨーロッパとか体を洗う習慣すらなく、体臭を香水で誤魔化していたって話しだ。体を洗うようになったのは伝染病(ペストとコレラどっちだっけ? 両方か?)が広まってからって言うし。最悪、水を浴びればオッケーってどっから出て来たんだろうね。

 交通手段に、ワイバーンや空馬車(そらばしゃ)(天馬に引かせ空を走る馬車)何てものが存在する。長距離空間転移の魔法は存在しない。自分は使えるので、人前で使ったら異端扱いされそう。

 まぁ、人に関わる気が無いからいいんだけどね。

 転移してから二か月後。やっと見つけた人里離れた山奥に引き籠り、その十日後。騒動の火種がやって来た。

 やって来たのは一人の魔人族の青年。青い髪と魔人族の特徴である赤い瞳(これは本人から聞いた)、浅黒い肌に大柄な体躯。軍人と言われれば納得出来る外見なのだが、その手に持っているのは剣ではなく、杖だった。

 杖に見覚えはないが、杖が放つ独特な雰囲気には覚えがある。記憶を探り、男と杖の正体に気付いた瞬間思わず顔を顰め、男の追い出しを試みて――失敗した。無念。

 大人げない事にこの男、本気で攻撃を放って来たのだ。お蔭で周囲が更地になった。新しい隠居先を探さねば。

 壁に穴の開いた自宅で荷物をまとめ始めると、今度は羽交い絞めにされて引き留められる。

 空気鉄砲の要領で放つ衝撃波で、正面を除く、全方位からタコ殴りにして引き剝がす。それでも縋り付いて来たので、衝撃波を尻に三発叩き込んで沈黙させる。五秒数えても動かない。放置して荷造りを始めた。



 荷造りと言っても道具入れに放り込むだけである。

 ここに来て既に十日も経っているが、作り置きの食糧類の作成以外何もやっていなかった。疲れてから食事を作るのは億劫――と言う経験から、研究類で引き籠る時についた癖だ。味覚の鈍さを理由に、食事を適当に済ます癖を直す為に行っている。

 お陰で多少自作料理に(うるさ)くなった気もしなくはないが、技量が上がり、レパートリーが増えているので良しとしよう。

 男が来た時、今日分の作業が終わり片付け中だったのが幸いだった。何かを作っている最中にやって来たら、多分、マジ切れしていただろう。

 忘れ物の有無を確認してから自宅を出ると、しつこい事に男が待ち構えていた。尻を抑えているところから察するに、ダメージがまだ残っているようだ。

 問答無用で衝撃波を叩き込んで逃走も有りかな? そんな事を考え始めると、男はこちらを無視して長ったらしい話を勝手に始めた。

 まとめると次の通り。



 ・男は代々管理化身(かんりけしん)を務める一族の長で、現管理化身。

 ・大陸の北、年中霧が発生している通称『霧の海』の先の大陸に異変発生。異変は不明。

 ・上陸を試みたが霧に『方向感覚を狂わせる』作用が有り、未だに上陸できず。

 ・そこに自分がやって来たので助力を求めたい。


 

 返事? 当然却下だ。何が悲しくて、隠居先でやりたくもない仕事をせねばならんのだ!

 しかし、この世界では隠居先を探すのも一苦労で、この場所を探し出すのに二ヶ月もかかった。原因? 戦争だよ。



 この世界――と言うか、大陸では人間、獣人、魔人の三つの種族が千年以上戦争をしている。それぞれが別の神を崇め、その神を祀る教会も三つに分かれている。

 その神も未だにこの世界にいるとかで、神官経由で色々と干渉している。

 その結果、未だに終わりの兆しが見えない。終わりの兆しが見えても、何故か『神敵を滅ぼさずして終戦とは言わぬ』と教会関係者の謎の主張が元で戦争が激化するのだ。

 これは神が『人間を娯楽に使って遊び愉しんでいる』のだろう。神ならば不老不死のものが多い。時間を持て余した神は、自ら引き起こした不幸ですら『手に汗握る、心躍る、貴重な娯楽』にしてしまう。恐らくだが、この世界の神もそうなのだろう。

 人によっては神が諸悪の根源ではないのかと首を傾げるような状況だ。しかし、転生の旅をしているとこの世界の状況は、特別珍しい状況ではない。

 むしろ逆だ。

 魔法が有る世界だと、『魔法を人間に授けた存在』を神として祀り崇める事が多い。

 神として祭り上げられた存在を利用して、金と利権を欲しがる奴が湧いて来る事も多かった。この世界では、湧いてきた奴が戦争を激化させる要因にもなった。どこの世界にも純粋な信仰心を持ったものもいたが、行き過ぎて狂信になったものもいた。

 湧いて来た奴はこの狂信者を厚遇し、神の御告げと言って、戦争を激化させた。

 戦争を激化させて得るのは金。

 戦争資金と称して税金を巻き上げる奴が多かった。実際は巻き上げた奴の娯楽豪遊に使用されたが。これを真似する奴が多かった。余りにも多く、『裕福な生活がしたければ、上級神官か上級司祭に成れ』と言われる程に。

 教会を非難したり、陰口を叩いたりすれば『神を侮辱した愚か者』として捕縛し、異端として処刑してしまえば、恐怖政治に似た効果をもたらす。自然と教会の権力は上がって行く。何なのこの流れ? 

 まぁ、自分を異端認定したり攻撃して来た時は、見せしめも兼ねて『迷わず殲滅戦』をする。肝心なのは二度と手を出してはならないと認識させる事で、大量殺戮ではない。人間は分からないものを恐れ排除しにかかる。だから、『排除不可能、手を出してはいけない怖いもの。ただし、手を出さなければ無害』と言った感じにするのだ。加減は難しいが、可能なら一回で済ませる。何度やっても排除失敗だと、『この手段ならいけるかも』と言う、期待を持たせる可能性がある。故に一回。大体、一方的な殲滅戦を行えば干渉はほぼなくなる。生き残りに『手を出してこなければ何もしない(意訳)』と言った内容の伝言を持たせる。これで終わらない時は、教会本部に一発やるんだけどね。

 お話しが手荒になる時も有ったが、その世界の情勢に関しては無関心を貫く。その世界の住人じゃない部外者がしゃしゃり出る必要はない。

 

 

 ……話しが大分ずれたわね。

 短く言うなら『戦争で次の隠居先探すの超難関』と言ったところか。

 短すぎる気もするが、大体合っている。

 上から目線で手を貸せと、ほざく男の股間に衝撃波を叩きこんで悶絶させ、目を閉じ腕を組んでしばし考える。

 この大陸で次の隠居先を探すのは大変。なら、別の大陸に行けば良くない? では、どこの大陸に行く? 

 股間を抑えて目の前に転がって来た男の背中を踏み付け、……ちょうど良い折衷案が浮かぶ。

 折衷案と言っても、『霧の海を越えた先の大陸に行けるようにする』だけ。

 簡単に言うと、超長距離転移を可能とする魔法具(出入口)を二か所に設置するだけだ。

 これなら、この男の手助けは、一応は付くが、したになる。

 そして、自分は新しい隠居先が探せる。この大陸に戻れなくてもいいし。

 良いね、この案。

 早速、男に提案し、同意させた。

 股間を抑えてホロホロ泣く程度には嬉しかったようだ。

 即行で魔法具を作って男に持たせて帰らせた。材料? 提案者だから自分持ちだよ。大量に必要って訳じゃないしね。

 荷造り確認をしてから、飛空艇を取り出し、北に向かうのだった。



 そして、現在に戻る。

 地球から持って来たハーブティーが美味しい。ちなみに今飲んでいるのはペパーミントだ。スペアミントよりも苦みが有るが、持って来た蜂蜜を入れているので気にならない。スッとする清涼感は気分替えには最高なのだ。

「ん……ぅ……」

 小さな呻き声が聞こえて来た。意識が戻ったのだろうか。

 ティーカップをテーブルに置いてもぞもぞと動いている赤毛の傍に近寄る。

 目は開いているが、白群色に似た色素の薄い水色の瞳の焦点が合っていない。数度の瞬き後、こちらと視線が合った。赤毛の眼前で手を振ると不思議そうな顔をする。意識ははっきりとしているな。

「何を、している?」

「あれ? 凍死寸前だったくせに喋れるの?」

 赤毛は呆れ顔を作って言葉を放った。対人鑑定スキルを使って、赤毛の容体の確認をする。回復したのか、問題はなかった。

 ぼんやりとしているが、喋れるぐらいに回復しているのなら今の内に色々と聞いておこう。

「アンタ雪に埋まって、凍死寸前だったけど、何でいたの?」

氷冥王(ひょうめいおう)の王城に封印されている魔剣の回収に向かっていた」

 氷冥王って誰だよ? 突っ込みたい気持ちをぐっとこらえて、次の質問を行う。

「一人で向かったの? 他に誰かいた?」

「二十人の雪原踏破隊が、急遽、結成された」

「全員無事だった?」

「いや、魔物の集団に襲われた。俺ともう一人以外全滅した……」

 漸く、思考ががはっきりとして来たのだろう。

 僅かに息を飲んで瞬きをする事数度、赤毛は目を見開いて飛び起きた。

 危うく頭突きを貰うところだった。スウェーバックのように上体を逸らすのが僅かにでも遅かったら、額に一発貰っただろう。

 飛び起きた赤毛はこちらを無視し、周囲を見回し、少し離れた所の長椅子で未だに眠っている金髪を見て安堵の息を零した。

「あっちの金髪も、あんたと同じように雪に埋まってたよ」

「そうか……礼を言う」

 反応を見るに、どうやら大事なお仲間か、友人らしいな。

 キッチンから白湯入りのカップを持って来ると、赤毛は歩き回り、周囲を物珍しげに見回している。

 ……色んな世界に転生して来たからか、この反応で分かる事が一つ有る。

 それは、この大陸に機械文明が有るか否かだ。

 機械文明が存在しない場所は、機械を生み出す『科学技術』もない事が多く、『化学』もあまり発達していないところが多かった。

 発達していない理由は、魔法が便利と言えるレベルで発達しているからだ。

 専用の道具もなしに、魔力を用いるだけで望んだ結果(魔力に依存するので個人差はあるが)が出せる。詠唱するだけでいいのなら口伝で伝えられる。

 魔法のように科学技術が進んだ魔法がない世界であっても、稀に『魔法の方が便利』と思える事が有る。やはり、道具の有無で望んだ結果が出せるか否かと言うのは大きい。

 さて、赤毛の様子だと、この大陸に機械文明はなさそう。

 魔物を利用した空を移動する手段は存在するかもしれないが。

 赤毛に白湯を勧める。受け取った赤毛があれこれと聞いて来たので、逆にこちらからも質問をした。

 管理化身の野郎が行き来出来るようにすれば、仕事は終わったも同然。新しい隠居先が探せる。

 隠居先を見つけて、早く聖結晶の研究がやりたい。何について調べるか紙に書き出していたが、一向に進んでいない。研究が終わったら武具に加工する際にどう使うかとかも調べたい。

 その為に、仕事をさっさと終わらせたい。

 情報交換の結果、赤毛と金髪の手伝いをする代わりに隠居先の候補を紹介してくれる事になった。

 取引が成立したので、改めて名前を名乗り合う。自己紹介すっ飛ばしで、情報交換と化してたからね。

 ちなみに、赤毛の名前はケイデン、金髪はブレークだった。

 その金髪事――ブレークは、ケイデンと名乗り合っていたら寝起き早々、何やっているんだと、緑色の目でこちらを睨みながらツッコミを入れて来た。現在、ケイデンが状況の説明を行っている。

 その間に、ブレーク用の白湯入りのカップをキッチンに取りに行った。戻って来ると説明が終わったらしく、ブレークは何故か額に手を当てていた。その姿は何と言うか、貧乏くじを引きに行く兄貴分に見える。

 カップを差し出すと、素直に受け取り、そのまま一気に飲み干した。熱湯と言う程ではないが、白湯の温度はそれなりに熱いのに、気にせず飲んだよこいつ。

 そして、こちらに向き直り、律儀な事に色々と礼を言って来る。

 そもそも、情報を求めて拾っただけだから気にするなと言えば、今度は済まなそうな顔をした。

 取引の事を考えればこの程度は大丈夫だ。

 しかし、ブレークには気にするなと言っても、あれこれ気を使わせそうだね。

 ちょっと二人にさせるか。お茶を入れて来ると言って、二人のカップを下げキッチンに向かった。再び戻ると諦め顔のブレークがいたが気にしない。 

 拾った第一住人のお蔭で良い方向に進みそうだ。

 この後は二人のお手伝いをこなして、隠居先の候補を紹介してもらうだけ。候補も二ヶ所紹介してもらえば、仕事も済ませられる。

 良い事尽くしだ。

 お茶が注がれたカップを並べて、今後の予定について話し合った。



 その後。

 飛空艇で氷冥王の王城に向かった。雪原を暢気に歩く気はない。童心に帰って遊んだあれはストレス発散である。

 転移魔法で移動しないのは、前にいた大陸に魔法そのものが存在しなかったのでこちらにもないと仮定しているからだ。妙な魔法が使えるとか教えなくてもいいだろう。

 さて、王城に封印されている魔剣について分かった事がある。

 ……と言っても『氷を操る魔剣』で説明出来るんだよね。

 ただし、『地面に突き刺すと魔剣を中心に半径数十キロ範囲を雪原地帯にする』と言う能力を、ただの操るに含めていいかは謎だが。

 この魔剣の保有者である氷冥王は、数百年前に死んでいる。しかし、魔剣は残されたままとなった。

 現在いるこの雪原は元々標高の高いただの高地だったらしい。氷冥王はこの高地を隠居先に選び、人払いとして魔剣を使って雪原地帯に変えた。死後、魔剣は地面に突き刺さったまま残された。

 一見、回収する理由はなさそうだが、雪原地帯が年々広がっているらしく、被害が出る前に回収するんだと。

 回収後の魔剣の扱いは現時点では不明。王命だから、取り合えず回収して来いと言われたらしい。

 これを知った自分の感想は、雑過ぎる、だった。

 取り合えず回収して来いはないだろ。雪原地帯の作成が可能な魔剣なんだから、破壊するとか、封印するとか、何かあるでしょ!?

 明らかに利用する気満々じゃないか。この二人も進言の一つや二つはしていそう。無視か却下を喰らっていそうだが。

 こいつらの上司の国王って相当なバカ? と内心で首を傾げる。

 色々と言いたい事は有るが、魔剣を回収しないと何も始まらない。

 暗雲立ち込める未来に、深いため息を吐いた。



 雪と氷の世界で、飛空艇は吹雪の中を飛んで行く。高地と言う話しは事実だったらしく、進行方向に向かって飛んで行くと徐々に標高が高くなっていった。眼下に広がる雪原は陸地にしか見えないが、飛空艇が飛んでいる高さを考えると、この高地はテーブルマウンテンのような山だったのだろう。

 ……テーブルマウンテンとは、富士山のように山頂が尖っている山ではなく、テーブルの名が付くように、山頂部分が平らな山だ。その為、遠目には『高さの有る台地』にしか見えない。地球でテーブルマウンテンと言えば、ギアナ高地が有名か。アフリカ大陸にも有ったはずだけど。

 でも、地球のテーブルマウンテンで雪化粧している写真は見た事がない。やっぱり異世界だからかな?

 閑話休題(それはともかく)

 本来ならば、一ヶ月以上かかる道のりを数時間で移動する。強風が吹き荒れ、舞い散る雪が視界を奪う中を歩いて移動する。

 お遊び以外で地上を歩くのは嫌な環境だな。飛空艇を作っておいて良かった。それなりに魔力を消費するが、得られる結果は帳尻が合う。

 一方、男二人は快適な空の旅に驚いている。ケイデンは窓から見える光景に歓声を上げて楽しんでいる。逆にブレークは『飛空艇が有れば』と真顔で呟いていた。過去の苦労が偲ばれる。ちゃんと送り届けるから安心しなさい。

 飛空艇が欲しいと言われても、材料の都合も有るが何に使われるか不明なので献上は出来ん。こいつらの王がどんな愚行に走るか分からんし。

 本当に責任問題は重いと思う。

 そんな事を考えていると、ブリッジの窓から氷に覆われた城(?)が見えて来た。

 ケイデンに尋ねると、あれが城らしい。

『らしい』を付けたのには、きちんと理由がある。

 見た目が城に見えないのだ。

 城壁のように並べられた氷の杭の先端が外に向いており、如何にも『来るもの拒む』と言った空気を醸している。城と言うよりも『砦』のような印象が強い。所謂『城砦』と言ったところか。

 石材ではなく、氷を積み上げて作ったのだろう。見た目は硝子で出来ているんじゃないかと訝しむ程に、透明度の高い氷で建物が作られている。氷の杭も同様だ。

 御伽話に出て来る城かよって、言いたくなる程の出来栄えだ。氷冥王って芸術美を追い求める派だったのか?

 城の周りを旋回しながら、着陸できる場所を探す。城内にスペースはなく、城から少し離れたところに着陸した。

 飛空艇の出入り口に向かう途中、男二人に予備で持っていた『外気温調整用魔法具』の金属板のペンダントを渡す。情報交換の際に、二人が魔法が使える事は確認済み。使い方を教え、起動状態で外に出ると、雪が顔に張り付いた。顔に張り付く雪を風の障壁で散らす。

 宝物庫に飛空艇を収納し、一瞬で飛空艇が消えた事に驚く男二人に先を促して雪道を歩く。

 着陸する前の目算では三十分歩けば着くだろう。魔法具も有るから快適な道だと、そう思っていた。

「「っ!?」」「え?」

 数分歩いたところで、足元が崩れた。二人の腕を即座に掴み、重力魔法で宙に浮き上がる。下を見ると、暗くて底の見えない深~い谷底が見える。どうやら、クレバスの直上を歩いていたらしい。ヒュオーっと、風が音を立てて吹いた。

 先を見ると、クレバスが続いている。歩いて行ってまた落ちかけるのは面倒そうだな。

 二人にしがみ付かせて、重力魔法による疑似飛行で城に向かう事にした。



 数分後。かっ飛ばした訳ではないが、思っていた以上に早くに着いた。やっぱり、空が飛べるって便利だね。歩くよりも速いし。

 しがみ付いている二人は微妙に震えていたが、気にしない。

 氷の城壁の内部に降り立つ。魔法を使っての侵入だったので、何かしらの防犯装置が起動するかと思ったが……その気配はない。

 何故と考え、こんな秘境の奥地にまで来るバカはまずいないかと思い当たる。ここは途中の雪原地帯で凍死しかねない環境なのだ。よほどの理由がない限り、ここまでやって来る旨味はないだろう。

 彫刻品一つない広い庭は、どう原理が働いているのか雪が積もっていない。風の障壁を解除すると、雪も飛んで来ない。

 内心首を傾げつつ、二人を連れて王城内のホール部に入ると、幻想的な光景が広がっていた。

 内装全てが氷で出来ていた。純度は高く、向こう側が透けて見える。向こう側を見せたくないところには、感嘆するほどの見事な彫刻が入っている。彫刻で向こう側が見えなくなっているが、見せたくないなら透けない氷を使えばよかったんじゃねと、無粋な感想を抱く。

 氷の彫刻と彫像、氷の階段、シャンデリアなどの灯りの土台も全て氷で出来ている。

 個人的には機能美の方がいいんだが、どうやら氷冥王は芸術美を愛する性分だったようだ。

 感心して見入っている二人に声をかけて、魔剣が有りそうな場所を尋ねる。返事は分からないだった。

 別行動で探した方が効率が良さそうなんだが、何が起きるか不明なのでまとまって行動する事に。

 一階部分を見て回り、何もなかったので二階に行く。

 二階には、執務室っぽい木製の机があった部屋や、寝室らしい木製の家具が置かれた部屋などが有ったが、肝心の魔剣が見つからない。

 さらに彼方此方(あちこち)調べて回るが、見つからない。

 執務室らしい部屋で携帯食を摘まんで休憩しつつ、紙に見取り図を描いてどこに有るか三人で推測していると突然、とある部屋がないと、ケイデンが呟いた。

「研究室だ」

 何がないのか尋ねると、そう答えた。

 改めて見取り図を見る。確かに研究室と呼べる部屋はなかった。

「ここは隠居先でしょ? 何についての研究をするのよ?」

「氷冥王の研究で最も有名なのは薬品研究だ。元居た場所でも行っていたそうだが、爆発させる事も多かったそうだ。周囲の被害を気にせず研究する為にこの雪原を隠居先に選んだらしい」

「爆発を引き起こす薬品研究って何よ」 

 何とかは爆発だ、みたいな研究かと、思わず突っ込むが、返答はない。

「研究室か。それらしい部屋はなかったぞ。地下にでも有るって言うのかよ? 地下に続く階段も無かったぜ」

 ブレークが言うように、地下の行く為の階段は見つかっていない。

「どこかに階段の入り口が有って、隠されているのかもね」

 投げやりに言ったが、自分でもそう思えて来た。

 だが、この建物は向こう側が透けて見える程に純度の高い氷で出来ている。隠せる場所何て有るのか?

 内部の様子を思い出していたら、ブレークが不意に声を漏らし、各階の見取り図を見比べ始めた。暫し見取り図を凝視しするも、違ったかと、目を閉じて目頭を揉む。

 一連の動作を不思議そうに見ていたケイデンが尋ねる。

「柱に見せかけて、地下に続く階段の入り口がないかと思ってな」

「「ああ」」

 入口を何かに偽装しているのではないかと考えたのか。それで見取り図を見比べ始めたのかと納得する。

 ケイデンと共に建物の内の見取り図を改めて見て、有る事に気付いた。

「外って言うか、庭を見ていない」

 そう、あの何もない庭を見ていないのだ。

 ものが何も置かれていないからスルーしたが、それは城壁も同じだ。

 二人を連れ立って庭と城壁を散策し――地下に続く階段の入り口が見付かった。見付かったが、

「何で外から城にまた入る羽目になるんだよ」

 光源の準備をしながらのブレークのぼやきの通り、入口自体は外にあった。だが、何と言えばいいのか。

 自分の感覚で例えるなら、『ドラッグストアやスーパーでたまに有る、客用トイレだけ店の外に出ないと使えない』とでも言えばいいのか?

 後付けで作りました感が溢れる出入口に、三人揃って脱力した。計画的に作ったのなら、何とも不思議な造りだ。

 ……で、現在階段を降りている。地上と違い結構暗いので、光源が必要になる。世話に成りっぱなしだからと、ブレークが魔法で掌サイズの小さな光の珠を作り出し、彼を先頭に階段を下りる。

 階段も狭くはなく、目算で二メートル位は有る。斜角も緩いが、結構降りる。

 階段が終わった先には、かなり広い空間が有った。ブレークが出した光源だけでは全容を知る事が出来ないので、自分も光源としてを直径五十センチ位の大きめの出し、中空に飛ばす。

「おおう……」

 明らかになった地下空間は、これまでとは別の意味で、思わず唸る程の光景が広がっていた。

「すげぇ」

 ブレークはここに来て何度目か分からない感嘆の声を漏らし、

「まるで、玉座の間のようだな」

 ケイデンは自分の感想を代わりに言ってくれた。やっぱり同じ事を思ったか。

 そう、ケイデンの感想通り、玉座の間のような空間が広がっていた。

 階段を下りた正面、だだっ広い空間に唯一存在する、数段上の椅子に腰掛けた白骨がこちらを睥睨しているかのように見える。白骨が誰だか不明だが、ここに来たのが氷冥王だけなら、本人なのだろう。ローブっぽい黒服を着ているし。

 その白骨の視線の先――椅子から数メートル離れたところに、一振りの剣が床に突き刺さっているが、その床もまた奇妙だった。

 魔法陣らしき、精緻な彫刻と見紛う紋様が刻まれていた。異様に巨大で、直径は十メートル以上あるだろう。その紋様の中心に特徴的な剣が突き刺さっている。

 二人に確認を取ると、この特徴的な剣が魔剣らしい。

 特徴的と二度言ったが、何が特徴的なのかと言うと、剣の形が波型なのだ。簡単に言うとフランベルジェに酷似した剣である。柄に護拳(ごけん)――ナックルガードと言えばいいか?――がないので、恐らく両手剣だろう。

 これが魔剣なのかと眺めるが、剣よりも床の紋様が気になる。そう、盗難防止用の何かに見えるのだ。

 何となく警戒心を抱いて足を止めた自分とは違い、男二人は不用心な事に足を止めずに先に進んだ。

 止める間もなく紋様の上に足を踏み入れ――何も起きなかった。これから起きそうで嫌な予感がする――剣の柄に手を伸ばして触れた。

 瞬間、紋様が光輝いた。あの紋様は、やっぱり魔法陣だったらしい。男二人の狼狽える声が聞こえる。剣が引き抜けないらしい。

 盗難防止としてゴーレムか何かが出て来るのかと身構えたが、紋様部分が黒一色に染まり、穴となった。当然のように、重力に引かれて男二人は落ちた。剣はそのまま宙に残っている。

 慌てて魔法陣の傍に近づいたが、コツリ、と奇妙な音が正面から聞こえて来たので足を止める。

 正面にいるのは椅子に腰掛けた白骨のみ。他に音源になりそうなものはなかった。

 では何なのか?

 恐る恐る正面に目を向けると白骨体が立っていた。骨となった右腕を伸ばすと、残っていた魔剣が独りでに宙を駆け、白骨体の右手に納まる。

「スケルトン?」

 滑らかな動作で魔剣を切り払う様子から、魔力で骨を動かす魔物を連想した。道具入れから武器の一つである双鉄扇を取り出し構える。


「否である。我が名を間違えるな」


 だが、初めて聞く低い声による否定が入り、白骨体に異変が発生した。

 白骨の全体に白い光が纏わり付き、一瞬、強く発光すると、一人の青年が立っていた。

 黒服が映えるベージュのような色素の薄い茶色の髪で、フェイスラインが隠れる程度に伸ばしている。左目の前髪部分だけ隠れるほどに長い。群青色の切れ長の瞳。ケイデンやブレークとは違い、やや黄色味の有る肌は、白骨体だっとは思えない程に血色がいい。耳の形は同じだけど。

 作り物感溢れる、変に容姿が整ったこの男は何者か――現状を考えると一人しかいないけどね。

「この城の主である、氷冥王で間違いない?」

 顔が引き攣らないように尋ねると、そうだ、と短い返事が返って来た。

「その名は、俺を恐れた人間共が付けた名だな。正しく名乗るのであれば、サミュエルが正しいだろうな」

 ……個人名有ったんかい。

 いや、突っ込んでいる場合じゃないな。聞かなきゃならん事が有るし。

 慎重に穴の傍にまで歩み寄り下を見る。暗くて見えない上に、気配探知を使っても落ちた二人の気配が感じ取れない。

「サミュエルで、良いのかな? この穴に落ちた二人がどうなっているか分かる?」

 穴を指さして訊ねる。すると、何故か不思議そうな顔をされた。

「先の愚か者共は、この大陸のものではない貴様の仲間なのか?」

 ……そう言う事ですか。

 つまり、あのエルフ耳はこの大陸の住人の特徴で、耳が尖っていない奴はこの大陸の住人じゃないって事か。でも、ケイデンとブレークは自分の耳を見ても不思議そうにしなかったから、今は状況が少し違うのかもしれない。忘れなかったら確認しよう。

「現状、利害関係の一致から協力してる」

 返答すると、胡乱な眼差しを貰ったが、自分がこの大陸にやって来た理由と利害内容を話すと納得し、途中から椅子に腰掛けて自分の話を聞いてくれる。どうやら、殺し合いは避けられそうで安心する。向こうが魔剣から手を離さないので、鉄扇は手放せんが。

 と言うか、管理化身について知っているのか。意外と博識だ。

 なお、落ちた二人は無事らしい。滑り台のように地下牢に滑り落ちただけだと。後で回収しないとだな。

「それでこの大陸にやって来たのか。ご苦労な事だが、守護者すら呼び出せんとはな。随分と力が落ちたものだ」

 守護者と聞いて思わず眉をひそめるが、同時に感心し、何故知っているのかと疑問が湧き、何となく顔を見る。向こうもこの動作だけで、こちらの疑問が分かったらしい。簡潔に答えてくれた。

「俺も歴任者だ。同類に会うのは久しぶりだがな」

「マジか」

 予想外の回答に驚く。そうか、同類だったのか。それなら知っていて当然だろう。与えられた知識は消えない、と言うか消せないからね。

 意外な出会いと奇妙な共感を得た瞬間だった。

「しかし、魔剣の回収か」

 共感を得た後なのに、厄介な問題に当たる。

 聞けばこの魔剣、遥か昔に機能不全を起こし、修復の為にサミュエルがこの地に持って来て修復と改造を施したらしい。本人曰く、雪原地帯作成は魔改造の結果で、一度作ると数百年は現状のままになる。

 広がり続ける雪原地帯を抑える為の回収だが、回収後の扱いが不透明な為、今後が非常に心配なのだ。

 ここにいない二人に相談しないと何とも言えないが、レプリカを作って渡す案も――いや、作ってしまおう。発見時点で破損していた事にし、破損を理由に魔剣としての機能が消失しているように見せかければ行けるのではないか?

 魔剣の引き渡しに難色を示していたサミュエルに思い切って提案すると、非常に快く協力を申し出てくれた。ノリがいいな。本音は魔剣を渡したくないから何だろうけど。

 使用していい材料について考え、すっかり忘れていた二人について考える。偽物を渡してこの二人は大丈夫なのかと。

「どうした?」

 忘れていた事を思い出して考え込んでいると、自分の態度を不審に思ったサミュエルに問われる。

「あー、偽物を渡して、二人の今後は大丈夫なのかなって。命令で来ただけって言っていたけど、雪原に来る途中で魔物の集団に襲われたって言ってたし」

「ほう。随分と運がないのだな」

 サミュエルが言う通り『運がない』だけならいいのだが、何かこう、胸騒ぎと言うか、虫の知らせのような、妙な違和感がある。

 仮の話し、二人の立場が『王にとって邪魔』だった場合、魔物に襲撃されたのは『運がない』ではない可能性がある。

 偽物を渡す以上、二人を巻き込む事になる。知らずに巻き込まれたか、知っていて巻き込まれたかの違いになるだろうが、どちらにせよ巻き込むのだ。

 偽物を渡し、それがバレたら――二人はどうなる?

「確かにな。王にとって邪魔な立場だったら消されるだろうな」

「そうなるよね……」

 どうやら、同じ結論に至ったらしい。

 サミュエルに許可を取り、二人をこの場に召喚魔法――空間転移魔法で特定対象者を強制的に引き寄せる――で自分の後ろに呼び出す。なお、サミュエルは幻術で姿が見えないように隠れて貰った。

 着地の際に盛大に尻餅を着いた二人に無事か尋ね、現時点で情報を話し、二人の立場について尋ねると、案の定な返答が返って来た。

  

 ・ケイデン――雪原地帯に隣接する国家の側室の第二王子。ブレークは乳母兄弟で侍従長。

 ・二人の故国は、先王時代からの腐敗が原因で傾きつつある。王太子である兄も汚職に塗れている為、使えない。

 ・魔剣回収命令と雪原に来る途中の魔物の集団は、王太子派と国王派からの嫌がらせ。

 ・魔剣の回収に失敗したのなら、今後の立場が危うい。

 ・幸いなのは、国について真面目に考えている人材がケイデンについている事。

 

 偽物製作前に良く気付いたな。自分で褒めてやりたいが、どうするかな。

 てか、雪原で王子を拾うって、どんな確率よ。自分呪われているのか? 

 脳裏に浮かぶのは、遥か遠い昔に出会った『恋愛脳(スイーツ)な女神』の姿。微妙に顔が思い出せないんだが、今思い出せたら苛つきそうなのでやめる。

 時間を捻出して呪われていないか調べよう。

 心の中で固く誓い、正面にいる二人の今後に関わる魔剣について考える。

 偽物を渡したら、アウトだよな。

 何かあったら記憶を弄るかと考えていたが、却下である。代案を考えないとだな。

 どうしよう、と考え始めると、背後が光り出した。振返ると光は消え、代わりに魔法陣と床が復活した。そして、足音が響く。

 サミュエルがいそうな辺りを見ると、幻術が解け、本人が現れた。姿を晒して良いのかと、視線を向ければ、口角を歪めた笑みが返って来る。

 一方、突然現れた魔剣を持った男に、ケイデンとブレークは警戒心を露にする。

 待てと、手で制止すると、サミュエルは口を開いて質問を始める。

 胡乱な表情でケイデンとブレークは返答する。サミュエルは楽しそうだ。首を傾げるような質問内容にサミュエルを見ると、一瞬、鋭い視線を貰うのだ。口を挿むなと言っているようにも見えるので、黙って貝になる。部外者だから黙るとも。

 気の済むまで質問を重ねている辺り、二人の故国についてサミュエルも気になっているのか。同情しているのかもしれないが。

 ケイデンとブレークの二人は、最初こそサミュエルを怪しんでいたが、正体を知って驚き、質問も訝しみながらもきちんと答える。

 質問の応答は、次第に三人での応酬に代わり、何だか議論の様相を呈して来た。

 自分、完全に部外者。超部外者。仕方が無いので、階段に腰掛けて鑑定プレートを取り出し、先ほど心の中で調査を誓った呪いの有無について確認する。

 己を対象に対人鑑定を発動させ、保有している『スキル魔法』と『技能魔法』以外に、どこぞの世界で習得してしまった『権能』や『加護』の有無について調べ――奇妙なものが出て来た。

 ズバリ『被守護(ひしゅご)の加護(権力者)』である。

 何だこれはと、心の中で突っ込む。魔法を使って更に詳しく調べて、頭痛がして来た。

 


 調査対象: 被守護の加護(権力者)

 調査結果: 加護を保有しているものを保護し、時にストッパー的な役割を果たす人間を因果を歪めて引き寄せる。

 

 

 何だこの加護は? 眉間を揉みながら、内容を整理する。

 加護を保有するものを保護し――保有しているのは自分だから、保護対象は自分だ。

 時にストッパー的な役割を果たす人間――どう言う事だろう? やってはいけないと止めてくれる奴の事かな?

 一番の問題はこれだな。因果を歪めて引き寄せるって、加護と言う名の呪いじゃねぇか! 

 あの恋愛脳女神(スイーツ)め。与えたとかそう言う事を言われた事はないから、こっそりとやったな。

 しかも、権力者って付いているから、何もしなくても権力者と遭遇するって事じゃん!

 過去、やたらと王族や権力者に遭遇したり執着されたりしたが、この呪いが原因だったのか。

 解除方法は……無理っぽいな。何て最悪極まりない呪いなのか。

 知りたくなかった現実に一人頭を抱えていると、議論が終わった男三人が声をかけて来た。

 その中の一人――リアル王子であるケイデンに目が行き、ため息が零れた。

「どうした?」

「いや、知りたくない事実が発覚してね。頭が痛くなって来ただけ」

 心底、不思議そうに顔を見合わせる男三人。自分は、ケイデンに遭遇した原因が判明したのでこめかみを擦った。

 深呼吸をして、肺の空気と一緒に気分を入れ替えて立ち上がり、三人に今後どうするのか尋ねた。

 意外な結論に驚き、サミュエルをまじまじと見た。

 当初の予定とかなり違うが、三人で話し合って決めた事だ。自分は口を出さない方がいいだろう。

 世界の事は世界の住人が決めるべき。

 その考えに従い、これまでも口を挿む事はしなかった。

 まぁ、転生した場合はこの限りではないが、今回のような『移動先の世界』の未来には、極力、口を挟まない。

 意見や協力を求められた場合は、その時の状況にもよるが、基本的に手を貸さない。

 自分は部外者であり、本来ならば、いない筈の存在。

 手を貸した事が原因で世界が一変するような事は有ってはならないし、いつまでこの世界にいるか分からないので責任も持てない。

 サミュエルもその辺りに理解が有るから、口を挿むなと、制して来たのだろう。

 自分語りよりも、今後の予定もほぼ詰まっている事だし、行動を開始しよう。

 異様に疲れそうだが、どうにかしなくては。



 数ヶ月後。

 質素且つ上品な部屋で、自分はテーブルに載った杖を挟んでサミュエルと向き合っていた。杖は研究予定だった、聖結晶が付いたものである。

 管理化身歴任者でも『神聖魔力』については知らなかったらしく、知識を深める為として研究に協力してくれている。

 当初の研究予定は、次の通りの四つだった。

 

 ・神聖魔力に変換したの際に魔力ロスがあるのか。

 ・一度に最大どれぐらいの魔力量の変換が可能なのか。

 ・神聖魔力は霊力とどの程度違っているのか。

 ・魔力の強化率も霊力と違うのか。


 しかし、自分とサミュエルで変換量に個人差が出た為、合わせて研究を行っている。彼の協力のお蔭で、研究は実にスムーズに進んでいる。

 余りにもスムーズなので、反動で何か起きないかと心配する日々でもあるが。

 休憩時に、窓を開ける。

 空は青く、風はほどんど吹いていない。少し乾いた空気だが、カラッとしているので寒いとも思わない。

 さて、いい加減現在位置について語ろうか。

 ケイデンが王を務める国の王城の一室だ。現在、食客として滞在している。



 数か月前のあの後。

 魔剣を何度も狙われたくはないと言い出したサミュエルの提案と、故国の未来を憂えるケイデンの思いが一致し――ケイデンを王に即位させる事で、何故か話がまとまっていた。詳細は聞いていなかったので、全く分からない。

 だが、ケイデンの故国にサミュエルも思うところが有ったらしく、二人の術の師になるだけでなく、王になったケイデンの後見まで勤めている。偽物を作る事に賛同していたにも拘らず、サミュエルの奇妙な掌返しに首を傾げるが、気が変ったとしか教えてくれない。

 ただ、ブレークが歴代の王の肖像画が飾られている部屋で、サミュエルそっくりの肖像画(それも初代国王のもの)が有ったと言っていたので、もしかしたらこの国の出身だったのかもしれないなぁ、と思う日々である。

 国の腐敗の一掃の手際が余りにも良かったので、ブレークと『まさかだよね?』と顔を見合わせたりもしたが。

 そうそう。突拍子もない事が立て続けに起きてすっかり忘れていたが、現管理化身からの仕事も果たした。場所はあの雪原地帯の北の山奥だ。

 ただ、あれで味を占めたのか、何度か仕事の依頼を持って来た。受ける気はないので、男の象徴をスマッシュして追い返した。サミュエルも追い返している。

 追い返した後、一族のものを名乗る連中が、早い話喧嘩を売って来たので全員返り討ちにした。二度手間が発生しないように徹底的にやりました。結果、全員心が折れたらしく、喧嘩を売って来る事もなく、仕事の依頼も持って来なくなった。

 平和は勝ち取るものだと、改めて思った瞬間だった。

 もう一つやる事は有ったが、残念な事に見付からなかった。最近中々会えないが、完全に会えなくなると言う事はないだろう。こればかりは完全な運任せなので、次回に期待しよう。



 怒涛の数か月間と、発覚した加護(呪い)を思い出して気が滅入りかける。

 研究が終わってもこの世界に長居する訳ではないが、去るのはまだ先の話しだ。

 管理化身が言っていた『大陸の異変』は何か知らないが、知る気もない。

 ケイデンもこの大陸は今のところ平和だと言っていたので、霧の海が原因でこちらの大陸に来れなくなった事が異変なのかもしれない。

 真相は不明だ。

 探る気もないが。

 


 青い空の下、未来を思う。

 いない筈の部外者なので、責任の取れる範囲でになるが、必要ならば手を貸したりする日も来るかもしれない。

 でも、今は研究が優先である。いつか再会した時の為の準備は忘れない。

 サミュエルが呼んでいるので窓を閉めて振り返る。そこには、ケイデンとブレークもいた。

 厄介事がない事を祈りながら、三人に歩いて近づきながら加護について思う。

 呪いじみた加護だが、嫌な事ばかりを齎す訳ではない。良い事も齎すが、結局、良し悪しを決めるのは自分なのだ。帳尻を合わせながら、振り返って良い事だったと思えるように、努力は怠れない。

 これから二人が齎す(予定)何かも、良かったと思えるように、頑張らなくては。

 ブレークがいれた茶を飲みながら、ケイデンの話しを聞こう。

 全ては、そこからだ。





 Fin



ここまでお読みいただきありがとうございました。

レオンティエンの後のお話しです。

短めな上に、所々で妙な単語が出ていますが、今後の話しで消化する予定です。


誤字脱字報告ありがとうございます。

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[気になる点] >閑暇休題 「閑話休題」です 他の話でも使われてたので、多分間違って覚えちゃったんでしょうね ビジネスで使う機会はそうないでしょうが、早めに覚え直した方がいいと思います
[気になる点] 湧いて来た奴はこの教信者を厚遇し 狂信者
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