九話 仕返しの具体性は重要である
『奈落の大穴』に落ちてから、三日が経とうとしていた。
探索は続けてはいるものの、一向に上に繋がる道は見つからない。その間も、魔獣に襲われているが、シドロとフール、二人の特性を使いながら、今のところ一方的に倒すことに成功している。
そんな中、フールはふと疑問を口にした。
「そういえば、マスター。聞いていなかったのですが、マスターはここから出たら、どうするつもりなのですか?」
それはあまりにも基本的な質問。
故に、シドロはすぐさま返答する。
「そりゃお前、俺をこんな状況にしたナザンにケジメをつけさせるに決まってんじゃねぇか」
「なるほど……つまり、相手の四肢の骨をおり、地面についた顔面を踏みながら、謝罪させ、その後に同じように『奈落の大穴』に突き落とす、と」
「いや、別にそんなことをするとは一言も……」
「え……では、相手の×××に×××を×××して、さらには〇○○に〇○○を○○〇すると……? その上、相手の社会的地位を殺すために▲▲▲を▲▲▲して、▲▲▲してしまう、と……マスター、何と恐ろしい人でしょうか」
「おいこら誰もんなことするとは一言も口にしてねぇだろうが!! っつーか、そんな非人道的なことするとか、俺は鬼畜外道かっ!!」
予想の斜め上どころか直角と言わんばかりなフールの発言に、思わず声を上げてしまう。
彼女とのこうしたやり取りも、この数日で慣れてしまったが、しかしその度にシドロは大声でツッコミを入れているような気がする。
「ではマスター。ケジメをつける、と仰いましたが、実際はどういうことをするつもりで? もっと具体的に」
「そりゃまぁ……とりあえず、顔面に一発お見舞い、とか」
具体的に、と言われたシドロの答えに、フールはいつもよりさらに目を細め、大きなため息を吐いた。
「……あのですね、マスター。一応確認ですが、貴方はそのナザンという方に殺されかけたんですよね?」
「あ、ああ。そうだが?」
「だったら、顔面に一発程度で済ますとか、どういう心境してるんですか? 普通、殺されかけたんなら、それ相応の仕返しをするのがセオリーというか、常識でしょうに。それこそ、相手の全てを奪って、壊して、踏みにじる。それくらいをやってこその復讐のはずです……もしやマスター。この期に及んで、自分は博愛主義だから、とかいいませんよね?」
確かに、フールの言い分は尤もだ。シドロはナザンに殺されかけたのだ。それを、顔面一発で済ます、などというのはあまりにもつり合いが取れていない。最早、博愛主義どころの話ではないだろう。
そして、シドロもまた、そんなつもりは毛頭なかった。
「別に、そんなことは言わねぇよ。実際、ナザンにやられたことは許せねぇし、怒りだってある。正直、さっきは顔面に一発、なんて言ったが、あいつを目の前にしたら、それだけで済むかどうか、分からねぇ。怒りが抑えきれず、それこそ再起不能にしたいって思うかもしれねぇ。けど……」
「けど?」
「……いや、何でもない。というより、だ。今、そんなこと気にしてても仕方ねぇだろ。とりあえず、今は目の前のことに集中、だろ」
「などと言って、話を逸らそうとするということは、よっぽど話したくない内容だと察しました」
「うぐ……」
まるでこちらの心を読んだかのような発言に、最早シドロは下手なことは言えず、押し黙るしかなかった。
が、それはそれで悔しいので、少しやり返すという気持ちも込めて、シドロの方からも質問をする。
「そ、そっちこそ、ここから出たらどうしたいんだ?」
「私はマスターの剣ですから。マスターと共に行くのが役目です」
「いや、役目とか、そういうことじゃなくてだな……こう、なんか、やりたいこととか、無いのか? それこそ、ここに落とした奴にやり返そう、とか」
その問いに対し、フールは一瞬沈黙した。
そして、シドロから視線を外し、明後日の方を見ながら、答えを口にする。
「……まぁ、確かに。私をここへ追いやった者には思うところがあります。もし出会うことがあれば……きっと殺しにかかるでしょうね」
淡々と。
彼女は、殺す、と言い放った。
無論、それは当然の意見だ。自分をこんな場所に落とした奴に対し、殺意を抱かない方がよほどどうかしている。
ただ、何故だろうか。
その一言が、あまりにも重いものに、シドロには感じ取れたのだった。
「……ただ、その者が生きていれば、の話ですが。外の時間がどれくらい経っているのかは分かりかねますが、少なくとも二十年以上は経っているのはマスターが証明してくれていますし」
「そういえば、アンタ、どれくらいここにいるんだ?」
「それを答えるためにはまず、マスターにお聞きしたいのですが……今は何年なのでしょうか」
「今か? 新天暦645年だけど……」
シドロの返答に対し、フールは驚いたと言わんばかりに、目を見開いた。
「……そうですか。どうやら、かなり長い間、眠っていたようです」
「長いって、具体的には?」
『収納バッグ』を知らないことから考えて、二十年以上前なのは確か。三十年、五十年……いいや、もしかしたら、百年なのかもしれない。
などと、予想を立てていたシドロであったが。
「そうですね―――とりあえず、私がここに落ちる前は、新天暦という言葉は無かった、くらいには長いですかね」
「……マジ?」
自分の想像をはるかに上回る年月に対し、思わず呆然とした口調になってしまったのだった。
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