三十五話 一時停止
「がぁぁぁあああああああああああああああああああああああっ!!」
絶叫とともに、視界が一変し、何もない暗闇となった。
先ほどまでのは、フールがかつて体験したもの。それをシドロも追体験していたわけだが、流石に立ち止まる他なかった。
ギンは言った。ここは相手の心の中である、と。そして、入った者はその追体験をするのだ、と。
追体験。そう。シドロは、先ほどまでの光景をただ見ているだけではなく、その人物になっているのだ。つまり、フールが受けた痛みは全て、シドロも受けるようになっている。
無論、それは物理的なものではなく、精神的なもの。ゆえに、刺されたり殴られたりしても肉体的に死ぬことはない。
しかし、それは体の問題であり、精神へのダメージは図りしれないものであった。
「はぁ……はぁ……」
シドロはフールがかつて何をされてきたのかを知っている。
だが、知っていてなお、叫ばずにはいられなかった。
想像を絶する苦痛という苦痛。それらを抵抗することもできず、ただ毎日毎日受け続ける日々。肉体的には勿論、精神への負荷は相当なものだ。
正直に言う。
これを、追体験ではなく、じかに受けていれば、シドロは発狂して死んでいただろう。
『どうやら苦戦しているようだね』
暗闇の中から聞こえてきた声。それはよく知っている者のものだった。
「爺さん……どうやって……」
『ヒヒヒ。この装置は私が開発したものだ。ゆえに、こうやって、外部から干渉することもできるようにはしている……とはいえ、干渉といってもこうやって中の人物に話しかけることがやっとだがね』
話しかけるのがやっと、とはいうものの、しかし今のシドロにはそれだけで十分だった。
正直、誰かと会話したりなど、気を紛らすことをしなければ、今のシドロはまともにはいられない。
「俺は、どうなったんだ……?」
『今の君は記憶の追体験についていけず、一時的に記憶の中から退出していている。にしても、ひどい顔だ。無理もない。あれだけのものを追体験したのであれば、まともにいられるわけがない。予想はしていたものの、それを超える有様だ。拷問につぐ拷問。しかも、絶妙なタイミングで死なないように加減をしている。死ぬ間際というのを理解していなければ、不可能なやり口だ。本当に反吐が出る』
まさしくその通りだった。
幼少期のフールを村八分状態にしていた村の連中も相当のクズだ。許せないという気持ちはある。だが、それを遥かに上回るのが、あの男の存在だった。
シドロも多くのロクデナシを見てきたが、あれはそんな生易しいものではない。悪人とか、そういうものではなく、まさに悪そのものだ。
『こんなことを言えば怒られるかもしれないが、あんなものをずっと受けていながら、精神崩壊を起こしていない彼女はやはり凄まじい精神の持ち主だ。そういう点では、君もよくやっているよ。追体験とはいえ、こうして発狂していないのだから』
言われながらも、しかしシドロは自嘲するほかなかった。
彼は、あくまで追体験をしただけ。本当の痛みや苦しみを味わったフールに比べれば、まだマシな方だ。だというのに、この有様。全く持って不甲斐ない。
と、そこでふとシドロは思う。
「フールは……」
『彼女はもう少し先に行っている。何せ、これは彼女の記憶。一度は通った道筋だ。何が起こるのか、何をされるのか。分かっていれば覚悟はできるものだろう……まぁ、逆に何が来るのか分かっているからこそ、絶望する例もあるわけだが』
人間、確かに何かあると分かっていればそれ相応の覚悟や態度で挑めるもの。それは分かるし、理解できる。が、しかしこの場合はまた違うだろう。殴られる、斬られる、苦しめられると分かっていて、耐えられるような生易しいものではない。これはまさに、生き地獄。終わりのない苦しみが待っていれば、絶望し、足を止めてしまうだろう。
それこそ、今のシドロのように。
だが……フールはここにはおらず、前へと進んでいる。
それが、どれだけ凄まじいことか、今のシドロには十分理解できた。
『さて。どうするね? 正直なところ、君の精神力も大したものだとは理解しているが、しかしそれも限界に来ているだろう。ここでやめるというのなら、とめはしないが』
「はっ。馬鹿言うなよ。こんなところでやめられるか」
そうだ。ここでやめるというのなら、鼻から心の中に行く、なんてことはしていない。
そもそも、だ。
「相棒はもう先に行ってんだ……だったら、俺もそこに行かなきゃ、格好がつかねぇだろうが」
正直、先ほどまでの追体験は苦しかったし、正直トラウマになるだろう。
だが、それでも。
相棒であるフールが未だ足を止めていないのであれば、自分も進まなければいかない。
『分かった。では、先に進みたまえ』
ギンのその言葉と同時。
シドロは次の記憶へと挑むのであった。
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