三十四話 痛みの記憶④
続く。
つづく。
ツヅク。
痛みの地獄は今日も今日とて続いていく。
終わりなどないと言わんばかりに、拷問の数と種類は増えていく。棍棒の次は剣で。その次は槍で。その次は斧で……数多の武器がフールの身体を切り刻んでいく。無論、それらもただの武器ではない。鍛冶師が自らの手で作った武器であり、魔術の力が込められている。ものによっては、城壁を一刀両断してしまえる代物もあり、切れ味は最高級だった。そんな刃を受ければ、流石のフールも無傷とはいかない。肉を抉られ、血しぶきが飛び、絶叫を上げる。
だが、それも最初のうち。
皮肉なことに、男の推測は当たっており、強い武器で傷つければ傷つくほど、フールの能力は各段に上がり、その頑丈さは増していく。現に、最初はあんなにも傷だらけにされていた武器の攻撃も、数日、遅くとも数週間も経てば、かすり傷程度で済むようになり、一ヶ月か二ヶ月経てば、全く傷つかないようになってしまう。
そして、それは物理攻撃に関してだけではない。
魔術やスキルに対しても、炎だけではなく、雷、風、水、土……あらゆる属性の攻撃魔術に対し、フールは徐々に耐性をつけていった。どんな雷撃でも焦げることはなく、どんな鋭い風でも切り裂かれず、といった具合に。
しかし、そんな彼女にも弱点は存在する。
『―――がぁ、はぁ……はぁ……』
もがき苦しみながら、フールは目を覚ます。
彼女は今、ただ眠っていたわけではない。魔術によって、強制的に悪夢を見さされていた。無論、これも実験の一つである。
『やはり君の頑丈さは目を見張るものがある。ここまでの実験で、君は実に素晴らしい耐性を得た。が、しかし一方で、呪いや精神攻撃への耐性はついていないようだね。まぁ、当然か。君が得たかったのは、あくまで頑丈な身体。ゆえに、精神への攻撃に関しては無防備になるわけか』
裸で吊るされているフールを前にして、男は淡々とそんなことを呟いていく。
それは会話をしているのではなく、単なる独り言であり、フールの返答など求めていない。フールの方も男と会話などしたくはないので、無言を貫き通すのみだった。
『まぁ、どんな武器にも弱点はあるもの。そして、今回に限って言えば、そこまで気にするべき点ではないかな。武器としての頑丈さに何ら影響することもなし。何より、君の強靭な精神は折り紙つきだからね』
強靭な精神、と鍛冶師は確かに言った。
お笑い草である。こっちは何度も自殺を図ったというのに、そんな人間の精神が、強靭だとでも?
しかし、まるでその思考を読んだかのように、男は続けて言う。
『君は凄まじい精神の持ち主だよ。何せ、この拷問を受けながらも、こうして未だ自分の意識をはっきりと持っている。まぁ、何度か自殺を図ろうともしているが、それはそれで自殺をしようという意思がある証拠でもある。本当ならば、とっくの昔に精神が崩壊し、ただの人形になっているはずだというのに』
などと言われるものの、全く嬉しくもなんともない。それどころか、どこ口がほざくのかと、内心腹が立っていた。
確かに、フールがここまでの拷問を受けながらも、こうして思考できているのは普通ではない。だがしかし、それは彼女が昔から、これでもかというくらい痛めつけられてきたから、ということと、何より目の前の男の絶妙な采配が何より大きな要因だ。
どこまで人を痛めつければ心が壊れるのか。それを完全に把握している。その上で、こちらの精神が崩壊しない寸前のところで毎回毎回止めているのだ。加えていうのなら、魔術によって、精神の補強もされていることをフールは知っていた。でなければ、それこそ当の昔にフールはただの人形になっているはず。
本当に、どこまでも底が見えない男である。
『そして、そんな君に対し、もう少し趣向を凝った実験を行おうと思う』
言いながら、男は何やら見たこともない鉱石をポケットから取り出した。
『これは特殊な石でね。剣や槍と言った武器を強化する時に使うものだ。本来ならば、人間相手に使うものではないが、しかし君はただの人間ではなく、魔女。きっとこの石の力をその身に宿すことができるだろう……ああ、ちなみに人間相手に使うものではない、と言ったが、それは別に人間には使えない、という意味ではない。使えるが、その瞬間、全身に死ぬほどつらい激痛が走り、ほとんどの者はショック死してしまうからだ。けれど、君なら安心して使える。そして、肝心要。これをどうやって君に使うかだが、そんなに難しい方法ではない。ただ、高温で石を溶かし、液体となったものを君の口から流し込む。それだけの作業さ』
指を鳴らす。同時に入ってきたのは、ぐつぐつと煮えたぎった液体。
それが何なのか、これから何をされるのか、フールは一瞬にして理解する。
そして、そんな察した顔を浮かべるフールに対し、男は一言。
『さぁ。食事の時間だ―――存分に、味わいたまえ』
次の瞬間。
抵抗もできず、石が溶けた高温の液体をフールは口の中へと無理やり流されたのであった。