三十二話 痛みの記憶②
すみません!! 遅くなりました!!
結論を言えば、村の外に出ても、現実は変わらなかった。
別に、白馬の王子様が迎えに来たとか、これで地獄から解放されるとか、そんなことは思っていない。この世界がそんな甘いものではないのは、生まれた時からよく理解しているのだから。
けれど一方で、最初は男が自分を買った理由が全く分からなかった。
女としてか、それとも玩具としてか……どちらにしろ、人を金で買う、なんてことを平然と行う者がまともではないというのはすぐに理解できた。
だがしかし。
男はフールの想像以上に常軌を逸した存在であった。
『君には魔剣になってもらう』
それが、フールを奴隷として勝った男が、彼女に求めたたった一つのことだった。
男は鍛冶師だと言った。そして、フールはすぐに男がまともな人間ではないと理解した。
人から剣を作る、なんてことを考えるだけでも正気ではないのは誰だって分かるはず。頭がおかしい、という一言で済まされれば、まだマシだったのかもしれない。
しかし、それだけで済まなかったからこそ、フールはさらなる地獄を見るハメになった。
『とはいえ、その前段階として、君には魔女になってもらう』
そんなたった一言で、フールは魔女になることになった。
魔女になる作業はそこまで難しくなかった。ただ、男が呪文らしきものをとなえるだけ。それだけで、フールは魔女になってしまった。
あまりにも簡単すぎる……かつて、魔術に乏しかったフールでさえそう思えてしまう程に、作業は単純なものだった。
けれども、それで済ませてしまう力が、彼にはあったのだ。
当時は疑問に思っていたが、魔女とは、「無能者」が悪魔と契約することで生まれる。鍛冶師はその悪魔の分身。そう考えれば、簡単に相手を魔女にできたのも納得がいく。
そして、魔女になったフールが手に入れたものは。
『硬化、正確には頑丈化、かな。それが君の力とは……ふむ、魔女にしては、何とも地味だな』
勝手に魔女にしておいて、その言い草。どこまでも身勝手な男である。
しかも。
『身体を頑丈にさせる、か。なるほど。君はよほど、暴力を受ける世界にいたというわけか。まぁ、無能者ならば当然といえば当然だが。何せ、無能者は差別するにしても暴力のはけ口にするにしても最高の的だからね』
まるで、見てきたかのような男の発言。
いや、かのような、ではない。きっと、この男は、そういうものを見てきたのだろう。そして、それに対して何ら感じるところもないらしい。
『それにしても、再生ではなく、頑丈を選ぶとはね。まぁ、再生の場合、傷は治るが、痛みを伴うことが多い。そう考えると、君はよっぽど傷つくことが……いいや、「痛み」を伴うことが嫌いらしい。まぁ、人間だれしも痛みなんてものを好むやつなどいない。いたとしても、極わずかな物好きだけだろう。そういう点から考えても、君の能力はやはり平凡と言えるだろうね』
こちらを分析し、見透かすような態度。それを見ているだけで、何故だか苛立つ。
さらに言うのなら、言っていることがあながち間違いではないことも、腹立たしさを加速させる原因なのだろう。
フールは確かに、昔から痛みの中で生活をしてきた。それこそ、叩かれたり、殴られたり、石を投げられなかったりしない日など一度もない。怪我をせずに済んだ日も少ない方だ。だからこそ、痛みというものが何より嫌いであり、ある種のトラウマとも言っていい。
だから、傷つきたくない……そして、あわよくば、自分を痛める連中が勝手に返り討ちにあえばいい。
そんな理由で、彼女の力は『頑丈』というものになったのだろう。
『さて。これで君も晴れて魔女になれたわけだが……このまますぐに魔剣になってもらうわけにはいかない。何せ、君はまだ魔女になったばかり。いわば、生まれたばかりの赤ん坊だ。力の使い方もロクに会得してない状態で魔剣になったとしても、そんなものではきっと、求める魔剣にはならない。だから、まずは君に自分の力を向上させてもらう』
力の向上。
鍛冶師はそう言ったが、しかし具体的に何をすればいいのか、フールには分からなかった。
『安心したまえ。そう難しいことをするわけではないし、特殊な修行をしてもらうわけでもない。君にそんなことは要求しないよ。魔女の力の向上……それはつまり、魔女の力を使い続けること。炎を出す魔女なら、炎を出し続け、幻術を見せる魔女なら幻術を保ち続ける。それだけだ。だから君には、身体の頑丈さをさらに高度なものにしてもらう』
言いながら、男はフールの前に『道具』をばら撒いた。
それを見た瞬間、フールは背筋に悪寒を感じ、顔も真っ青になる。
そして、そんなフールを見ながら、鍛冶師は。
『魔女になったお祝いだ。最初のは、君に決める権利を与えよう――――どの道具の拷問を受けたい?』
笑顔で、そんなことを言ったのだった。