三十話 他人に自分の心の中を知られるのは、恥ずかしいもの
「―――再度確認しますが、本気でやる気ですか、マスター」
呆れたような様子で言うフール。
それに対し、シドロは当たり前だと言わんばかりの口調で答えた。
「おいおい今更蒸し返すなよ。お前にだけ、色々と辛い目にあわせるわけにはいかないだろ。っていうか、俺、ここまで全く何にもいいところないんだから、これくらいはさせろ」
「いや、これくらいって……」
人の心の中に入る……フールは無論、シドロとてそれは初めてのことのはず。何が起こるか分からないというのに、何故そうも普通でいられるのか。
こんなこと、大っぴらには言えないことだが……正直、フールがたどってきた人生というのは異常そのもの。あり得ないことの連続、というだけならまだしも、そこには常に痛みと恐怖が付きまとっている。そんなものを他人に追体験させることは、気が引けてしまっていた。
だがしかし、装置を開発したギンはシドロを止めることはなかった。
「ヒヒヒッ。しかし、実際のところ、これは元々他人の心の中に入りこむ装置。彼のいうやり方の方が、そもそもにして正規の方法だ」
確かに。最初の説明の際、これは人の心の中に入り込むものだ、と言っていた。それを応用し、フール自身も深層心理に入ることが可能になったわけだが……。
と、そこでフールはギンに問いを投げかける。
「……一つ、よろしいですか?」
「何だね?」
「この装置とやらは、もしかして、最初の魔剣……アリアさんのために作られたのでは?」
心の中に入る装置。
それを聞いた時、フールの頭によぎったのは、心が壊れてしまった魔剣である、アリアだった。
そもそもにして、他人の心の中に入ろうと考えつくのは、つまるところ、そうしなければならない事情があるということであり、ギンに至ってみれば、その理由はアリア以外に考えられない。
そして、その予想は的中していた。
「……察しが良いね。その通り。彼女の心の中に入り、そのトラウマを取り除こうとやっきになって作ったのが、これだ。実際、彼女の心の中に入ることには成功し、その追体験をすることはできたが……残念ながら、私は失敗し、彼女の『真奥』にまでたどり着くことはできなかった」
「真奥……?」
「人間の深層心理、その奥の奥、そのまた奥にある場所さ。そこにたどり着くことができれば、彼女のトラウマを解消することもできただろうが……残念ながら、当時の彼女に、私は強固に拒絶されてね。あの時の彼女は、心を閉ざしたいという想いでいっぱいだった。だから、『真奥』に至ろうとすれば、無理やり彼女の心の中をこじ開けるしかなかった。しかし、そんなことをすれば、今度こそ、アリアは心そのものが木っ端微塵に消し去ってしまう。だから、私はこの装置を作ったはいいものの、結局、何もすることができなかった」
ギンは言っていた。アリアの心を取り戻すために、多くのことをしてきた、と。
つまりはこれもその内の一つ。正直なところ、心の中に入る、という発想はぶっ飛んでいると思うが、しかしそんな突飛な発想を考えた上で、実現可能にしたギンはやはり天才というべき存在だろう。
だが、だからこそ、その挫折は計り知れない。
方法を確立させ、実行にまで至ったと言うのに、救おうとしている少女の方が、彼を拒絶していた……それは、あまりにも悲しい結果だったと言えるだろう。
そして何より……そこまでしたというのに、結局、彼女を救ったのは別の男だったという。
果たして、それはギンにとって、どんな意味を持つのだろうか。
気にならない、と言えば嘘になる。だがしかし、ここでそれを問いかけるのはあまりにも無粋であり、だからこそ二人は何も聞かなかったのだった。
「しかし、君らの場合は違う。私から見て、既に君らには信頼関係があり、何より彼女の心は壊れていない。意識がはっきりしているし、だからこそ二人で乗り越えることが可能なはずだ」
だから、大丈夫だ……そう言いたげなギンは、微笑していた。
その微笑みの中に、何故だろうか……どこか少しだけさみしさが垣間見えたのだった。
「まぁ、とは言っても確率的にはかなり低いだろうがね」
「オイこら爺。可能だとか言った直後にその発言はどうなんだ」
「本当のことなんだから、仕方ない。それに―――可能性が低かろうが何だろうが、君らはやるつもりなんだろう?」
打って変わって、今度はわざと挑発的な言動をするギン。
そんな彼に対し、シドロとフールは。
「「当然だ(です)」」
そう、断言したのだった。
その決意を聞いた瞬間、ギンは「よろしい」と言いながら、大きく頷く。
「なら、問題はない。既に準備は整えてある。二人とも、そこの中央に立ってくれ」
言われ、二人は円を作る柱。その中間地点に立つ。
「では、君らの意識を心の中へと送り込む……武運を祈っているよ」
そういった次の瞬間。
六本の柱が唐突に光りだし、シドロとフールを包み込んだのであった。