二十五話 一方その頃⑨ 抜剣
基本的な話だが、ダンジョンとは集団で攻略するものだ。
ダンジョン内には多くの魔獣が生息している。当然、ダンジョンを進めば、それらが襲ってくるし、それぞれの階層には階層王と言われるヌシが存在する。そして、そのヌシを倒して、初めて下の階層へと行けるわけだが、下に行けば行くほど、その難易度が上がっていく。
倒せば倒す程、相手が強くなっていく。だからこそ、ダンジョンを攻略する側にしても、同じように強くならなければならない。だからこそ、一人ではなく、パーティーという集団で行動しているわけだ。一人では限界があるものの、集団でならば、その力を増幅させることができる。実際、単騎でダンジョンを攻略した、という話は未だかつて存在しない。
だというのに。
その未踏の領域を、平然を超えていく者がいた。
「―――ふぅ。ようやく、見つけたっと」
そんな軽口を言いながら、首の骨を鳴らす一人の人物。
否、この場合、一本の剣、というべきか。
その手には、つい最近、新たな形となった剣が携えられており、その体はかつて「フローラ」と呼ばれていた少女のもの。
そこにいたのは、かつて悪魔に作り出された魔剣―――すなわち、魔王であった。
「全く。普通、ダンジョンの最下層って、最大でも百とかが限度でしょうに。何で、その倍以上も潜らなきゃいけないのかしら」
魔王の言う通り、ダンジョンとは最大でも、地下百階層というのが目安となる。通常の場合なら、その半分、もしくは四分の一くらいの深さまでしかないところもごろごろある。っというか、そういうものが基本であり、百層あるダンジョンの方がかなり稀だ。
そして、ここはそんな珍しい百層ダンジョンよりも、もっと深いダンジョンであった。
「S級の連中が、七十階層まで攻略してくれてたから、じゃあもう自分でやろうって思ったんだけど……結構時間かかっちゃったなぁ」
七十階層。
そこが、つい先日まで、このダンジョンで攻略されていた最新の階層であった。
その場所にたどり着くまで、多くの冒険者が奮闘し、時には死に、絶望しながら、それでもあきらめず、進み続けてきた。
彼らの努力とたゆまぬ研鑽。それがあってこそ、このダンジョンの七十階層まで攻略されていたわけなのだが。
魔王は、それをあざわらうかのように、たった一ヶ月近くで、そのさらに奥までを突き進んだわけだった。
「まぁ、ここまでこれたから別にいっか。何せ―――ここが大当たりだったわけだし」
言いながら顔を上げる魔王。
その先にあるのは、一つの大きな扉だった。
魔王は、自分の主である悪魔を自由にするために行動してきたわけだが、そのために必要な『狭間』への入り口をずっと探していた。
ずっと、とは言っても、何百年もの間、というわけではない。諸事情により、彼女が『狭間』への入り口を探そうと動きだしたのは、二十年以上前の話。そして、多くの魔獣を操り、人々を襲わせながら自分の力を溜め、その上で『狭間』への入り口を探していたわけだ。
途中で色々と邪魔が入ってしまったわけだが、こうして今、ようやくお目当ての場所を見つけることができた。
そして、扉に手を触れようとした瞬間。
「―――全く、騒がしいと思って来てみれば、とんだ来客があったものだ」
唐突に声をかけられ、魔王は振り向く。
そこにいたのは、包帯を目で隠している一人の男だった。
その姿を見た瞬間、魔王は問いを投げかける。
「貴方が『監視者』ってやつ?」
「その言葉が開口一番に飛んでくる、ということは、なるほど。お前の目的は『狭間』か」
「ピンポーン。大正解。話が早くて助かるわね」
言いながら、魔王はやはり、と心の中で呟く。
この扉から感じる気配。それは、かつて自分を作った主によく似ているものだった。ゆえに、この先が『狭間』であるという可能性は高かったが、今の一言でそれは確信へと変化した。
「とりあえず、『狭間』の入り口を開けたいんだけど、やり方教えてくれない?」
「なるほど。お前、さては頭が残念な奴だと見た。『監視者』である俺が、お前のような奴にわざわざ教えるとでも? というか、侵入者であるお前を、このままにしておくとでも?」
言葉から伝わる殺気と敵意。
それを受け、魔王は納得したかのような顔になりながら。
「あー、そうだね。そうだよねぇ。うん納得した。だから―――とりあえず、殺すわ」
瞬間、ふりぬかれた剣が、魔王の目前の全てを薙ぎ払った。
たった一振り。それだけで、洞窟内の壁に巨大な亀裂が入り、地面にも多くのひびが入った。
……のだが。
「―――それで? いつ、俺は殺されるんだ?」
平然とした表情で男は未だ、魔王の前に立っていた。
「…………何者、アンタ」
「何者もなにもない。お前がさっき自分で口にしただろうに。俺はここの監視者だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「そういうこと聞いてるんじゃないわよ。なんで、今の一撃を避けれるのよ」
「さて。それはお前の腕が劣っているからだろう?」
などと口にしながら、男―――カウロンは、己の剣の柄に手をかける。
「色々と言いたいことはあるが、先の言葉、そのままお前に返してやろう。まぁ、つまり―――とりあえず、殺すとしよう」
言うと同時。
カウロンは、己の剣を静かに抜いたのだった。