二十二話 話しすぎると最初の質問を忘れちゃうよね
「そうか……それで、勇者は、戦えないって……」
国王やパーシルが勇者のことについて、あまり触れたくなかったのはこのためだろう。
魔王を倒すために、最愛の人を失った……そのために、勇者であるガレスは、心を壊してしまった、と。
皮肉な話である。かつて、大勢の人々を殺してしまったことで心が壊れた女性が、立ち直り、新しい仲間のために自らを犠牲にして魔王を打ち倒したことによって、別の人間の心が壊れてしまうとは。
(まぁ確かに、心が壊れた人間に、また戦場に戻れ、なんていうのはあまりにも酷な話だよな……)
そもそも、聞いた話では、ガレスは魔剣、つまりアリアを持っていたからこそ、尋常ではない力をふるえていたという。しかし、その彼女は魔王を倒す代償として、壊れてしまった。だというのなら、もしも心が壊れていなくても、魔剣を持たないガレスでは魔王に対処できていなかっただろう。
「ああ。ちなみに、聖女の場合はそんな勇者をずっと看病しているからだ。今の勇者は、彼女があってようやく何とか生活ができているからね。それを十六年以上も続けているのは、流石と言わざるを得ない」
「十六年って……」
「それだけ、彼に対する思いが強かった、ということなのだろう」
などと呟くギンの表情は、どこか複雑なものになっていた。
十六年。魔王を倒し、世界が平和になってから、ずっと聖女は勇者の看病をしているという。それは、かつてギンがアリアにしていたのと同じであり、そう考えれば、聖女とギンは同じ立場にいると言っていいのかもしれない。
かつて、ギンはアリアの心を治そうとした。そのアリアの心を癒した勇者。そんな彼は心を壊し、別の人間がまたその心を癒そうとしている……なんという奇妙な連鎖なのだろうか。
「だが、それでも、それだけの犠牲を払った上で、勇者は魔王を倒した……はずだったんだがね」
「それが、またしても何故か生きていて、今も尚、活動している、と」
そこが大問題だった。
一度目だけなら、ただ確認を怠ってしまった、という理由で納得することもできただろう。だからこそ、二度目はそんなことが絶対にないよう、細心の注意を払った。もう二度と、同じ過ちは繰り返さない。だからこそ、ギンは大切な人が犠牲になる瞬間をその目に焼き付けながらも、同じように魔王が死ぬところを、確実に消滅するところをしっかりと確認していたはずだった。
けれども……悲劇は再び続いている。
「正直、あれには本当に驚いた。まさか、奴が未だに壊れずに生きているとは……確かにあの時、奴は消滅した。私はここから、それを観察していた。間違いはない。だからこそ、分からない。奴が、どうやって前回もまた、生き延びることができたのか」
壊したはず、消滅したはず……だというのに、何故か生きている。当たり前のように、生きているのだ。
間違い、見落とし、勘違い。そんな言葉ではもう済まされない。
「滑稽だろう? 『助言者』なんだて言われているくせに、倒すべき相手の倒し方の一つすら、知らないなんて。あれを倒すために、自分の大切な女性が犠牲になったというのに……」
かつて、共にいた女性が死んだというのに。
それによって、一人の男の心が壊れてしまったと言うのに。
あの魔王は、まるでさも当然と言わんばかりに、この世に居座りながら、再び悪逆を引き起こそうとしている。
……いや、もう既に非道は行われているのだ。
騙され、その糧になってしまったナザン。そして、口封じのためにと殺されたイリアにクシャル。きっと彼女らだけではない。もっと大勢の人を、あの魔王は殺しているだろう。
だからこそ、今度はシドロ達が止めなくてはならない。
「長々と話してしまったね。これが、私が魔王について知っていることであり、一連の出来事の顛末だ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。確かに、魔王の誕生とか、アンタのことについてはよく分かった。けどよ、肝心なことはまだ答えて貰ってないぞ。結局のところ、魔王は一体何をしたいんだ?」
そう。
今まで、ギンは多くのことを語ってくれた。それには感謝しているし、色々なことを知ることができた。異世界のこと、悪魔のこと、魔王のことや勇者たちに何が起こったのか……それはきっと知らなければならないことだ。
けれども、シドロが聞いた質問は、こうだ。
魔王は一体何がしたいのか。
結局のところ、ギンの知りたいことはそれなのだ。
そして、今までの話を聞いた中でも、それを判断する材料はちらほらあるが、しかし決定的なものは何もない。
だからこそ、シドロは再度質問を投げかけ、ギンの口から答えを聞こうとした。
「そうだね。色々と話してきたが、確かにその疑問には未だ答えていなかったね。けれど、全てを話したからこそ、ようやく伝えられる。とはいえ、とてもシンプルな答えだけれど」
その答えとは。
「魔王の目的。それは、悪魔を自由にさせること。そのただ一点のみさ」