二十話 後処理はしっかりしないと後悔するもの
「私は外道と呼ばれる人間だ。人殺しの武器を売り、人殺しの道具を作ってきた。だからこそ、アリアの心を壊したあの光景を前にしても、私は後悔することはあっても、彼女のように壊れることはなかった」
武器を売り、武器を作る者は、結局のところ、人殺しの道具を作るっている。だからこそ、人が死ぬということに対し、一般的な人間よりも驚きが少ない。全ての武器商人がそうだ、とは言わないが、少なくとも、ギンはそういう部類の男だった。
「だが、だとしても、自分が生み出した技術が悪用されるのを黙ってみて見ぬふりをするほど、腐っているつもりもない。だから、私は徹底的に相手のことを調べた。時には、相手に直接顔を合わせることもしながらね。そして、私は悪魔のことや何故魔剣を作ろうとしているのかを調べ上げた」
「……、」
「こんな私だがね、あの男のやり方は気に食わなかった。もしも、あれが純粋に強い剣を作るため、という目的であっても、私は他人を強制的に素材にするやり口は絶対に認められない。加えて言うのなら、あの男は、剣を作るのではなく、剣となり強い体となった魔女を完成させることが目的だった……本当に、反吐が出るほどの男だったよ」
シドロは未だ、その男に会ったことはない。
しかし、フールからの話、そしてギンからの話を聞いて、より一層、その男がどうしようもない下種であることを再認識したのだった。
「しかし、相手は元神の分身。人間の私が、そもそも相手をするなど荒唐無稽にも程がある。だが、それでも何とか、私が元居た世界の技術、そしてこの世界の技術を駆使して、何とか分身の方は倒すことができた……具体的な経緯は省くがね」
いや、その具体的な経緯がとんでもなく気になるのだが……と口にしようとしたが、しかしそこはぐっと堪えて、シドロはその先を聞く。
「だが、倒したのはあくまで分身。本体の方を放置していれば、また同じようなことをしでかすと思った私は、この場所を作り、『狭間』にいる本体の方の動きを封じることに成功した……けれど、ここを起動しておくには、私がこの場所に留まり続けることが条件。それにアリアを巻き込むことはできない。そう思った私は、アリアを剣として別の場所に安置した」
「他の場所って……何で、一緒にいてやらなかったんだよ」
その言葉に、ギンは苦笑を浮かべながら、首を横に振る。
「私ではダメなんだよ。人の心が欠落している私では、彼女の心を取り戻すことなどできるわけがない。だから、いつかきっと、彼女が心を取り戻し、再びかつてと同じようになることを願って、彼女とは別れたんだ……まぁ、彼女から逃げた、と言われても仕方ないとは思うがね」
ギンの言葉に、シドロは何も言えなくなる。
きっとギンは誰よりもアリアの心を取り戻そうと必死になっていた。それこそ、自分の寿命を無理やり伸ばしてまで。だが、その結果、自分では彼女を元には戻せないと理解した。してしまったのだ。それがどんな絶望だったのか……きっと今のシドロには分からない。だからこそ、何も言えなくなってしまった。
「そこからまた、長い長い年月が経ち、私はここでひたすら『狭間』にいる悪魔の監視を続けてきた。そんな時だった。世界では、魔王と呼ばれる存在が魔獣を操り、人間を殺して回っているのを知った。そして、それがあの時壊したはずの魔剣であることもね」
あの魔剣。
フールたちを犠牲にした上で生まれてきた、悪魔が欲した魔剣であり、現在の魔王である。
と、そこでフールは一つの疑問をギンにぶつけた。
「一つよろしいですか? 壊したはず、と仰いましたが、それがなぜ、魔王として活動していたのですか?」
フールの問いは、この事情を聴いた者ならば、誰でも思うものだろう。
ギンは悪魔の分身を倒した時、魔剣も一緒に壊したと言っていた。ならば、その魔剣がどうして魔王として活動していたのか。
その問いの答えは、しかしギンも持ち合わせてはいなかった。
「分からない。確かに私はあの時、あの魔剣を壊した。そのはずだった。欠片は微塵も残っておらず、だからこそ、あの魔剣は闇に葬られたと思っていたんだが……それが、何故か生き残っていて、今度は世界中の人々を苦しめている。あの時は、自分の詰めの甘さに、心底嫌気がさした」
壊したはずの剣、倒したはずの敵が、実は生きていて、それが世界中の人々を絶望に追いやっている。もしも、自分がもっと詳しく後処理をしていたら。何かあるかもしれないと考え、対処していたら……ここにきて、ギンは再び後悔することとなった。
「だが、たった一つだけ、私にとっての幸運な出来事があった」
「幸運なできごと?」
魔王が闊歩するようになり、人々が苦しむ時代。
しかし、そんな闇の時代の中、ギンには一つの光がやってきたのだ。
「ああ―――心が壊れたはずのアリアが、元通りになり、『勇者』と呼ばれる男と共に、ここへやってきたことだ」
もう二度と目にすることができない光景。
それこそが、彼にとっての唯一の救いだったらしい。