十九話 善行が、時に逆の結果を引き起こすこともある。
「国を、焦土に……」
「ああ。比喩でも何でもない。私達が放った一撃は、全てを消し飛ばした。人も建物も、何もかも。一切合切ね」
その言葉を聞いて、シドロはかつて、フールから聞いた話を思い出す。
最初の魔剣は、たった一日で、国を滅ぼした。
確かにそう聞いていたため、ギン達がその実行犯であるのは薄々勘づいてはいたが、しかし、まさか本当の意味で、何もかもを消し炭にし、滅ぼしていたとは……。
「無論、何の犠牲もなく勝てるとは思っていなかった。そんな都合のいい話などないと、私は無論、アリアもそこは理解していたし、覚悟もしていた。どんな戦いにも、何かしらの代償を払うことがある……だが、どれだけ理解していても、どれだけ覚悟していても、あれは流石に大きすぎる犠牲だった」
それはそうだろう。
シドロだって、戦う時には色々と覚悟は決めている。もしかすれば自分が死ぬかもしれない。もしかすれば仲間が倒れるかもしれない。それで戦う、勝つんだ、と……だがしかし、それが実際に目の前で起これば、また話は変わってくる。想像と現実とは、それだけ違うものなのだから。
ましてや、それが思っていた以上どころか、想像の遥か上をいく被害を、自分たちの手で行ったとなれば、その絶望は計り知れない。
「私達は別に、帝国の全てを滅ぼしたかったわけじゃない。弱き人々を苦しめている者たち。その連中を倒せれば、それでよかった。帝国にだって、罪のない人は大勢いた。家族のために働く父親も、家庭のために頑張る母親も、未来ある子供も、優しい老人も……それこそ、私達が助けたかった、弱い立場の人々も。そういう人たちを、私達は全て巻き込み、殺してしまった」
それはある意味、ギン達にとっては敗北を意味していた。
国と国が戦争をする時でさえ、相手の国の領土や民、全てを消し炭にすることはしない。当然だ。何故なら、支配した暁にはそれらを自分たちのものにするのだから。それが戦争であり、勝利というもの。
ギン達は、別に国を倒し、自分たちのものにしようとは全く考えていなかった。その目的は、虐げられている人々を助けること。たったそれだけ。しかし、そのたった一つの目的すらも、彼らは一緒に消し飛ばしてしまったのだ。
「自分が助けようとしていた人々、全く関係のない罪なき人々。それらを自分の手で消し炭にしてしまったという後悔と罪の意識は、あまりにも重すぎるものだった。まぁ、私の場合、元々がロクでなしだったからね。後悔もしているし、罪の意識も当然あった。だが、それだけだ。あの光景を前にしても、私は呆然とするだけで、心が折れることはなかった」
自嘲するギン。元々武器商人だったゆえか、人が死ぬことには慣れている。無論、国が焦土と化すなどということは初めてのことであり、動揺もした。後悔もしている。けれど、それだけだ。涙を流し、嘆くことはなかった。
けれども、それはあくまでギンの話だ。
「だが……アリアは違った。当然だ。彼女は、善行をしようとしていた。弱き人々を助けようと、必死になっていた。それこそ、どれだけ石をぶつけられようと、どれだけ迫害されようと、それでも彼女は、多くの人々のために走り、戦い、進んできた……だが、だからこそ、彼女には耐えられなかった。自分の行いで、倒そうとしていた敵だけではなく、守ろうとしていた人々すらも殺してしまった現実を前に、彼女の心は完全に壊れてしまった」
それはある意味、当たり前の結果と言えるだろう。
アリアは自分を顧みない善人だ。自己犠牲を払いながら、周りを助けようとする、狂人めいたお人よし。そんな彼女が、だ。自分のせいで大勢の人々、それも自分が守り、助け、導こうとした者たちを殺したとなれば、正気でいられるわけがない。
「言葉を喋ることができなくなり、自分で歩くことすらできなくなってしまった彼女には、もうかつてのような姿はなかった。そんな彼女を、私は何か元に戻そうと必死になった。何年も、何年も。それこそ、自分の寿命を無理やり伸ばしながらね。幸運にも、私が元いた世界では、そういう技術も少なからず存在していてね。ま、私なりに改造に改造を重ねた結果、私の体以外には使えない技術になってしまったがね」
ここで一つの疑問点が解決した。
ギン達はかなり昔の人間だ。それがなぜ、現代にまで生きているのか、ずっと不思議だったが、それもここで解決した。どういう理屈かは分からないが、彼は自分の元いた世界の技術を使い、今の今まで自分の寿命を延ばしていたらしい。
そうして、長い長い年月をかけ、彼はアリアの壊れた心を取り戻そうと、必死になっていたというわけだ。
しかし、それが叶うこともなく、その時は訪れた。
「それから長い長い年月が経った頃、私はある噂を聞いた。魔女を素材とした魔剣を作っている男がいる、と。調べていく内に、どうやらその男は私が生み出した技術をどこからか手に入れ、再現しているらしい。私は自分の技術が悪用されていることに気づき、その男を探し出した。そして、私は出会ってしまったんだよ―――あの悪魔に」