十八話 聖人と狂人は紙一重
「アリアという人物は、かなり変わった性格をしていてね。君らも知っている通り、魔女になる女性は皆、『無能者』だ。そのことを周りから指をさされる機会は多く、実際、彼女もそのせいで迫害を受けていたよ。神に嫌われた女だ、とね」
「……ええ。それは、嫌というほどわかりますよ」
フールが呟いた言葉に、シドロは何も言えなかった。彼女自身、そういう扱いを受けていたことを、シドロは知っているがために、かける言葉が何もでなかった。
「そして、そういう『無能者』ほど、周りに復讐や仕返しをしたくて、魔女になるわけだが、彼女は違った。自分のように立場の弱い人々を守り、助け、導きたい……そんな願いを持ちながら、魔女となったわけだ」
「それは……」
変わっている、とシドロは心の中で呟いた。
迫害されていた人間が、自分のように弱い立場の人々を救いたい……言っていることは高尚だが、しかし果たして実際に、同じ立場になったとして、果たしてシドロは同じような行動をとれるだろうか」
「実際、彼女はその力で大勢の人々を救った。そのために、長い修練を積み、強くもなった。私と出会った時点で、既に当時の他の魔女や魔術師を凌駕する力を持っていた。私を助けたのも、きっと彼女にとっては特別なことではなかったのだろう。ただ私が異世界からきて、右も左も分からず、困っていたから助けた……ただそれだけの理由だったんだろうねぇ」
困っているから、助ける。
それは人として当たり前の行動だ。
けれど、人間というものは時と場合にとっては、そういう当たり前のことができない人間が多い。だからこそ、争いは無くならないし、互いに憎みあうことだってあるのだから。そういう観点からみれば、やはりアリアという魔女は普通ではないのだろう。
「けれど……そんな彼女に返ってくるのは、称賛や感謝ではなく、罵倒と憎悪が大半だった」
「は? いや、なんで……」
「魔女とはそういうものだから。皆の嫌われ者、除け者、邪魔者。だから罵倒するべき存在で、憎むべき悪……そんな、馬鹿げた理由で、彼女は助けた人間たちにも迫害され続けた。命を助けたというのに、正しく導こうとしたのに、気色が悪い、余計なお世話だ、お前如きが調子に乗るな……そんな言葉をかけられながらも、けれど彼女は自分の生き方を変えようとはしなかった……そして、これがまだ単なるお人よしの範囲で収まるのなら、まだよかった。けれど、彼女の異常性は私の遥か上をいっていたんだ」
ここまでの話でも、アリアがかなり分かっているというのは既に理解した。
けれど、それを遥かに超える、とは一体どういうことなのか。
「助けてもらった恩義から、私はこの世界にやってきてから、ずっとアリアと行動していた。その中で、私が異世界から来たこと、とある魔剣に出会ったこと。そして、その魔剣のような強い剣を作りたいと思っていたこと、全てを話した……そして、ある時、彼女は私に向かって、こう言ってきた。自分を魔剣の素材にして欲しい、と」
瞬間。
シドロとフールは同時に息をのんだ。
アリアは最初の魔剣だ。そして、それはギンが作った。それは分かっていたことだ。だが、しかし……魔女である彼女が、自ら魔剣になることを志願したとは、流石に予想外である。
「当時、この世界は帝国と呼ばれる国が多くの人々を苦しめていた。彼女はそれを見過ごすことができなかったわけだが、しかし帝国には、『七騎士』や『魔人団』といった強いスキル持ちや魔術師が大勢いた。それには流石の彼女も敵わないと思っていたんだが……しかし、その解決方法を見つけた。いいや、見つけてしまった、というべきか」
「それが、自分を魔剣にかえること、だったと?」
「ああ。魔剣になれば、使い手を必要とするものの、魔女の時を遥かに超える強い力を発揮することができる。当初は理論だけの話だったが、彼女は私が考えた理論を信じ、己を差し出したんだ」
自己犠牲、などという言葉で片付けられるものではない。
考えてもみろ。彼女はそれまでに、多くの人間から迫害され、そして魔女になった後でさえ、それは変わらなかった。普通、そんなことが続けば、どこかで心が折れてしまうもの。もう無理だと立ち止まるものだ。
だというのに、他人を助けるために、己が魔剣になる?
その行いは、もう聖人と狂人、どちらにも見えてしまう。
「最初は断固拒否していた私だが、彼女の想いの強さと魔剣を作りたいという欲求に負けてしまい、結果、彼女を素材とし、魔剣は完成した。そして、彼女に頼まれ、私は魔剣の使い手になり、帝国相手に単身で戦いを挑んだ。……まぁ、その結果は、最悪のものになってしまったがね」
「それは、どういう……」
と、そこでシドロは思い出す。
魔女を使った魔剣が、何故強力と呼ばれていたのか。
それは……。
「彼女を素体にした魔剣は、想像を遥かに超える強さを持っていた……いや、もっというのなら、もってしまっていた、というべきか。その、あまりにも強すぎたアリアの魔剣は、その全力、たった一撃を振るっただけで―――帝国の領土、全てを焦土にかえてしまったんだよ」
その事実を口にするギンの様子は、どこか悲しげな表情を浮かべていたのであった。