十七話 旅先のことは、しっかり調べるべし
「私はこの世界の人間ではない……そのことは、君らも薄々気づいていたのではないかね?」
「ええ、まぁ。この部屋の様子を見るに」
周りにあるのは見たこともないものばかり。
素材も不明。用途も不明。なにもかもが分からないもので溢れかえっているこの場所は、ある種の異世界だ。
そして、今までの内容から察するに、目の前の男が、この世界の人間ではないことを想像するのは容易いこと。
「元々、私は武器商人でね。とはいえ、私が扱うのは、『銃』だったがね」
「じゅう……?」
「君らが知らない武器の名前さ。まぁ、私の場合、売るだけではなく、作ることもしていてね。自慢じゃないが、それはそれは強い武器を多く輩出していったんだ」
異世界、というのなら、確かに自分たちが見たことも聞いたこともない武器があるのは当然と言えば当然か。
そして、ギンはその武器を作り、そして売っていたという。
「だが……そんなある時、私は出会ってしまった。あの、異世界を渡り歩く『魔剣』に」
「異世界を渡り歩く……魔剣?」
「ああ。どこまでも、硬く、鋭く、そして何より強い。あんな武器が存在するのかと、私は心の底から感動した。それこそ、今まで自分が作ってきた武器全てがどうでもいいと思えるほどに。それだけに、あの『魔剣』は凄かった」
シドロは、『銃』という武器のことは分からないが、しかし、ギンの反応から察するに、それらを凌駕するその『魔剣』は、本当に良い魔剣だったのだろう。
けれど、少しきがかりなことがあった。
「あのよ、ちょっと気になったんだが……さっき異世界を渡り歩くっていってたが、そりゃ一体どういうことだ?」
魔剣が異世界を渡り歩く、という表現は、まるで、魔剣が意思を持って行動しているように聞こえる。
そして、シドロのその考えは、気のせいではなかった。
「そのままの意味さ。奴は自らの意思を持ち、人の形として自由に行動ができていた……君ら魔剣が人の姿のままでいられるのは、その点を考慮しているからでもある。まぁ、向こうは元々が人間だったわけではなく、長い年月をかけて徐々に意思を確立していったらしいがね」
元々人間だったわけではなく、長い年月をかけることで、意思を持つようになった。
……何だその理屈は。聞いたことがない。
けれど、その意思を持つことが重要なのだとギンは言う。
「だが、その意思というものが、奴の力の根幹だと思った。あの魔剣は言っていた。『自分にはどうしても倒したい相手がいる。だから強くなるため異世界を渡り歩いているのだ』と……たったそれだけ。その気持ち一つで、奴は意思を持ち続け、異世界を旅しながら、強くなっていったという」
勝ちたい相手がいる。だから強くなる。そこまではいい。
しかし、そこから異世界を渡り歩くようになった、というのは、一体全体、どういうことなのか。
恐らく、色々と理由があるのだろうし、シドロにはそれを知る術はないのだが……いかんせん、やはり「なんでそうなる」という気持ちになってしまう。
けれど、今はその話は置いておくとしてだ。
「故に私は思った。武器に意思を持たせることで、武器そのものが強くなろうとし、より素晴らしいものが誕生するのではないかと。だからこそ、私はあの魔剣と同じような剣を作ろうとした……だが、いかんせん、私の世界には魔術や秘術といったものが全く存在しなかった。だからこそ、私はあの魔剣と同じく、異世界へと渡ることを決意した。そして……」
「この世界にやってきた、と」
自分の世界では魔剣を作ることができないから、別の世界へと行く……その発想に至る時点で、ギンもまた、相当に頭の方がぶっ飛んでいると言っていいだろう。
「正直、この世界にたどり着いたことは、私にとって幸運だった。何せ、異世界と簡単に言うが、中には法則も世界の在り方も全く違うことがあるらしいからね。人間がいないのなんてまだいい方で、空気が一切存在していなかったり、地面が存在していなかったりと……下手をすれば、その世界に行った瞬間に死んでしまうかもしれない。あの魔剣は、そんな異世界をランダムに旅をしていたと言うのだから、いやはや、本当に末恐ろしい限りだ」
言われてみれば確かに、異世界というが、しかしそこは異なる世界。人間がいない世界もあるかもしれないし、人間が生きていくことができない世界もあるかもしれない。無論、行く先を指定できれば何も問題ないのであろうが、ギンの言う魔剣とやらは、それをランダムで旅しているというのだから、正直まともではないのだろう。
「そして何より、この世界で初めて会ったのが、彼女だったというのも、私には奇跡のようなものだった」
「彼女?」
シドロが思わずそう口にすると、ギンは微笑を浮かべながら
「ああ。私が初めて出会った魔女―――そして、最初の魔剣となった少女、アリアさ」
何か、大切なものを懐かしむかのように、そうつぶやいたのであった。