十六話 自分のケツは自分でふくもの
「あの男が……悪魔の、分身……」
その事実に、しかしフールはどこか納得していたようだった。
悪魔が自分の子供を生み出すと言っても、自分に成り代わる存在が必要なのは当然のこと。ならば、分身を作る、というのは不思議なことではない。
「最初、奴は魔女を強化させることだけを考えていた。だから、単純に魔術師に化け、魔女を欺き、その素質を高めようとしたんだが……いかんせん、それには限界があった。当然だ。魔女とはいえ、元は人の子。限界というものが存在する。だから、奴は魔女を人間ではないもの、そしてもっと強度にすることを考えた。そして、その時奴が仕入れた情報の中にあったのが……」
「魔剣だったってわけか」
シドロの言葉に、ギンは大きく頷いた。
「正直、その点については私も責任は感じている。あの頃は何もしらなかったとはいえ、自分が魔剣を作ったことで、奴にヒントを与えてしまった……魔女を魔剣にすることで、さらに強度は上がる。そして、自分を産みだす素質になる可能性が高まる、と。おかげで、奴は私が闇に葬ったはずの技術を再び編み出し、そして君ら『無能者』を魔女にし、魔剣を製造した」
「そして、奴は魔王を生み出すことに成功した、と」
これにもまた、ギンは頷いて返す。
「……貴方の話は常軌を逸しています。正直、すぐには信じられるものではありません。ですが、辻褄は一応あう。あの男が何故魔剣を作り出そうとしたのか。何故、簡単にも悪魔との契約をさせることができたのか。その疑問が一気に解消される」
何故、鍛冶師は魔剣を作る拘っていたのか。
それは、自分の子供を産める女を作るため。そして、それがこの世界の神にバレないようにするために、極秘に進めていた、というわけだ。
あまりにも荒唐無稽な話。けれど、辻褄はあう。あってしまう。元々、フールという存在自体が、奇天烈なのだ。ならば、ギンの話も絶対にありえないとは言い切れない。
しかし、だからこその疑問点が存在した。
「けれど、分からない……魔王を生み出すことができたというのなら、何故あの男は、まだこの世に再誕していないのですか?」
悪魔の目的は、自分を産みだすに足る魔女を、魔剣を作り出すこと。
それに成功したというのなら、既に悪魔はこの世に再びやってくることができたはず。
けれども、歴史上、そんなことは一切起こっていない。そもそも、それが現実のものとなったのならば、魔王が今も尚、動いているのはおかしい話だ。
「まぁ……当然そこは気になるだろうね。結論を言えば、私が奴の計画を阻止した」
「貴方が?」
「ああ。何も知らなかったとはいえ、奴に魔剣製造のことを知られてしまったのは事実。そして、その技術を生み出したのは私だ。ならば、私が責任を取るのは当然の義務だろう」
魔剣は自分が作り出したもの。そして、その技術を悪用した奴がいた。だから、自分が責任を取り、計画を止めたのだと、ギンは言う。
「詳細は省くが、私は何とか奴の分身を倒し、もう二度とこの世界に分身を送り込むことができないよう、処置した……いや、現在進行中でしている、というべきだがね。ここは、奴の動きを封じるために作られた施設だ。奴は『狭間』に閉じ込められているが、この施設の力を使って、『狭間』の中でも行動不能にすることが可能となっている……まぁ、それを維持するために、私はずっとここに閉じこもっていなければならないがね」
ずっとここにいる、とギンは言った。
しかし、それはあり得ない話。
何故なら、フールがいた頃は、新天暦などという言葉は存在しない。だとするのなら、少なくとも、ギンは六百年以上ここにいるということになる。
いくら老人とはいえ、そんな年月、生きられるわけがない。
そんな疑問を抱くシドロたちを他所に、ギンは続けて言う。
「しかし、奴自身は封じることができたが、奴が残した魔剣は健在だった。叩き壊したと思ったんだが、どういうわけか奴は舞い戻り、長い年月をかけ力をためこんだ。恐らく、その過程で魔獣を操る技術も手に入れたんだろう。そして、奴はその力を使い、世界中の魔獣を操り、人々を襲わせた」
これが魔王誕生の秘密。
その点については、正直信じられないこともあるが、しかし納得するしかない。
だが、ここで魔王や悪魔とは別の疑問が生じる。
「……一つ、聞いてもいいですか?」
「何かね?」
「貴方は、どうしてそんなにも事情に精通しているのですか? 貴方は何者なんです?」
悪魔のことを知り、魔剣を作り出した……その上、悪魔を現在も尚、抑え込んでいる謎の男。
その正体は一体何なのか。
「何。私もあの悪魔とは似た者同士ってだけの話さ」
「似た者同士?」
「ああ―――私もまた、別の世界からやってきた、異世界の者なんだよ」
これまた信じられないような言葉を、ギンは意図も容易く言葉にしたのだった。